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四 メトロコスモス州知事選挙

   四 メトロコスモス州知事選挙


 メトロコスモス州の知事選挙は、現職のチェスノコフ州知事と、ドクターDの一騎打ちになった。

 チェスノコフ氏は、州知事になる前、地球観測センターのセンター長だった。今でも、「チェスノコおじさん」という愛しょうで知られている人気者だ。「ものしりチェスノコおじさんの地球解説」という番組は、教育テレビなのに、毎回、高い視聴率をあげている。雲の動きとか、気温とか、海流とか、チェスノコおじさんの解説は、おもしろくておかしくて見ていてとても楽しいからだ。

 今期で引退を表明していたチェスノコフ氏が、もう一度、州知事選挙に立候補することにしたのは、ドクターDに対こうするためだ。今回の選挙では、すべての政党が、チェスノコフ氏を推せんしている。もし、ドクターDが州知事になってしまっては、メトロコスモスがめちゃくちゃになってしまう。そんな危機感から政党同士が手を結んだのだ。


 選挙戦がはじまると、異常現象はパタッと発生しなくなった。ドクターDが、「選挙の間は、変なこと起こらんような気がするねえ」と、とぼけた調子で話していた。ドクターDの言うことを信用するのもしゃくだが、なにも起こらないことは、とりあえず、安心できる。おとうさんも少しは楽になったと言っていた。


 テレビでは毎日、選挙情勢を放送している。近年まれに見る注目度らしい。そりゃそうだろう。ドクターDを当選させるか落とすか、選挙の関心はその一点だけだった。

 チェスノコフ氏が、メインストリートで街頭演説している様子が、映し出されている。

「みなさん、ドクターDのような人物に、このメトロコスモス、まかせていいんですか。今こそ、州の人々の力を結集しようではありませんか。ドクターDを追い落として、正義の力を見せてやろうじゃないですか」

 チェスノコフ氏は、頭上にこぶしをふり上げて、結束を呼びかけた。聴衆から割れんばかりのはく手があった。

 あちこちで、精力的に選挙運動しているチェスノコフ氏に対し、ドクターDの方は、これといって目立った選挙運動はしていないように見える。だが、ドクターDは、かげでいろいろ工作していたのだった。


 ある日のこと、おとうさんがとても不機嫌な顔で帰ってきた。リビングに入ってくるなり、「くそっ!」と言って、カバンをほうり出し、ほどいたネクタイを、いすに投げつけたのだ。

 おかあさんが「なにか、あったの」と聞いた。

「もう、腹が立って、腹が立って……。空気環境局のエリックってやつが来てさ。おとうさんに言うんだよ」

「なんて」

「チェスノコフ氏が演説してるところで、大雨降らせてくれ、ってさ」

「なによ。それって、選挙ぼう害じゃないの」

「そうさ、そんなことできるわけないじゃないか」

「エリックって、なにものなの?」

「どうやら、スペースシェパードの幹部らしい。今は空気環境局の主任なんだけど、ドクターDが州知事になったら、一気に局長にしょう格するんだってさ」

「そんな、ばかなこと……」

「だろ。そいつ言うんだよ。おとうさんも協力したら、部長になれるよう、はからってやるって」

「おとうさん、まさか、承知したんじゃないでしょうね」

「あったりまえだよ。ばかにするなって、どなってやったさ。そしたら、じゃ、平職員に格下げだなって、言いやがった」

「なんて、ひ劣なこと……」


 スペースシェパードの工作は、これにとどまらない。市民にお金を配って買収したり、生活がむちゃくちゃになるぞとおどしたり……。それでも刃向かう人には、郵便受けにゴミを入れたり、洗濯物に泥をかけたりといやがらせしてくる。あの手この手で、ドクターDを当選させようとしてるのだ。

 もちろん警察もだまってはいない。選挙違反を見つけるたびに、違反者をたい捕する、するとほかの者が違反し、またたい捕する、といういたちごっこをくり返している。たい捕者は数十人にのぼったが、いずれも下っぱばかりだ。なかなか、ドクターDにまで、そう査の手をのばすことができなかった。


 きょうは、めずらしく、ドクターDが街頭演説しているところが放送された。あの火事があったデパートの前でのことだ。街頭宣伝車の上で、ドクターDがマイクをにぎっている。かべは黒くこげ、窓ガラスはすべて割れた無残なデパートが、ドクターDの後ろにあった。ドクターDのまわりは、スペースシェパードの面々が固めている。みんな、手をこしに当て、直立して聴衆を下に見ていた。

 ドクターDが演説をはじめた。

「メトロコスモスのしょくん、きみたちなかなか、がんこじゃないか。前にも言ったが、わしは、きみたちに投票してくれ、なんてこびたりはしない。きみたちの方が、わしにこびなきゃならんからだ」

