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八 ドクターD見つけたぞ

   八 ドクターD見つけたぞ


 さらに四か月たった。メトロコスモス破めつまで、あとひと月。依然としてドクターDのゆくえはつかめない。

 そう査本部には重い空気がただよっていた。そう査員たちの顔につかれが見える。きょうの会議には大統領も出席している。大統領がいらだった声で言った。

「きみたち、手がかりがない、手がかりがないというだけでは、ものごとは解決しないんだよ。カメラ映像を調べ直すとか、もう一度、住人ひとり一人に聞いて回るとか、とにかく、なんとかしなきゃならんだろ」

 出席者はみんな下を向いている。

「本部長、なんか方法ないのかね」

「大統領、そう言われましても……」

「責任者のきみが、そんな風だから、そう査が進まんのだよ。なんとかしたまえ」

 本部長は、ひたいの汗をぬぐって言った。

「大統領の言われるとおりだ。このまま、手をこまねいているわけにはいかない。どんなことでもかまわない。ドクターDをつかまえるアイデアはないだろうか」

 本部長は出席者を見わたした。みんな、うつむいたり、メモをとったりしている。顔をあげる者はいない。目が合って当てられると困るからだ。学校の授業でも、先生がだれかを当てようとしているとき、目をそらすことがあるだろう。そんな感じだ。大統領が机をたたいて「ほんとになにもないのかね」とどなった。会議室はしーんとしている。

 風太が「あの……」と言った。みんな一せいに風太を見た。

「なんか、なんか方法がある?」

 とほっとした表情で本部長が言った。

「方法って言えるかどうか、わかりませんけど……」

「どんなことでも、いいんだよ。言ってみて」

「ここのところ、ドクターDの携帯から、電波が出ることが多くなってる気がするんですが……」

「そう言えば――、きのうも電波つかまえたし……。ただ相変わらず、こっちが調べきる前に電源切られるけどね……」

「なんとか、電波を長時間出させるようにできないかと……」

「ふむふむ、なるほど。で、なんか方法ある?」

「ドクターDが、ひんぱんに電話するようになったのは、メモリーチップをいよいよマフィアに買い取らせようとしてるからだと思うんです。たぶんマフィアの方から、値段をあげてきたんでしょうね。今なら、そう査本部をおどせると思って……」

「うーむ、そうかも知れない。マフィアには、われわれが手づまりになってることも、知られてるってことか……」

「そこを逆手に取ってはどうか、と思うんです。つまりぼくらは手づまりになっていない、あせってなんかいない、って思わせるんです」

「だけど、どうやって……」

「メトロコスモスが正常にもどった、ってことにして、マスコミに発表してもらったらどうでしょう」

「ふーん……、なるほど。ドクターDをだますんだね」

「いや、ドクターDをだませなくてもいいんです。というか、たぶん、だませないでしょうね。あの男は、自分の能力にぜったいの自信、持ってますから、自分以外の人間に、ワクチンソフトはぜったいに作れないと思ってるんですよ。でも、いいんです。ぼくらがだます相手は、マフィアですから」

「ふむふむ、マフィアが発表を信じると、逆に、ドクターDの方があせってくるということか――。せっかく、値段をつり上げてきたメモリーチップを、売れなくなるってことで……」

「そうなんです。すると、ドクターDはたぶん、マフィアにすぐ連絡とろうとするでしょう」

「で、そのときの携帯電話の、発信場所突き止めれば……」

「はいそうです。ドクターDが携帯電話使えば、おそらくその電話、長くなると思うんです。マフィアに説明しなきゃいけませんから……、発表信じちゃいけないって」

「なるほど、わかった。よし、その手でいこう。さっそくマスコミに協力を求めようじゃないか」


 町の中で、ジングルベルの音楽が聞こえてくるようになった。クリスマスが過ぎ、正月をむかえると二十四世紀。楽しいことが続くように思えるけど、メトロコスモスの人々にとって、二十四世紀は死の年だ。滅亡まで、あとひと月を切った。それまでに、ドクターDをつかまえて、メモリーチップをうばい取って、チャイルドシップに乗ってメトロコスモスまで帰って、中央コントロールセンターのスーパーコンピューターにインストールしなければならないのだ。なにがなんでも……。


 作戦は、半月かけて周とうに行われた。ぜったいにばれないようなシナリオが作られ、その内容がメトロコスモスに伝えられた。メトロコスモスでは、あたかも回復したかのような映像を作って、宇宙船経由で地球に送ってきた。メトロコスモス一の、映画監とくの指導で作ったという。マスコミというマスコミに極秘に事情を説明し、一せいに報道してもらうよう協力を求めた。事実と異なった報道をすることに、がんこにていこうしたマスコミもあったが、メトロコスモスを救うという、なにものにも代えがたい目的のために、最後はすべてのマスコミが協力することになった。

 この間にも、ドクターDの携帯電話からの発信はあった。いずれも短時間だが、移動はしていないようだ。さらに値段をつり上げようと、欲の皮が突っ張ったドクターDの顔が目に浮かんだ。


