七 ドクターDを追って
七 ドクターDを追って
風太とミッチは、会議室に案内された。
地球では「ドクターD事件そう査本部」が設けられていた。本部長がふたりにそう査状況を説明してくれた。
「警察の総力あげて、ドクターD、追ってるんだけどね――、しっぽをつかませないんだよ。監視カメラの分せきも、ずっと続けてるんだけどね……」
風太が言った。
「カメラの映像、人物判別装置にかけてるんですよね」
「うん、そうだよ……。けどね、頭のいいやつだから、たぶん人物判別装置のしくみも、知りつくしてんだよ。おそらく、ドクターDのやつ、装置のうらをかくような風ぼうに変装して、町に出てるんじゃないかと思うんだよ」
「監視カメラは、役に立たないということですか――。だとすると直接、人が見分けるしかないんですよね……」
「そうなんだ。それで今、いろんなところに、そう査員を張りこませているところなんだよね。きみたちも、そう査に参加してくれるんだってね。ほんと、心強いよ。よろしくたのむよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。あと、ドクターDの携帯電話から発信はないんでしょうか」
「ごくたまに、発信されることがあるんだよね。発信情報から、どうやら、日本のある都市にいるらしい、というところまではわかってるんだけど、あの男、電源すぐ切っちゃうもんだから、正確な居場所まではつかめないんだよ」
風太がたずねた。
「メモリーチップは、ドクターDが持ってるんですよね」
「まだ、そのはずだよ」
「まだ……、と言いますと?」
「ドクターDのやつ、メモリーチップを、マフィアに売りつけようとしてるみたいなんだ。それもとんでもない金額で。ただ、まだ金額の折り合いがつかないんで、売ってないようなんだけどね」
「そんな……、もしマフィアなんかにわたってしまったら、ますますたいへんなことに……」
「そうなんだよ。マフィアにわたってしまったら、マフィアのやつはおそらく、世界中の国をゆすってくると思うんだよね。大統領の座をわたせ、なんて要求してくるかも知れないし……」
ドクターDが地球ににげてきて、問題は、ますます複雑になってきている。メモリーチップは、その価値がお金にかえられるものではない。一世紀にわたって築いてきたメトロコスモスの歴史とメトロコスモス州十万人の命がかかっているものだから……。マフィアなんかにぜったいにわたしてはならない。マフィアの手にわたる前に、なんとしてもドクターDをつかまえねばならないのだ。
ドクターDはマフィアと連絡をとるとき――、ただそのときだけ――、携帯電話の電源を入れるという。電源が入ると、だいたい、どのあたりから発信されているかがわかる。今までにも何度かそのチャンスはあったらしい。そのうち一回は、発信場所がどこかまで突き止めることもできた。だが、ふみこんだときには、すでに姿をくらましたあとだというのだ。
ドクターDは、もっと日がたって、メモリーチップの値段があがってくるのを、待っている可能性がある。メトロコスモス滅亡の日が近づくと、人々があせってくる。そうすれば、売値をもっとつり上げられると思っているようなのだ。
風太とミッチは、ドクターDがひそんでいるらしいという都市にきょ点を置いて、そう査を行うことになった。携帯電話の電波探査機も受け取った。
ふたりは、ドクターDを探すために、きょ点としているマンションから、毎日、外に出かけることにした。
町のあちこちに、ドクターDの指名手配写真がはられている。
特別指名手配
デイビス博士、通しょう「ドクターD」
元メトロコスモス州中央コントロールセンター技師
年齢五十五歳
身長百六十センチ、やせ形
重要な情報をお寄せいただいた方には、報しょう金一千万円差し上げます
逆三角形の顔つきで、片方のくちびるをつり上げた表情、頭の上ははげ、耳の上に少しだけ毛が残っている、そんな写真だ。
だが、ドクターDは、この姿のまま町を歩いているはずはない。必ずなんらかの変装をしているはずだ。人物判別装置でも見破れない、手のこんだ変装をしているにちがいないのだ。
風太とミッチは、朝から晩まで、人ごみのあるところに出かけていって、ドクターDらしき人物がいないか。探して回った。
