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六 いざ地球へ

   六 いざ地球へ


 それからひと月、メトロコスモスに新たな異変は起こらず、平おんな毎日にもどった。だが、中央コントロールセンターが停止する日は、一日一日と近づいている。あと二百六十日あまりで、メトロコスモスの全機能が停止する。

 対策本部には、連日、中央コントロールセンターはもちろん、空気環境局、水道局、発電所、気象センター、通信センター、重力管理センターなどなど……。メトロコスモスの中のほとんどの部署が集まって、なんとか解決する方法はないかと検討していた。対策本部には、スタジアムや遊園地や映画館や寄席、といった娯楽施設の担当者も、ふくまれていた。実はこのことが、事件解決の糸口になっていくのだった。


 風太は五年生になった。クラスがえはなく担任もイサベル先生のままだ。

 新学期早々の身体測定では、風太の身長は、百二十八センチだった。やはり、クラスの中で一番小さい。女子の中には、百四十八センチもある子もいた。二十センチもちがうのだ。風太はその女子と並ぶと、おかあさんが横にいるようで、ちょっといやだった。ミッチの身長も、あまりのびていない。風太と同じ百二十八センチ、ふたりは四年生のときと同じように、教だんの一番前の席になった。


 ミッチがまた情報を教えてくれた。

「地球との通信ね。なんとかできるようになるみたい。地球から、通信機器積んだ宇宙船がやってきて、メトロコスモスの近くに、ずっと浮かべとくことにしたんだって。地球と直接話できるようになるらしいわよ」

「じゃ、『地球わいわい』は?」

「それはだめ。電話とメールだけ。それも当面は、対策本部の重要な通信しか受け付けてくれないって」

 ミッチによると、地球では今、ドクターDのゆくえを、しらみつぶしに追っているらしい。ドクターDの携帯電話から、たまに電波が発射されることがあるが、すぐに切れるので、せんぷく先を、どうしても見つけることができないらしいのだ。

 ドクターDは、ワクチンソフトをメモリーチップに保存して、いつも身につけているという。まず、ドクターDをさがし出して、メモリーチップをうばい取る。それから、そのチップを、なんらかの手段でメトロコスモスに届ける。メトロコスモスを救うには、このふたつのステップがどうしても必要なのだ。

「メモリーチップって、小さいもんじゃないの」

「親指くらいだって」

「そんなものなら、メトロコスモスに持ってこられそうな気がするけどなあ――」

「どんなに小さくたって、宇宙船が空港に着陸できなきゃ、持ってこられないでしょ」

「そっかあ……」

「宇宙船で近くまで来て、宇宙服来た人が直接届ける、って方法も考えたらしいんだけど、自転してるメトロコスモスに届けるのって、やっぱり難しいんだって。チップが、もし、宇宙空間に飛んでっちゃったらそれで終わりだから、って断念したらしいわ」


 風太とミッチが校長室に呼ばれたのは、翌日のことだ。

 ふたりは校長室に入ると、ソファの真ん中にすわるようにすすめられた。風太の横にイサベル先生、ミッチの横に校長先生がすわった。ふたりの前にはなんと、チェスノコフ州知事がすわっていた。ソファのまわりにも大勢の人がいる。視線はみんな、風太とミッチに向けられていた。

 チェスノコフ州知事は風太とミッチを交互に見、テーブルに手をついて、頭を下げて言った。

「メトロコスモスを救うために、ぜひとも力を貸してほしい」

 風太もミッチもきょとんとしている。なんのことかわからない。イサベル先生が風太の方を見て言った。

「ほら、夏市の遊園地に、子供用の宇宙船あるでしょ。なんて言ったっけ」

「チャイルドシップ――、ですか?」

「そう、それ、それ。今、スペース空港はまったく使えないでしょ。けど、なんとかしてメモリーチップ、メトロコスモスに持ってこられる手段、考えなきゃなんないの。それで、メトロコスモス中を調べたのよね。そしたらたったひとつだけあったの。遊園地の乗り物だけど、チャイルドシップがね。あれも一応、ちゃんとした宇宙船でしょ」

「あんなの、使うんですか」

「今は、チャイルドシップしかないのよ。宇宙に出られる、ゆいいつの乗り物なの」

「あれは、ちっちゃい子供しか乗れませんよ」

「百三十五センチ以下の子供しか乗れないらしいわね。宇宙服が着られないからって。だから、河瀬くんと新藤さんに来てもらったのよ」

「ぼくらに、チャイルドシップに乗れって?」

「そう……。あれに乗って地球まで行ってほしいの」

「えっ! 地球までですか!」

 州知事が言った。

「地球では今、警察が全力あげて、ドクターDのゆくえを探しています。ドクターDをたい捕すれば、メモリーチップも手に入ります。きみたちにはそれを、メトロコスモスに持ち帰ってほしいんです」

