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五 ドクターDがにげた

   五 ドクターDがにげた


 警察は、メトロコスモス中の防犯カメラの映像を、「人物判別装置」で解せきして、ドクターDが映っていないか調べている。この装置は、防犯カメラの中に映っている人を、すべて調べ上げ、目的の人かどうかを、一瞬で見分ける能力がある。かつらやひげやサングラスで変装していても、判別する能力があるというものだ。

 公園、ホテル、コンビニ、銀行、映画館、寄席、スタジアムなどなど――、防犯カメラという防犯カメラは、しらみつぶしに調べられた。だが、ドクターDのゆくえはつかめなかった。

 ドクターDの携帯電話は、電波が途切れている。たぶん、警かいして電源を切っているのだろう。ミッチの情報では、警察は、ドクターDをおびき出すために、腹心のエリックをよそおってメールを送ったらしい。けれど、それも届いていない可能性が高いそうだ。

 ドクターDと言えども人間だ。食事や着かえも必要だろう。警察は、レストランやスーパーに警察官を配置して、ドクターDがあらわれるのを待っていた。しかし、ドクターDがあらわれることはなかった。


 ドクターDが逃走してから一週間が経過した。今のところ、異変は起きていないが、中央コントロールセンターが直ったわけではない。地球のコンピュータースペシャリストはまだ来ないのだろうか。

 風太が、そんなことを思っていたとき、また事件は起きた。朝から臨時ニュースが流れている。

「スペース空港運航局によると、今朝から、空港運航システムが停止して、南スペース空港と北スペース空港の両方が、使えなくなっているとのことです。くわしい原因は現在調査中です」

 メトロコスモスには、空港がふたつある。南極、つまり地球を向いている側に「南スペース空港」、北極側に「北スペース空港」だ。地球との間で、旅客便と貨物便が、定期運航しているのだが、それができなくなったという。

 メトロコスモスの空港を、離発着するには、高度な制御システムが必要だ。

 想像してみればわかるが、回転している円ばんに物を乗せるとき、ちょうど、中心に置かないと遠心力で外にほうり出されてしまう。それと同じように、宇宙船が直接、回転しているスペース空港に着陸するためには、宇宙船自身が、まずきりもみ状態になったうえで、回転している空港のちょうど中心に下りなければならない。わずかのずれも許されない。これは宇宙船にとって、かなり危険なことなのだ。

 そこでスペース空港では、まず空港そのものを、メトロコスモスの自転と逆方向に回転させ、宇宙から見れば止まってるようにしてから、宇宙船を着陸させるようにしているのだ。

 今朝、その空港運航システムが、突然はたらかなくなったという。つまり宇宙船はいっさい離陸も着陸もできなくなったということだ。通信ができない上に、宇宙船の行き来もできない。メトロコスモスは、地球と完全に切りはなされてしまった。まさにこれは一大事なのだ。


 テレビのアナウンサーは、ここのところ、緊張した表情をして、早口で話すことが多くなった。今もそうだ。

「地球からの定期旅客船は、現在空港の近くまで飛んできていますが、空港に着陸できずにいます。この船には、きょう訪れる予定だった、コンピュータースペシャリストも乗っているとのことです」

 画面は、空港運航局の管制室が映し出された。管制室内で、人々があわただしく動き回っている。正面の大型ディスプレーには、定期旅客船が空港の上空に浮かんでいる様子が映っていた。

「スペース空港運航局の記者会見が行われています。お聞きください」

 画面が、記者会見場に切りかわった。正面には空港運航局長、両わきに、担当者がふたりずつすわっている。

「……ということで、空港の回転制御がきかず、離着陸できなくなりました。以上が、現段階で判明している状況です」

 ちょうど局長の発言が終わったところだ。司会者が「では、質問のある記者の方は、挙手をお願いします」と言った。あちこちから手があがった。

「いつごろ、復旧できる見こみですか」

「今のところ――、見とおしがたっておりません……」

「宇宙船との交信はできるんでしょうか」

「はい、メトロコスモスの近くに来ている宇宙船とは交信可能です。パイロットにも、今の状況は伝えています。通信システムの障害が依然として続いていますので、地球との直接通信はできませんが……」

