戦争?
現代、特に日本では戦争などまず起こらない。
何故なら、憲法でもう三原理の一つとして入っちゃってるというのもあるし、そもそも平和ボケした日本人は戦争を起こそうとする気にもならない。
しかし、それでも戦いがなくなったわけではない。
今でもスポーツとしてその体型は残ってる。サッカーなんか元は戦争から始まったのだ。
しかし、今言いたいのはその戦争の事ではない。
毎年、年始に訪れる空前絶後の戦争が今、始まろうとしている――
「ふぅー、今日も寒いね!」
幼馴染である美樹が、たいそう厚着をして毛編みのお手製手袋に包んだ手をこすり合わせながら、ブルブルと震えた声で言った。
「美樹、遅いかったね。ほら順番はもうとってあるんだから、早くこっち来なよ」
「うん、ありがとう翔太君」
できれば翔太って呼び捨てで呼んで欲しいんだけど――無理か。僕ら付き合ってる訳じゃないし。
「おい、翔太。作戦会議、始めるぞ」
父さんの厳格な声がして、僕と美樹は父のほうを向いた。
「作戦って……どうするの、父さん」
正直こんなことに作戦もクソもないと思うんだけど、僕は。
「美樹ちゃんは何が欲しいんだ?」
「私はここの福袋が欲しいんです」
美樹は父が広げた広告を見て、わくわくした表情で指差す。そう、これから僕らは福袋の争奪戦という激しい戦いに身を投じる直前なのだ。
その指差した先の商品を見て、父は呻き声をあげた。
「これは毎年五分で完売することで有名な、超豪華ブランド服の詰め合わせじゃないか! むむむ、これは難しいことになってきそうだぞ」
「五分って……うう、私もなんだか不安になってきました」
美樹が不安そうに身を擦る。
――ここは僕の出番だな。
「父さん。ここは僕が行くよ」
「お前が? でも、お前今年は欲しい福袋があるって……」
「大丈夫、どうせ来年もあるし。それに、こんなに早い番号で場所が取れたんだ。狙ってみる価値はあるよ」
「翔太君、大丈夫なの?」
「大丈夫だって。それに、美樹の為だしね」
それを聞いた美樹は、顔を埋めた。あれ? 僕なんか下手こいたかな。
取り敢えず美樹の為にも、色々と情報収集が必要だ。
「で父さん、その商品はどこで売ってるの?」
父は非常に言いずらそうにしていたが、やがて決心した様子で言った。
「それが……三階のここの反対側なんだよ」
「反対側!? 本当に心配になってきちゃった……」
美樹はそんな事を言うが、僕はそうは思わなかった。
「大丈夫、僕を見くびらないでよ。五十メートル六秒台なんだから」
「本当?」
「ああ、本当さ」
その代わり、あとコンマ一秒遅かったら七秒台だったけどね。嘘は言ってない。
「翔太、そろそろ時間だぞ」
言われて持参の腕時計を見れば、七時五十八分、開店の二分前だ。
「よし、行こう」
『押さないように、走らないようにお願いし……うわぁっ!!』
僕らは店員の言う事なんか完全に無視して駆け出した。
多くのお客は一目散にエレベーターやエスカレーターに駆け出す。だけどどちらも重量オーバーの所為でとっとと故障してしまい、大騒ぎになってしまうだろう。
僕はそんな彼らを無視して非常階段へと向かう。
階段は込み合う事は少ないから、身動きが取れなくなることもない。一気に三階まで駆け昇って、そのまま階段から飛び出て、疾風のように目的地へ駆け出す。
障害物リレーのように次々と現れる人間を縫うように避けて、走る、走る、走る。
やがて眼の前に現れる看板。あれだ、あれが目的地だ。群がる人々の中に、僕は飛び込んだ。
引き裂くように人々を掻きわけ、必死に手を伸ばす。
―――掴んだ!
引き抜く。
「かつらじゃないか! クソッ!」
僕はかつらを放り投げた。すると、数人の人達が「うわぁ」と目を押さえて人ごみから離脱した。
何事かと思えば、まるで水晶玉のようにつやつやした、神々しいほどの光を放つ禿げだ。禿げは、かつらでもなくしたのか、ウロウロしている。しかしその後光に目を焼かれて、多くの人々が離脱していった。
――こんな最終兵器を隠し持っていたのか、デパート!
しかし負けてはいられない。これはチャンスだ。福袋はラスト一袋残っている。
僕は後光に眼を焼かれながらも、必死に歩いた。そして手を伸ばす。
――届け!
僕はしっかりと福袋を掴んだ。
「よっしゃぁあああああああああ!」
勝利の雄たけびを上げて、僕はレジへと向かう。混雑するレジを抜けて僕は代金を全額自腹で払い、そしてレジから抜けた。
レジから抜けた先には、美樹が居た。
「やったよ、美樹! 手に入れたよ!」
美樹は嬉しそうにうんうん頷いて、僕から福袋を受け取って――固まった。
「どうしたの、美樹?」
僕は心配になって声を掛けたら、美樹が泣きそうな顔で言った。
「これ、サイズ大きいよ~」
―――Oh shit!!
「ごめん、本当にごめん!!」
僕は土下座して謝った。――けど返答がない。
あれ、と思い顔をあげたら、美樹が笑みで立っていた。
「いいよ」
えっ?
「いいよ、サイズが大きくても。だって翔太が買ってくれたんだもん。それに見合うくらい大きくなってみせるよ」
「どういう……」
「翔太、ありがとう。私、翔太の為に頑張るね」
これってまさか――プロポーズですか!
「美樹!」
「うわぁ、何?」
「僕と―――付き合ってください!」
美樹はしばらく恥ずかしそうに頬を赤らめたあと、「うん」と小さく頷いた。
「やった! ありがとう、美樹!」
僕は感激のあまり美樹の手を握って泣いた。
今回の戦果は本当に、本当に―――大きかった。
帰りの車の中で、一つ気になって訊いてみた。
「美樹、その福袋のサイズって、どのくらいの大きさなの?」
美樹は笑顔で言った。
「XLだよ!!」
マジで?
「翔太、何してるんだ? 地面なんか掘って」
「ごめん、父さん。僕は今、タイムマシン探しで忙しんだ。また後で」
「なんでタイムマシンなんか」
「このままじゃ美樹の華奢な体が、ぶくぶく太っちゃうんだよ!」
幼馴染っていいですよねえ。華奢で可愛らしかったらもっと良い。
でも僕の近所の人は皆気が強くて、がたい良くて、強くて……。
僕の素晴らしい毎日を返して下さい。
非リア充ばんざーい!
それにしても冬か……
受験勉強しないとな……