小学五年生といえば、学校に行くのが当たり前だ。昼間から、はん華街をうろつくふたりは、何度となく警察官に呼び止められた。
「ちょっとちょっと、きみたち、どこの学校? 授業はどうしたの?」
「ぼくら、ドクターDを探してるんです」
「なにをばかな。そんなことしてる小学生がいるものか」
「ほんとですよ。これ、見てください」
風太は、そう査本部が発行した「特別そう査員証」を見せた。警察官はそれを見たとたん敬礼して、「これは、失礼しました。どうぞお仕事がんばってください」と言うのだった。
風太も本当は学校に行きたい。昔、通っていた小学校に行って、親しかった友だちにも会いたい。けど、今は、そんなことやってる場合じゃない。なにを置いても、ドクターDを探さなければならないのだ。
一か月が過ぎた。そう査本部で定例会議が開かれた。そう査員たちが、一か月間のそう査結果を報告している。本部長が言った。
「西警察署は、なにか、進展はあったかな」
「市民から、似ている人がいるという情報が六件あって、全部の人に会ってみました――。ですが、残念ながら、いずれもちがう人物でした。ほおがこけてるっていうだけで、似てるんじゃないか、っていう情報もありまして――。会ってみたら二十歳の男性でした。表情が面やつれしてるのは、確かに、ドクターDの特徴なんですけど……」
「南警察署の方は?」
「はい、西警察と同じで、目げき情報はあって調べてみたんですが、有力なものはありませんでした。そうそう、中には情報をもとに行ってみたら、実は、女の人だったというのもありましてね……。たぶん、報しょう金ほしさの情報だったんでしょうね」
「ほほう、手配写真にも似ていなかったのかね」
「はい、目はぱっちりしていてましたし、ほっぺたもふっくらした方で、ぜんぜん似ていませんでした。どこにでもいる、おばさんって感じでしたよ。やせ形で身長が百六十センチぐらい、っていうのだけは合ってましたけど、まさかそれだけで、ドクターDじゃないですか、なんて聞けませんしね。そうそう確か、河瀬くんと新藤さんと同じマンションに住んでる方ですよ」
そう査員は風太たちの方を見て言った。風太は、マンションにそんなおばさんいたかなあ、と頭の中で思い起こしてみた。
「ほかは、なにか新しい情報は?」
「大事なことがひとつあります。ドクターDが携帯電話を一回だけ使ったようです。電波をつかまえたんですが、ごく短時間だったもので……」
「ほほう、でも、それは有力じゃないか」
「すぐに発信源を突き止めようと動いたんですが、その矢先に途切れてしまいました」
「そうか……。うーん、しかし、南警察署の管内にせんぷくしている可能性が、ますます高まってきたな。よし、わかった。南警察にそう査員を増員するようにしよう。ただ、警察官が町の中に大勢いると、ドクターDのやつに感づかれて、せんぷく先を変えられるかも知れない。そう査員全員に、一般人をよそおってそう査するよう、指示しておいてくれ」
「承知しました」
本部長が風太たちを見て言った。
「メトロコスモスからやってきた小学生のふたり。ドクターDを探すうえで、なんか参考になることがあったら、教えてくれるかな」
風太が立ち上がって言った。
「ドクターDは、ぼくらの想像をこえた変装していると思います。人物判別装置でも見分けられないくらいですから……。ですのでぼくらは、手配写真に似た人を探すというよりも、フィーリングというか印象というか――、うまく言えませんが、ドクターDのような空気をはなってる人を探すようにしています」
「ほほう、具体的には?」
風太は、講演会のときドクターDが、質問した児童をやりこめたときのエピソードを、説明した。
「ドクターDは、我が強く、相手が子供でも、容しゃなく痛めつけるような男なんです。容ぼうは変装で変えられますが、こういうごうまんな性格は、なかなか変えられないと思うんです」
「ふむふむ、なるほど」
「ですので、町中でも、身勝手で人を思いやれないような人がいたら、とりあえず疑ってみるとか……、そんな風な探し方をしています」
「わかった。参考になったよ。ほかのそう査員のみんなも、河瀬くんの意見を参考にしてそう査にあたってくれたまえ」