「空港の回転制御を、運航システムから、切りはなしてもだめなんでしょうか。つまり、手動操作でも、空港の逆回転ができないということでしょうか」

「空港の逆回転というのは、重力コントロールとも密接にからみあってますので、手動操作できないようになってるんです。ちょっと複雑ですので、担当の者に説明させます」

 局長の横にすわっていた担当者が立ち上がって、ホワイトボードに、同心円を三つ描いて、説明をはじめた。

「一番外側の円が居住エリア、つまり、みなさんが住んでいるところです。二番目の円はフライホイールだと思ってください。ご承知のように、メトロコスモス全体の自転スピードをコントロールしているはずみぐるまです。で、この真ん中の一番小さい円が空港です」

 記者たちは、盛んにメモをとっている。

「ふだん、居住エリアと空港は、同じ速さで回転しているのですが、宇宙船を離発着するときだけ、空港を、メトロコスモスの自転と逆方向に回転させます。宇宙から見て止まっているようにするためです」

 担当者は、そこで一呼吸おいて会場を見わたした。

「ところがですね。空港を逆回転させると、その反作用で、メトロコスモス全体の回転が少し速くなってしまうんです」

 記者のだれかが「フライホイールと同じ原理ですね」と言った。

「そのとおりです。回転が速くなれば、見かけの重力が増えてしまいます。このため空港を逆回転させるときは、フライホイールの正方向の回転速度をあげて、メトロコスモスの自転が乱れないようにしているのです。それも、地震が発生しないように、同じタイミングで行う必要があります。つまり、空港の回転制御は、必ず重力管理センターと連動しなければならない。空港運航局単独では、できないしくみになっているんです。おわかりいただけましたでしょうか」

 担当者はここまで説明して着席した。

「旅客船を、きりもみさせて着陸するというのも、できないんでしょうか」

 後ろの方の記者が手をあげて質問すると、担当者はまた立ち上がって答えた。

「きりもみ――、つまりスピンのことですね。乗客には負担をかけますが、パイロットによると一応できるということです。ただ大きな問題がふたつあります。ひとつはですね。スピン速度は完全にメトロコスモスの自転速度と一致させなければならない、ということです。パイロットが言うにはこれは不可能に近いと……。それとふたつめは、空港のちょうど真ん中に着陸させなければならないってことなんです。少しでもずれると、着陸のときの遠心力で、宇宙船がたおれてしまうかも知れませんので……」

 会見場に沈痛な空気がただよった。だれもそれ以上の質問をしてこない。中に頭をかかえている記者もいた。

 記者会見場に、局員らしい女性が急ぎ足で入ってきた。女性は、局長にメモをわたして耳打ちした。局長は、「やっぱり、そうか……」と小さくつぶやいたあと、マイクに向かってしゃべった。

「今、新しい情報が入りました。今回の空港運航システムの異常は、中央コントロールセンターから停止信号が発せられたのが原因だ、とのことです」

 記者席から「またか……」とつぶやく声がした。カメラのフラッシュがまたたいた。記者の何人かが、走って会場を飛び出した。

 画面がまたアナウンサーに切りかわった。

「お聞きのとおり、今回の空港障害の原因は、中央コントロールセンターからの、制御異常によるものだと判明しました。警察では、スペースシェパードによる、一連の異変とよく似ていることから、ドクターDが関わっている疑いがこい、とみて調べています」