「でも……」

 イサベル先生が続けた。

「期限は今年中。ふたりとも知ってるでしょ。来年になると、メトロコスモス、滅亡しちゃうから……」

「だけど、チャイルドシップで地球へなんか……」

「行ったことないわよね。わかってるわ。だから行く前に、訓練、受けてもらうわ。河瀬くんと新藤さんに、しっかり、操縦技術覚えてもらうために」

「ぼくらに――、できるかなあ……」

 州知事が言った。

「河瀬くん、新藤さん、無理はわかってる。危険な旅になるかも知れない。けど、今、たよれるのは、きみたちしかいないんです。お願いします。メトロコスモスを、救ってください」

 州知事はテーブルに頭をつけるようにたのみこんだ。


 こうして、風太とミッチは、地球に派けんされることになった。メトロコスモスを救うという、ものすごく重大な使命を背負うことになったのだ。

 風太とミッチはさっそく、チャイルドシップの操縦訓練を受けた。毎日、遊園地に行って、ふたりでチャイルドシップに乗りこみ、宇宙空間に飛び出すのだ。小がらだとはいえ、高学年のふたりにチャイルドシップの中はせまい。ふたりは、天井に頭がつくほどの空間に、首をすくめて乗りこむのだった。

 宇宙空間での操縦訓練は順調に進んだ。はじめのうちは、遊園地周辺をくるりと回るだけだったが、何日かたつと、メトロコスモスのまわりを自由にめぐれるようになった。

 難しかったのは、地球に着陸するときの訓練だ。これはチャイルドシップに乗って行うわけにはいかない。スペース空港運航局のシミュレーターで、本当の宇宙船が着陸するときのような訓練を受けた。大気けんをぬけ、地面が見えてくるとつばさを出す。機体を水平にしてかっ空飛行に移る。目指すは向こうに見えるかっ走路、じょじょに高度を下げて、かっ走路の一番手前にランディングするのだ。

 シミュレーターでは、なんとか成功するようになったけど、本当の地球で、しかもチャイルドシップのような小さな宇宙船で、シミュレーターと同じようにできるだろうか。ぶっつけ本番、一発勝負にかけるしかない。風太は覚悟を決めた。


 出発の日がやってきた。

 四月の終わり、遊園地の子供ポートには大勢の人が集まった。おかあさんとおねえちゃんが、心配そうな表情で風太を見ている。チェスノコフ州知事は、風太とミッチの手を順番ににぎりしめ「たのみます」と言った。


 ふたりは、宇宙服を着てチャイルドシップに乗りこみ、ゆっくりとメトロコスモスをはなれていった。

 メトロコスモス滅亡まで、あと二百五十日。それまでにメモリーチップを手に入れて、もどってこなければならない。風太は、からだが震えるのを感じた。

 正面のディスプレーに地球の姿が映し出されている。座席の横の小さな窓には、メトロコスモスがゆっくり回転してるのが見えた。

「こちら、風太。ミッチ、聞こえる?」

 ミッチのヘルメットの中で、風太の声が聞こえた。

「こちら、ミッチ、感度良好よ」

 風太が続けた。

「このあと、地表二百キロまで高度を下げるよ。ミッチ、座席ベルト確認しといてね」

「確認OKよ」

 高度がだんだん下がっていく。窓を見ると、メトロコスモスがはるか遠くに光っていた。

「こちらチャイルドシップ、メトロコスモス、聞こえますか」

「こちらメトロコスモス、雑音がありますが、なんとか聞こえます」

「百キロほどはなれました。このあたりが交信の限界だと思います。これ以後、連絡はできません」

「了解しました。気をつけて行ってきてください」

「了解」

 高度はさらに下がっていく。今は地球を回っているが、大気けんが近づくと、機首を一気に地球に向ける。真っ逆さまに地球に落ちていくのだ。緊張の一瞬が近づいてきた。風太はこぶしをにぎりしめた。


 大気けんに突入した。正面ディスプレーの映像が消えた。窓からチャイルドシップが、ほのおにつつまれているのが見える。宇宙船が耐熱タイルでおおわれていることは、知っている。だが、大丈夫だと思っていてもこわい。なんと言っても、火の玉の真ん中にいるんだから……。横を見ると、ミッチもからだを突っ張っている。外の音は聞こえないけど、たぶん、ゴーッとうなるような音がしているのだろう。

 長い時間が過ぎた気がする――、実際には四、五分なのだろうが……。ディスプレーが外の景色を映し出した。雲の間から海が見えた。地球だ。地球にやってきたのだ。窓の外を見る。ほのおは消え、わたのように真っ白な雲が、チャイルドシップをおおっていた。