風太たちがマンションに帰ってきたとき、ちょうど玄関から五十歳ぐらいのおばさんが出てきたところだった。以前からよく見かけるおばさんだ。
風太たちがえしゃくすると、おばさんは、大きいまつげをまばたかせ、ピンク色のくちびるのはしっこをちょっとつり上げて、ニコッとほほえんだ。ほっぺたがふっくらふくらんでいる。
「きょうの会議で、南警察署の人が言ってた人って、あの人でしょ」
部屋にもどってくるなりミッチが言った。
「似てるかなあ」
「顔つきがぜんぜんちがうよね……。おばさんには悪いけど、ドクターD、あんなだんごばなじゃないしね」
「そうだよなあ、ちがうよなあ……。ドクターDなら、あんなにやさしくほほえんだりしないしね……」
「ドクターDって、人にあいさつもしない人だもんね」
風太が、部屋にたまったゴミぶくろを見て言った。
「そうそう、ゴミ、出しとかなくちゃ……」
「わたしも、いっしょに、持っていくわ」
風太とミッチは、ゴミぶくろを持って部屋を出た。マンションには、各階に「ダストシュート」というゴミの投入口がある。ふたりは「燃やせるゴミ」、「燃やせないゴミ」と書かれたダストシュートにゴミを分けて、ほうりこんだ。ゴミはダクトに吸いこまれて地下の処分場に落ちていった。燃やせるゴミはここですぐに燃やし、燃やせないゴミは、粉さい機でくだいて、リサイクルできる物とできない物に分けるのだ。
ちなみに、宇宙に浮かぶメトロコスモスでは、「燃やせるゴミ」という区分はない。貴重な酸素を使ってゴミを燃やすなんてことはしない。ほとんどのゴミは、リサイクルしてまた使うからだ。
ゴミ捨てからもどってくると、風太は自分のベッドに、ねころがって、メトロコスモスから届いた、おかあさんからの手紙を開けた。地球に来てからはじめての手紙――、といっても、おかあさんがポストに出したものではない。メトロコスモスの近くに浮かんでいる宇宙船が、おかあさんの手紙をファックスで受け取って、それを地球に転送してきたものだ。空港が使えないメトロコスモスは、郵便物のような小さな物でも、送ったり受け取ったりすることはできないのだ。
風太、元気ですか。
ドクターDをさがし出すのに、がんばってくれてありがとう。あと半年になりましたが、メトロコスモスは、今のところ平おんです。
おとうさんは毎日、早く帰ってくるようになりました。おねえちゃんは二年生になって、急に数学が難しくなったと言っています。テニス部の副部長に選ばれて、毎日、一年生の指導してるんだって。おかあさんは近所の人といっしょにエステに通っています。少しスマートになりました。
風太がいないのは、とてもさびしいですけど、メトロコスモスを救うためにがんばってくれている、というのを、誇りに思っています。
地球の日本ではこれから夏をむかえ、暑くなっていくと思いますが、からだに気をつけてください。
おかあさんより
風太は目頭が熱くなるのを感じた。途中から手紙の文字がぼやけてきたけど、何度もまぶたをぬぐって最後まで読んだ。最後まで読むとまた最初から読み返す。そんなことを何度か、くり返した。
また、ひと月たった。そう査に大きな進展はない。
梅雨入りが宣言されて、毎日雨が続いている。風太とミッチはきょうもかさをさしてそう査に出かけている。メトロコスモスでも雨は降るけど、地球の雨はなんかちがう。空に浮かぶ雲が自分の重みにたえきれなくなって、しと、しと、しと――、と地面に降り注ぐのだ。
風太たちは駅の改札口近くに立って改札を通る人、ひとり一人を観察していた。駅には、いろんな場所に監視カメラがあるけど、ドクターDは、カメラに映らないように通るかも知れないし、映っても、人物判別装置にも見破られないような格好をしているにちがいないからだ。
サラリーマンが足早に走っていったり、若い女の人が香水のにおいをまき散らしながら歩いていたり、学生風の男の人がダッシュで改札口をかけぬけていったり……。世の中にはいろんな人がいるなあ、と風太は思った。
警察官がやってきた。ふたりを見ると近寄ってきて「ご苦労さまです」と言って敬礼した。風太は「あっ、この前の……」と言って、えしゃくで返した。通行人は、不思議そうな表情で、警察官と風太たちを見ていた。