 結局、定期旅客船は着陸できず地球に引き返した。


 なんか、また変なことが起こりつつある。また、不気味な日々が続くんだろうか……。

 こんなときにたよりになるのは、ミッチのパパだ。風太は学校に行ったとき、さっそくミッチに聞いてみた。

「ドクターDの、せんぷく先って、まだわかんないの?」

「それがね……。ひょっとして、もうメトロコスモスにいないかも知れないって」

「えっ、にげたってこと? でも、空港にも警察、張りこんでんでしょ。それに空港って今朝から使えないじゃん」

「きょうじゃないのよ。ほら、ドクターDがいなくなった日、覚えてる?」

「うん、州知事選挙の前の日だろ」

「あの日の晩、南スペース空港から、定期貨物船が飛び立ってるの」

「えっ、その中に?」

「そう、ひそんでたんじゃないかって」

「じゃ、メトロコスモス、いくら探してもだめじゃん」


 ミッチの言ってたことは正しかった。その日の夜、チェスノコフ州知事は重大発表を行ったのだ。

 州知事はテレビカメラの前できびしい表情で立っている。

「本日、ドクターDからわたしに手紙が届きました。地球から出されたもので、おとつい、まだ空港に異常がなかったときに、メトロコスモスに届いていたものです」

 州知事は会場を見回して、手紙を読みはじめた。

「無能なチェスノコフ州知事と、おろかなメトロコスモスの住民どもへ」

 声が震えている。州知事は、ふーっと大きく息をしてから、続きを読んだ。

「地球のコンピュータースペシャリストとやらは、メトロコスモスにやってくることができたかな。南スペース空港も北スペース空港も使えなくなって、どういう感想をお持ちかな。まあ、わしにないしょで、スペシャリストを呼ぼうとしたことの、むくいだと思うのだな。わしは一足先に地球に脱出してやったぜ」

 会場は静まりかえっている。

「中央コントロールセンターを回復させるには、ワクチンソフトが必要だ。それはわしが持っておる。つまり、しょくんにはなすすべがないということだ。だが、わしとて鬼ではない。中央コントロールセンターが、変な信号を出すのは、いったん、これで終わりにしてやろう。しょくんはふつうの生活にもどるがよい。ただ、今年いっぱいだけだがな。二十四世紀になったとたん、つまり二三〇〇年一月一日午前零時、スーパーコンピューターは、シャットダウンを起こす。わしが、そうなるよう細工してやったからな。そのとき、メトロコスモスは、すべての機能が停止して、死の町になるのだ。まあ、非科学的なしょくんのことだ。トラトラダモスの予言が当たったと思えばいい。では、せいぜい今年いっぱい、残りの人生を楽しみたまえ」

 手紙を持つ州知事の手が震えている。いかりで震えているのだ。州知事は手紙をにぎりつぶしたあと、努めて冷静な口調になって言った。

「手紙は以上です。メトロコスモスは未曾有の危機、大ピンチにおちいってしまいました。先ほど州政府の中に『中央コントロールセンター停止対策本部』を設置しました。直ちに関係機関を招集して、この危機を回避する手段がないか、あらゆる可能性を模索していきます。このような事態になりましたが、市民のみなさまは、冷静にふだんの生活を続けていただくようお願いします」

 州知事の重大発表は終わった。記者たちが矢継ぎ早に質問する。

「あらゆる可能性を、ということですが、なにか、見とおしはあるんでしょうか」

「残念ながら今のところは……。ともかく、関係機関会議で検討します」

「ドクターDのゆくえは、まだわからないんですか。たい捕できないんですか」

「地球と通信ができれば、地球の警察に協力を求めます。本日、メトロコスモス周辺までやってきた宇宙船と、交信できることがわかりましたので、この方法で、なんとか地球とコンタクトがとれないか検討中です」

「トラトラダモスの予言にあった、黒の悪魔というのが、ドクターDのことでしょうか。トラトラダモスの予言が当たった、とお考えになりますか」

 州知事は、突然大きな声になって言った。顔が真っ赤になった。

「今は、どうすれば、メトロコスモスをめつ亡させないようにできるか、考えてるんじゃないですか。トラトラダモスかフラフラダンスか知りませんが、そんな、ばかなこと考えてるときじゃないですよ」

 チェスノコフ州知事は、一息ついて「すみません。わたしも少し気が立ってまして……」と質問した記者にあやまった。


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