「地球管制センター、聞こえますか。こちら、チャイルドシップです。メトロコスモスからやってきました」

 風太が、無線で呼びかけた。すぐに返事があった。

「こちら地球管制センターです。感度良好です。チャイルドシップ、ようこそ。こちらに来られることは、すでに連絡を受けています」

「着陸の指示をお願いします」

「了解、もっとも大きいFポートを開けて待っていました。Fポートに着陸してください」

「了解しました」

 風太は、つばさマークがついたボタンを押した。チャイルドシップの両側から主翼がのびていくのが、窓から見える。地球で着陸するときだけ使うつばさだ。今まで落ちていくだけだったチャイルドシップが、ふわりっ、と浮いた。チャイルドシップで空気のあるところを飛ぶのははじめてだ。

 風太は操縦かんをにぎった。宇宙服の手ぶくろの中で、手に汗がにじむのを感じる。ここからグライダーのようにかっ走していく。何度もシミュレーターで練習したことだ。ちらっと横を見た。ヘルメットの中のミッチの顔が、緊張でこわばっている。

 ディスプレーに地面が見えてきた。遠くの方に「F」と書かれている。ふだん大型旅客船の着陸に使うかっ走路らしい。

「チャイルドシップ、こちら管制センターです。今、チャイルドシップの姿を確認しました。航路はそのままで結構です。その姿勢を保ったまま、かっ空してきてください」

 管制官の声が聞こえた

「了解」

 と風太が答えた。

 Fの文字がだんだん大きくなる。かっ走路が見えてきた。

「チャイルドシップ! チャイルドシップ! 聞こえますか。こちら管制センターです」

 また、管制官の声だ。なんかあわてているようだ。

「はっ、はい、なんですか」

「望遠鏡で確認しましたが、車輪が見えません。すぐに車輪を出してください!」

 かっ空のことばかり頭にあって、風太は、車輪を出すのを忘れていたのだ。

「車輪、車輪! どこ、どこ、どのボタン?」

 風太はあわてた。操作パネルを見る。ボタンがいっぱいあって、どれを押せばいいのか、すぐにわからなかった。かっ走路が近づいてくる。そのときだ。ミッチの手が横からのびてきて、ボタンを押した。風太は横を見た。ミッチは座席ベルトをはずし、いすから立って手をのばしてきていたのだ。

「風太くん! こっちはいいから、着陸のことだけ考えて!」

「うん」

「こちら管制センター、チャイルドシップ。車輪、確認しました。OK、OKです」

 風太は、ディスプレーを見て、操縦かんをにぎりしめた。

 かっ走路がどんどん近づいてくる。

「こちら、管制センター。進入角度が、少し深いようです。操縦かんを起こしてください」

 風太は、操縦かんをぐいっと引いた。ミッチが「きゃっ」と悲鳴をあげた。座席ベルトをしようとしていたところだったが、座席からほうり出されたのだ。

「あっ、だめ、だめ! 起こしすぎです! もどして! もどして!」

 管制官がさけんだ。そのあと、ゆっくりした声で言った。

「落ちついて、落ちついて。そう、ゆっくり、ゆっくり……、そう、そう、そうですよ」

 風太は、じわっと操縦かんを動かした。チャイルドシップの姿勢は、なんとか安定してきた。

 車輪が地面についた。ドンとしょうげきがあった。

 風太は逆ふん射ボタンを押した。チャイルドシップに急ブレーキがかかる。ミッチがまた「きゃっ」とさけんだ。ひっくり返ったままの格好でディスプレーに、ぶち当たった。


 チャイルドシップはなんとか無事に着陸した。ミッチのヘルメットで、ディスプレーがこわれたけど、一発勝負でここまでできたんだ。百点満点で、まあ八十点といったところだろう。

「ミッチ、ごめん」

「いいわよ。なんとか生きてるから……」

 ミッチはひっくり返ったまま、そう言った。


 Fかっ走路には、地球の大統領が待ってくれていた。風太とミッチが、チャイルドシップから下りてくると、大統領はふたりにあく手して言った。

「ようこそ、地球へ。いやーっ、さすがメトロコスモスの小学生ですね。こうやって宇宙船を操縦して、地球にやってきてくれるんですから」

「ちょっと、ひやひやしましたけど……」

 ミッチはそう言って風太を見た。風太は頭をかいた。

「まあまあ、小学生で、しかもはじめてで、ここまでできれば大したものですよ」

 大統領はそう言ったあと、

「メトロコスモス破めつまで、あと八か月あまりしかありません。さっそくですが、ドクターDのそう査に、加わっていただけますか」と聞いた。

 ふたりは顔を見合わせ、「もちろんです」と答えた。


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