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第六話:メルセデス!メルセデス!メルセデス・ベンツ!

>>新太郎

 早朝、早めの朝食を済まし、何着かある仕事着の1着である真っ黒な国産ブランドのスーツを着て白い軍手を填め、仮面ライダーのショッカー軍団のそれを彷彿とさせる翼を広げた鷲を象った個人タクシー連合のシンボルマークの真鍮製のバッチが取り付けられた運転士の制帽を頭の上にきちんと被った俺は、地下の駐車場へ下りてガレージの前に立つと、3.2LV6エンジンを3.5Lまでボアアップしてスーパーチャージャーを取り付けた高津タクシー仕様のメルセデス・ベンツのEクラスのW210後期型のE320を引っ張り出し、ボンネットフードを開くと、エンジンルームの簡易点検を行った。

 ウインドウ・ウォッシャー液良し、ラジエーターのクーラント液、ブレーキオイル、エンジンオイルの量も確認、液漏れもしていない。バッテリー、マフラー等のエンジン周りの吸排気系やベルトも異常なし。一通りチェックすると、俺はボンネットフードを閉め、きちんとロックするまで力を込めて抑えつけると、タイヤが目減りしていないか、車体や車内に目立った汚れ等がないか目視で確認した。

 そして左側の助手席のドアを開けて車内に半身乗り込み、ダッシュボードのグローブボックスに填めていた軍手を放り込んで閉じると、ドアを閉じて右側の運転席に回り込んで乗車し、スーツのポケッとに突っ込んでいた運転手用の白手袋を嵌め、左手首の機械を操作して車にタクシーメーターだけを取り付けた。


 これだけで、普段タクシーと使っている車両が銀色のハイヤー車両に早変わりする。いや、正確に言えばハイヤー用の車を普段はタクシーとして使っているのだが……。因みにこう云う車を巷ではハイグレードタクシーと言うらしいが、俺にとってはどうでもいい事だ。

 兎に角、今日一日のでかい山を無事に終わらせる、その事だけが俺の頭を支配していた。


 深呼吸をしてエンジンを掛ける、特に重要視しなければいけない警告灯が点灯していないかメーターを確認する。特に無かったが給油ランプが点灯していた。高速に乗る前に24時間営業している中央バイパス沿いにあるスタンドに立ち寄って給油しよう。

 俺は発車措置をすると、ロービームとフォグランプを点灯し、左ウインカーを点滅させて左へステアリングを切りながら車を発進させた。


 どんよりとした青紫色に染まった早朝の空の下を白いヘッドライトと青白のフォグランプを点灯した銀色の高級セダンで駆け抜けて行く。早朝という事でまだ外が薄暗い上に人や車の通りも少ないので、俺は前照灯を下向きから上向きのハイビームに切り替えて走行していた。

 だが、それでも車の通りはあるもので、道の向こうから対向車のライトが近付いて来る度にヘッドライトをロービームに落とし、擦れ違い終わると再びライトを上向きに戻した。


 そんな感じでいつも通る街の中心部へ向かう峠道に差し掛かると、前方に白い2代目の日野・セレガが、巨体を振り回しながら力強く坂道を登っているのに追い着いたので、俺は前照灯をロービームに落としてバスの後ろに続いた。

 バスは安全に狭い峠道の急カーブを通過する為に、センターラインを少しだけ越えながらも、同じプロドライバーとして見ても、上手いなあ、と舌を巻くようなドライビングテクニックを駆使して山岳路を駆け抜けていた。


 突然、セレガがブレーキランプを点灯してハザードランプを焚きながら目一杯左に寄せて減速した。

 ああ、対向車が来るのだな。そう思って俺も倣って車を路肩の方に寄せてスピードを落とし、ハザードランプを点滅させた。

 やがて右カーブの向こうから自動車の前照灯の黄白色の光が二組、此方に向かって走って来るのが見えた。近付いてきたのは白いT170系コロナの後期型のセダンとシルバーメタリックのB13サニーの後期型だった。

 2台ともハザードランプを焚きながら、バスと俺の車と擦れ違う瞬間、挨拶がわりに一回パッシングをしたので、俺も対向車の2台に向かって、それぞれ『お早う!』という意味を込めて一度ずつパッシングをした。