 観衆は、遠巻きにドクターDをながめている。みんなおそるおそる見ているという感じだ。ドクターDは、後ろをふり返り、デパートを指さして言った。

「この光景を見るがいい。はなやかで、毎日多くの客でにぎわっていたデパートが、このとおりだ。どうだ。こんな風になりたいか。それとも、わしにひざまずいて、平和に暮らすか。言うまでもない。結論はひとつしかないだろう。まあ、投票日にきみたちがどういう行動をとるか、楽しみにしてようじゃないか」

 演説が終わっても、だれもはく手しなかった。ドクターDは、にやりと笑って街頭宣伝車を降りた。


 異変が起こらなくなったことで、町は、以前の様相を取りもどしていた。外ではふつうに人々が歩いている。空気マスクをつけてる人は、ほとんどいない。おかあさんは「ベランダに洗たく物干せるようになったのよ」と喜んでいた。

 学校の授業も再開された。風太が教室に入ると、柿本くんとハンスクさんが、メトロコスモス州知事選挙のことで、激論していたところだった。小学生が選挙に関心を持つなんて、以前はまずなかったことだ。

「けど、もし落選すると、あいつ、なにするかわかんないんだぜ」

「なら、ドクターDが知事になっても、かまわないっていうの?」

「そうじゃないけど……、それしか方法がないだろ」

「そんなの、ぜったいだめよ。それこそ、メトロコスモスの破めつじゃないの」

「だけど……」

 なんか、ハンスクさんの勢いに、柿本くんの方が押されているみたい。ハンスクさんの方が正しいのはもちろんだけど、押しこめられてる柿本くんだって、ドクターDが正しいなんて言ってない。ドクターDが知事にふさわしいなんて思う人は、ひとりもいないのだ。


 風太はミッチにたずねた。

「通信センターのこと、パパ、なんか言ってた? まだ、直ってないんだよね」

「地球との通信、ずっと止まったままだって。『地球わいわい』楽しみにしてる人、多いのにね」

「地球でもこのこと知ってるんでしょ」

「貨物宇宙船が往復してるんで、郵便で情報は伝わってるらしいわ。地球でも、対策考えてくれてるらしいの。けど、ドクターDが、どんなコンピューターウイルスしかけたかわからないんで、すぐには直らないだろう、って」

「ウイルス、侵入させたのって、やっぱりドクターDのしわざだったのか――」

「自分で作ったウイルス侵入させといて、ワクチンソフトほしけりゃ選挙で投票しろ、ってんのよ」

「なんてひきょうな男なんだろ」

 ミッチは急に小声になって言った。

「ねっ、ぜったいないしょよ。わたし、パパに極秘の情報、教えてもらったの」

「なに、なに」

 ミッチはパパに、とてもかわいがってもらってる。本当は、家族にも極秘情報は教えちゃいけないんだけど、ミッチのパパは、秘密だぞ、と言って、教えてくれることがあるらしい。

「選挙が終わったら、地球から、コンピューターのスペシャリストが、やってくるんだって。ドクターDと同じくらいコンピューターにくわしい人で、今までも、いろんなウイルスの除去ソフト作ってきた人らしいわ。その人なら、スーパーコンピューター解せきして、どんなウイルスにおかされてるか見つけることができるだろうって。その人がスーパーコンピューター、直してくれさえすれば、あとは、ドクターDとその一味をたい捕して、事件は解決ってこと」

「なんだ、そんなら、選挙で無理にドクターDに投票しなくてもいいじゃん」

「そう。ただ、今は、このことをぜったい公表できないの。もしドクターDにばれたら、ドクターDのやつ、なにするか、わかんないでしょ」

「そうか……、確かに、そうだよね」

「このこと、今、警察と一部の市役所の人しか知らないのよ。だから風太くんも、ぜったい秘密よ。家の人にもしゃべらないでね」

「うん、わかった」

 メトロコスモス、どうなるんだろうって思ってたけど、やっぱり、大人の人はちゃんと対策を考えてくれていた。それにしても、ミッチすごいよ。あんな情報まで知ってるんだから……。


 町の中では、選挙戦がくり広げられている。チェスノコフ候補は、毎日、あちこちで演説している。どこに行っても、はく手のあらしだ。それに対して、ドクターDは、街頭演説をほとんどしないで、ろこつに、チェスノコフ候補のぼう害ばかりしているのだ。スペースシェパードの一味は、チェスノコフ候補が街頭演説しているところにやってきては、うっかり引っかけたふりして、マイクケーブルを切ったり、演説してる横にやってきて、大音量で吹奏楽演奏をはじめたりするのだ。いつか、演説中のチェスノコフ氏に、大量のこしょうをふっかける、といういやがらせをしたこともある。さすがにそのときは、チェスノコフ氏も観客もくしゃみが止まらなくなって、演説中止になってしまったという。