駅の自動改札は、メトロコスモスと同じように、身分証明書をかざすだけで開く。切符を買って入場する人は、まれにいる程度だ。カードを忘れてきた人がほとんどだが、お金を使いすぎてカード使用を禁止された人とか、カードで改札を通ったことをマスコミに知られたくない有名スターとか――、なかには身分証明書そのものがない不法滞在者もいるらしい。
朝はかなりの人が、早足で通り過ぎていたが、通勤時間帯が終わると、駅はいっぺんにすいてきた。子供連れのおかあさんがゆっくりと歩いている。お年寄りの夫婦が、行き先案内板をじーっとながめていた。
改札の向こうからおばさんが歩いてきた。同じマンションのあのおばさんだ。
おばさんは、切符を通して改札をぬけようとした。ピンポーンと音が鳴って改札のとびらが閉まった。おばさんは、改札機の途中でむっとした顔で立っている。駅員がやってきて、改札機のふたを開けて、つまっていた切符を取り出した。駅員は切符を確かめて、おばさんに一礼したあと、手のひらを上に向けて、どうぞ通ってください、というしぐさをした。
すると、急におばさんがおこり出した。改札機を指さして、駅員になにか文句を言っている。駅員の人は何度も頭を下げている。「申し訳ありません、申し訳ありません」という声が聞こえた。ほかの駅員もやってきた。駅員たちは、おばさんをなだめている。乗客たちが遠巻きにその様子を見ていた。
しばらくして、おばさんのいかりがおさまったのか、ようやくおばさんは改札をぬけた。後ろで駅員たちはまだ頭を下げている。
風太たちとおばさんの視線が合った。ふたりがえしゃくすると、おばさんはいつもの笑顔を見せて、「いえね。カード、家に忘れちゃってね――。きみたち、いつもたいへんね」と言って、駅の出口の方に去っていった。
「おばさん、たいへんね、だって。ぼくら、なんでここにいるのか、知ってるのかなあ」
「そんなわけないわ。警察官でも知らない人、いるくらいだもん」
「だよね」
「おばさん、たぶん、ぼ金活動かなんかで、わたしたち、ここに立ってると思ったんじゃないかしら」
「それにしても、なにがあったんだろう。ものすごいけん幕だったけど……」
「ちょっと、駅員さんに聞いてみない?」
ふたりは駅員のところに行って話を聞いた。おばさんにどなりつけられた駅員は、口をとがらせて言った。
「改札機の中に、切符が引っかかっただけなんだよ。なのに、突然おこり出してさ」
「なに、おこってたんですか」
「ちゃんと、メンテしとかないからだ、だってさ。なんか、虫の居所、悪かったんじゃないの」
「メンテ、って?」
「メンテナンスのこと。機械がきちんと動くように、点検をちゃんとやっとくってことだね。エンジニアの人は、略してメンテっていう人、多いんだよね」
「点検してないんですか」
「ちゃんとやってるよ。でもほら、切符使う人って、今、ほとんどいないだろ。切符読み取り機が古くなっちゃってるから、どうしても故障すること、あるんだよな。あのおばさん、いつも切符で乗るんだけどさあ。カード使ってくれりゃいいんだよ。カードを」
駅での張りこみから帰ってきたときは、もう暗くなっていた。
きょうの料理当番は、風太だ。夕食のメニューは、スーパーで買ってきた煮こみハンバーグとご飯とインスタントみそ汁。地球にやって来て、料理のメニューが増えた。カレーはもちろん、チャーハン、焼き肉、だし巻きたまご、ラーメン――、などなど。栄養のバランスを考えて、ちゃんと野菜サラダも食べるようにしている。ミッチが当番のときは、たきこみご飯とお吸い物なんてものも、作ってくれる。
夕食を食べながら、ミッチが言った。
「ねっ、あのおばさん、なんかあやしいと思わない」
「うん――、ぼくも今、そう思ってたとこなんだ。ぼくらに、たいへんねって声かけたこととか、いつも切符しか使わないってこととか……」
「そう、それに、自分に気に入らないことあると、ああやってどなりつけるって、なんかドクターDと重なるのよね……」
「そうだよな……。でも――、なんといっても風ぼうがね……。どう見てもドクターDの顔じゃないだろ。おけしょうであんなに変われるものかな」
「わかんない――、やったことないもん」
「だよな」