 作戦決行の日がやってきた。十二月二十日、全世界のマスコミが、一せいに重大情報を報じた。テレビでアナウンサーが臨時ニュースを放送している。

「メトロコスモス州のチェスノコフ州知事によりますと、本日、中央コントロールセンターのスーパーコンピューターはすべて回復した、とのことです。センターのコンピューター技師がウイルスを解せきし、ワクチンソフトを作ったとのことです。スペース空港は南北とも使えるようになり、地球との通信も正常に回復しました」

 アナウンサーは興奮気味に伝えている。これも演技のひとつだ。

「では、チェスノコフ州知事の会見をお聞きください」

 画面が、会見場に切りかわった。州知事が真ん中にすわって発表している。映像は生中継をよそおっているが、事前に、映像ファイルとして地球に送られてきたものだ。チェスノコフ州知事は、満面のえみを浮かべて、回復したことを発表していた。州知事発表のあと記者からの質問もあった。これもシナリオのなかに書いてある。記者たちの演技もなかなかなものだ。このあと、映像は中央コントロールセンターに切りかわった。職員たちがあく手したり、だき合ったりしている様子が映された。演技だとは思えない。さすがに一流の映画監とくが指導しただけのことはある。

 画面がアナウンサーに切りかわった。

「ドクターDは、いまだに逃走を続けていますが、もはや、ドクターDにおどされたりゆすられたりする心配はなくなりました。メトロコスモスは、平おんにもどったのです」


 そう査本部では、ドクターDが携帯電話を使う瞬間を、とらえようとしていた。きょうは町のいたるところにそう査員が張り付いている。風太とミッチは、マンションの室内で息をつめて、電波探査機に神経を集中している。

 探査機が反応した。ドクターDからの電波だ。ついに来た。電波強度はかなり強い。発信源が近い。風太とミッチは電波探査機と無線機を持って、すぐに部屋を出た。そう査本部から「探索開始した」と連絡があった。電波はなかなか途切れない。今回は長く電話している。作戦は成功している。

 ふたりは、探査機を持って一階下のろうかを歩いた。強度がどんどん強くなる。針がふり切れそうだ。ある部屋の前で急に強くなった。ここだ。ついに突き止めた。ドクターDはこの部屋にいる。なんと、風太たちと同じマンションの、あのおばさんの部屋だったのだ。

 風太は無線機に向かって、小声でそう査本部に報告した。

「ドクターDの居場所発見、場所は南区上町マンション二〇三号室」

 そう査本部から「了解」と返事があった。風太はとびらに耳をつけた。興奮した男の声が聞こえる。

「だから、あんなテレビ、うそっぱちなんだよ。あり得ないことなんだ。わしのワクチンソフトでないとぜったいに回復しない。だまされちゃいけない」

 ドクターDの声だ。

 風太はミッチにひそひそ声で言った。

「どうする。このままふみこもうか」

「武器、持ってるかも知れないし……。部屋の中にいるのがわかってんだから、応えんが来るの待って、一せいに突入する方がいいと思うわ」

「わかった。そうしよう」

 ふたりは息をひそめて、とびらの前で待った。そのときだ。突然、無線機が鳴った。

「そう査本部から全そう査員に連絡する。ドクターDのせんぷく先が判明した。直ちに急行せよ。場所は南区……」

 部屋の中から「だれだ!」と声がした。足音がとびらに近づいてくる。気づかれた。


 突然、とびらが開いた。そこには、ときどき出会うあのおばさんがいた。ドクターDは、やっぱりおばさんの姿に変装していたのだ。

 ドクターDがにげ出した。ろうかを走っていく。風太とミッチがあとを追いかけた。ドクターDの足に、花がらのワンピースがまとわりついている。走りにくそうだ。

 風太がワンピースのすそをつかんだ。ドクターDは両手で引っ張り返す。ビリッと音がした。ワンピースのすそが破れた。風太の手に布の切れはしが残った。ドクターDはワンピースをまくり上げて走っていく。

 ミッチがドクターDに飛びかかった。後ろからドクターDの肩にのぼる。ミッチは自分のスカートをドクターDの顔にかぶせた。ドクターDは前が見えず、かべに頭をぶつけてひっくり返った。かつらがはずれ、ハゲチャビンの頭がむき出しになった。

 風太は飛びかかって、ドクターDに馬乗りになった。ミッチも馬乗りになってドクターDの足を押さえている。

「メモリーチップはどこだ」

「言えない。ぜったいに言えない」

 三人はその場でもみ合った。ドクターDの片方のまつげがとれた。はなをつり上げていた、はだ色のテープがとれた。はげ頭でおしろい顔、片方だけが大きな目、マンガのような顔が、風太の目の前にあった。

 ドクターDのネックレスがはずれた。ふたが開いて、なにかが飛び出した。メモリーチップだ! 短いストラップひもがついている。三人は一せいに、メモリーチップに飛びかかった。チップはろうかをすべっていった。風太が追いかける。その足をドクターDがつかんだ。風太はその場にたおれた。チップはエレベータの方にすべっていく。