 選挙戦が、終ばんにさしかかったころ、チェスノコフ氏とドクターDの公開討論会が行われた。会場の州民ホールには、入りきらないほどの市民がつめかけた。ふつう、こういう場では、候補者同士が意見をぶつけあうものだ。だが、この討論会でも、ドクターDは勝手なことを述べるだけだった。

 司会者が言った。

「では、チェスノコフ氏とデイビス博士に、おうかがいします。はじめに、低重力エリアの活用についてですが……。来年、廃止する『無重力魚類研究所』のあと、どういうものをつくっていくのか、方針をお聞かせください」

 チェスノコフ氏が答えた。

「ご承知のように、重力のないところで、ほとんどの魚の泳ぎ方が、解明できたとのことで、この研究所は来年役目を終えます。で、そのあとなんですが、今、地球のいろんなところから要望がきています。スーパー合金工場とか、完全球体ビー玉工場とか――、ついこの前は、ハリウッドの映画会社から、無重力スタジオを作りたい、という話もありました。なにを誘致すれば良いのか、メトロコスモスのみなさまの意見を聞きながら、判断したいと思います」

「なるほど――。デイビス博士はどうお考えですか」

「わしは、そんなくだらんもの、作るつもりはない。大浴場つきの無重力ジムが、いいねえ。無重力サイクリングで汗を流したあと、無重力風呂にぷかーっと浮かんで汗を流す。最高じゃないか」

「なるほど、市民のみなさんのくつろぎの場所にしたいと……」

「ばか言っちゃいかん。わし専用のジムじゃよ。市民なんかに、開放するわけないじゃないか」

「えっ? あれだけ広い場所を、デイビス博士だけで独占すると……」

「そりゃそうさ。メトロコスモスの支配者なんだから、当然だろ」

「そっ、そういうお考えですか……。まあ、そのあたりの判断は、有権者におまかせするとして――。つぎに、ここのところ続いている異変について、どう対応するか、お聞かせください。チェスノコフさん、どうぞ」

「ともかく、スペースシェパードの正体を突き止めて、首ぼう者をたい捕することが先決です。だれとは言いませんが、自分でウイルスしかけておきながら、ワクチンソフトを人質に、市民を、きょうはくするような人物を許してはいけません。みなさまの力を結集して、その男の野望を突きくずさねばならないのです」

「では、デイビス博士どうぞ」

「ふーむ、だれとは言わんが、と言いながら、ある人物を疑っとるじゃないか。まあ、いいだろう、今は好きにすればいい。だが、チェスノコフ、わしが州知事になれば、きみの居場所はないと思いたまえ。ともかく異変を直せるのは、ワクチンソフトを持っているわししかおらん。直せないチェスノコフにしたがうかね。直せるわしにしたがうかね。答えは言うまでもないじゃないか」

 結局、討論会でふたりの議論がかみ合うことはなかった。


 正しいのはチェスノコフ氏の方、だれもが、チェスノコフ氏を選ばなきゃならない、ということは、わかっている。

 だが、選挙情勢となると、はっきりしなかった。事前の世論調査で、市民が本音をしゃべらないからだ。答えてくれた市民もいるが、チェスノコフ氏に投票しようとしている人も、ドクターDに投票しようとしている人も、どっちもが迷っている感じだった。メトロコスモスを救うために、どうすれば良いのか、わからない、そんな空気がただよっていた。


 いよいよ、あしたが投票日というとき、事件が起こった。

 地球から、コンピューターのスペシャリストがやってくる――、その情報がドクターDにもれたのだ。どうやら、警察関係者の中に、スペースシェパードの一味がいたらしいのだ。

 情報もれが明らかになると、さすがにドクターDもあせったのだろう、突然、姿をくらましたのだ。出演するはずだったテレビ生中継にも来ず、選挙事務所にも、あらわれなかった。自宅にもいなかった。翌日、投票所にはあらわれるかも、と思われていたが、それにもこなかった。こつ然と、まさにこつ然と姿をくらましたのだ。


 投票はしゅくしゅくと進められた。投票率は百パーセント。なんと、すべての市民が――、正確には投票所にこなかったドクターDを除くすべての市民ということだが――、今回の州知事選挙に投票したのだ。

 結果はチェスノコフ氏の圧勝だった。メトロコスモスの人々は、ドクターDのおどしにくっしなかったのだ。

 新聞には「良心の勝利」という見出しがおどった。


 今度の事件で、一番、裏切られたと思ったのは、スペースシェパードの仲間かも知れない。今まで、ドクターDにしたがってきたのに、突然、そのボスがゆくえをくらましたのだから。警察は、スペースシェパードのアジトに、一せいにふみこみ、全員たい捕した。

 ドクターDに裏切られたと知った、スペースシェパードの一味は、全員が、首ぼう者はドクターDだ、ということを証言した。証拠がなかったため、今まで手が出せなかった警察だが、直ちに、ドクターDを特別指名手配の犯人として、そう査をはじめることになった。


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