「おばさんに、聞いてみるって無理よね――、ドクターDのこと、調べてるんですけどって」
「だめだよ。確信がないのに、そんなことしちゃ。それに、万一、おばさんがドクターDだったら、またすぐに、姿くらましちゃうだろ。それこそ、重大な手がかり失うことになっちゃうじゃん」
風太たちは、おばさんには、なにも聞かないで、もう少し調べてみることにした。
マンションの玄関で出会ったときに、おばさんに気づかれないように、さりげなくおばさんの様子を観察するのだ。顔は本当にドクターDに似ていないだろうかとか――、男っぽいふるまいはしないだろうかとか――、ごうまんな言葉づかいをするようなことはないだろうかとか――。
風太たちは、おばさんと出会うたびに観察を続けたが、見れば見るほど、おばさんはふつうの女の人に見えた。どうもドクターDじゃなさそう――、と風太もミッチも考えるようになった。
また二か月たった。風太たちが毎日、そう査しているにもかかわらず、ドクターDのゆくえはわからなかった。南警察署では、何度か携帯電話の電波発射も確認したというが、どれも短時間で場所まではわからなかった。だが、南警察署管内にいることは確実だ。そう査本部では、ねばり強くドクターDのゆくえを追っていた。
梅雨はとっくに明け、夏本番をむかえていた。頭の上から太陽がカーッと照りつける。外に出て少し歩くだけで、ひたいから汗がにじみ出てくる。メトロコスモスの夏市以上のきびしい暑さだ。これが地球の夏、きびしいけど、夏という感じがする「夏」だ。
町に小学生が増えたような気がする。夏休みに入ったからだろう。広場では、朝から男の子がサッカーをしている。ひとりの男の子が軽くトスをあげると、別の男の子が胸でボールを受け、敵チームのマークをかわしてゴールまで突進していった。うまいコンビネーションだ。
風太もサッカーしたい。ボールを追いかけて、思い切り走り回りたい。けど、がまんしなければいけない。メモリーチップを手に入れてメトロコスモスに持ち帰る、という大きな使命があるからだ。
そんな風太の様子を見て、ミッチが言った。
「きょう、海行かない? 今、海水浴でにぎわってるじゃん。ひょっとして、ドクターDも海水浴、来るかも知れないでしょ」
「うーん、そうかなあ……。海なんかにあらわれるかなあ」
「行ってみなきゃわかんないよ。ねっ、行こ、行こ」
風太には、ミッチの気持ちがわかっていた。サッカーして遊びたい風太の気持ちをさっして、気晴らしに海に行こうと、さそってくれているのだ。
「じゃ、まあ、行くか」
と風太は答えた。
海水浴場は、人々でごった返していた。大人や子供が、うきわを手に海に入ってかん声をあげている。風太とミッチは、麦わらぼうしにサンダルばきの格好で、海岸を歩いた。波打ちぎわを歩くと、ここちよい海水が足をぬらす。歩いているのは、もちろんドクターDを探すため――、というのは言い訳かも。きょうだけは、ちょっと息ぬきだ。
夕方になった。大勢いた人々は、いつの間にか、ぱらぱら見かける程度になった。
風太とミッチは海岸にすわって、水平線をながめた。水平線の先に、オレンジの太陽が沈もうとしている。海も海岸も、メトロコスモスのそれとはけた違いに大きい。メトロコスモスでは見たことがない水平線――、かなたまで満面と水をたたえた海が広がっている。白い波がザザーッと押し寄せ、ササーッと引いていく。広い海がゆったりと呼吸しているようにも思える。
水平線がますます赤みを帯びてきた。白い雲が、くれないに染まっていく。地球ってこんなだったんだ。風太は小学二年まで地球にいたけど、そのときはこんな感動はなかった。でも今は、すばらしい――の一言だ。メトロコスモスからいつも見る青い地球、その地球は、こんなすばらしいところだったんだ。
海から風がふいてきた。潮のにおい、自然の潮のにおいだ。風太は、潮風を思い切り吸いこんだ。風太の名は風から取ったと、おかあさんに聞いたことがある。おかあさんはぼくが生まれたとき、自然のすずやかな風を、ほおに感じたという。それで「この子は風の子、風太にしよう」と決めたらしい。
メトロコスモスでは味わったことのない風。これが本当の風だ――。風太はもう一度、思い切り風のにおいをかいだ。