 そのときだ。エレベータのとびらが開いて、そう査員がなだれこんできた。チップがだれかの足にけられた。ふわっと飛んだ。そして――、ダストシュートの中に吸いこまれていった。カラン、カランと音がした。

 ドクターDはそう査員たちに取り押さえられた。


「メモリーチップ、ゴミ集積場に落ちたんです」

 風太はそうさけんで、階段をかけ下りた。ミッチがあとを追った。ふたりは地下にやってきた。

 ゴミ集積場だ。マンション中のゴミがつきつぎと落ちてきて、集積場にたまっていく。集積場のさらに下には粉さい機があった。集積場にためられたゴミは、せまい穴をぬけ、ベルトコンベアに乗せられて粉さい機に落ちていく。

「どこ、どこだ」

 風太は集積場の中を探した。

「あっ、あれ、見て」

 ミッチがさけんだ。メモリチップがベルトコンベアに乗せられて、先の方に移動していく。

「ああっ、だめ! だめ!」

 チップはベルトコンベアの先まで行った。粉さい機に落ちる――。

 とそのとき、チップのストラップひもが、コンベアの先の金具に引っかかった。コンベアの振動でぶらんぶらんとゆれている。今にも粉さい機に落ちそうだ。粉さい機に落ちると、粉々にくだかれてすべてが終わり……。

 ベルトコンベアの横には細い通路――、はしごをたおしたような通り道がある。下では粉さい機が回っている。あそこまで行けるのは、コンベアの入り口、せまい穴をぬけられる小がらな子供だけ。


 風太は意を決して穴をぬけた。通り道を歩く。並行するベルトコンベアが、ゴミを運んでいる。下からゴーッと音が聞こえる。落ちればゴミといっしょに、粉々にくだかれる。慎重に慎重に、はしごの上を一歩一歩歩く。ミッチは、両手を前に組んでいのった。

 そう査員たちが地下まで降りてきた。みんな、状況を知ったようだ。

「風太――、たのむ――」

 みんなの気持ちが、風太にも伝わる。

 風太はコンベアの先まで来た。はしごにねそべってからだを乗り出した。思い切り手をのばす。メモリーチップがすぐ先にある。

 あと十センチ、あと五センチ……。からだをはしごから乗り出して、手をのばした。ストラップが指にかかった。風太は、指先に力を集中して、そうっとストラップを指に引っかけた。慎重に――、落とさないように――。手のひらを上にした。メモリーチップをにぎった。そして手をもどして、チップをポケットに入れた。

「やった!!」

 みんながさけんだ。風太は、ふーっと大きく息をついだ。

 そのときだ。風太のからだが前のめりにひっくり返った。

「きゃっ!」

 ミッチがさけんだ。

 つぎの瞬間、風太のからだは、はしごの下にあった。両手ではしごのバーをにぎって、からだをぶらんと、たらしている。うんていのようなはしご。風太が一番苦手なうんていだ。下を見る。ゴーッ。さっきより音が大きくなった気がする。粉さい機が下からせまってくるようだ。

 苦手なうんてい――、なんて言ってられない。ベルトコンベアの入り口までもどらなきゃ……。

 からだをふって、手を持ちかえればいいんだよ――。エドガーが教えてくれたことを思い出す。足だけじゃなく、からだ全体を、ぶらんぶらんと。そう、おしりを使ってゆするんだよ。ふりこのように……。

 風太は、からだをゆすった。ふれが大きくなってきた。この調子、この調子。前にふれたとき、前のバーが目の前にくる。よし、これならつかめそう。からだが後ろにもどって、もう一度前にふれたとき。今だ。風太は前のバーに片手を出した。

 やった! つかめた!

 あとはこの調子で順番に持ちかえていけばいい。風太は、入り口までの十本ほどのバーを、慎重に手を移しかえていった。

 みんな、息をつめて風太を見ている。ミッチだけは指を組み、目をつぶって、いのっていた。あと五本、あと四本、コンベアの入り口では、大人のそう査員が手を大きく差し出している。あと三本。手がしびれてきた。落ちついて、からだをふってつぎのバーに――、あと二本。大きく息をする。あと一本。最後のバーだ。

 そう査員の手が見える。風太はからだをゆすった。タイミングを見計らって、片手をはなして最後のバーに――。手が空を切った。つかめない。からだが後ろにもどる。あっ、だめ。片手じゃたえられない。風太のもう一方の手がずるっとはなれた。

 その瞬間だった。そう査員の手が風太の手をつかんだ。そう査員は、大人が入れないようなせまいところに首と片うでだけを突っこんで、風太のうでをつかんでいる。風太はその手にしがみついた。そう査員は片手だけで風太を通路の上にあげてくれた。

 大きなはく手が起こった。風太は集積場の横にへたりこんだ。ミッチが風太にだきついた。ミッチの肩はひくひくと動いていた。


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