 ハザードを切って暫く走っていると、また前方を走る高速バスがハザードを点滅させて制動灯を点灯した。

 なんだ、こんな早朝にこんな道でまた対向車が来るのか?と首を捻りつつも、再び俺はハザードランプのスイッチを押すと、ブレーキペダルに足を掛けて踏み込んだ。

 だが、何か様子がおかしい。下りの左カーブだとはいえ、バスは白い破線のセンターラインを大きく越えて対向車線を走りだした。

 意味が解らず混乱したまま、バスと俺の車はそのまま停止した。よく見ると、ハザードを消したセレガの前にも白いY11ADバンの中期型が制動灯を点灯させたまま停車していた。さらに、その前の左側の路肩には180系クラウン後期のロイヤルサルーンの白黒パトカーが、ブーメランみたいな4灯式のパトランプを明滅させ、ハザードランプを点滅させながら停まっていた。

 パトカーの後席後ろのリアウインドウに装着された電光掲示板に何か文字が流れている。

『ただ今事故処理中!通行規制注意!』

 よくよく目を凝らすと、パトカーの前の方に制服を警官が赤く明滅する誘導灯を振って交通整理をしており、他にも何人かの警官や保安官が何か作業をしているようだった。


 さっきの対向車のパッシングは挨拶じゃなくて、これを教える為だったのか!そんな感慨に耽っていると、ウ―――――――――ウウウゥゥ……ピ――――ポ――――ピ――――ポ――――……と鳴り響く救急車のサイレンが聞こえ、そして遠ざかって行った。

 それを合図として交通規制が一時的に緩和されたのか、前に並んだ車の制動灯が尾灯と入れ替わり、ゆっくりとだが順番に前に進み始めた。

 バスが前進し始めたので、釣られて俺もハザード切ってブレーキを緩め、惰性走行し始めた。


 ゼロクラウンのパトカーの傍を通り過ぎると、その前に同じ様にハザードを点けたR34スカイラインの後期型の白黒パトカーが停車していた。そして、続く急な右カーブの頂点の直近の付近のアウト側の崖に激突して停止した、ボンネットがペッシャンコに潰れ、窓ガラスやライトレンズの殆どが粉々に砕け散り、車全体がくの字に折れ曲がって普通の車ならセンターピラーがあるところで車体が真二つになってしまった黒い後期型U12ブルーバードのピラーレスハードトップが、辺り一帯にエンジン等の部品の破片やオイルや血痕を撒き散らしつつ凄惨な姿を晒していた。

 恐らく100km/h超のスピードで右カーブに特攻して、案の定曲がりきる事が出来ずに正面の崖に突っ込んだ……、というところだろうか。車両火災を起こさなかったのが不幸中の幸いだろう。だとしても、その時のブルーバードの運転手の恐怖を想像しただけで、俺は背筋が縮み上がった。

 あの車の運転手は大丈夫だろうか……。救急車が走り去って行ったという事は、今の時点では息が合って懸命の救命作業が行われているのだろう。しかしながら、恐らく助からないだろうな、と思った。自分も車を運転するドライバーである手前、どの位壊れた事故ならどんな被害に遭うか程度の大体の予想は立てる事は出来る。少なくとも俺は、もしも自分があの黒い車の運転手だったとしたら、とてもじゃないが助かる気がしなかった。脳挫傷や全身を強く打って即死するか、良いところで意識不明の重態後死亡というところだろう。俺は心の中で名も知らぬ運転手の冥福を祈った。

 今日は自分とは無関係の赤の他人だった。だが、次は自分の番かも知れない。俺はステアリングホイールを握り直すと、絶対に事故を起こさない、と決意を新たにしながら車を発進させた。無機質に煌々と輝く、レスキュー隊の赤い4代目フォワードの消防車とギャラン・フォルティスの白黒パトカー、RAFの青い6代目エルフのキャリアカーの赤いパトランプの光が目に沁みて胸が苦しくなった。


 峠道を降りて中央バイパスとの交差点で停止した時、ピ――――――ッと唐突に車内に警告音が響いた。どうやら本格的にガス欠になりつつあるらしい。

 信号が青に変わり、左ウインカーを出しながらハンドルを切って左折すると、自動車専用道には入らずに側道を進む。そうして500m程進んだ道沿いにある、煌々と輝く白い水銀灯の明かりに照らされた、10台位が一度に給油出来る位大きなガソリンスタンドに滑り込んだ。

 この車は車の右側に給油口が設けられているから、俺は車が給油装置の左側に来るように停車した。最近のガソリンスタンドの給油機のホースは凄く長いので、ぶっちゃけどちら側に止めても差し支えないのだが、たまに短くて反対側に止めるとホースが届かない場合があるので、俺はいつも車の給油口の位置に合わせて止める場所を決めている。


 因みに日産やスバルや近年の英国車の様な例外こそあるが、給油口は大体その車を造ったメーカーがある国のハンドルとは逆側にある場合が多い。(欧州・北米なら右側、国産なら日産とスバル以外は左側に給油口がある事が多い。)


 閑話休題。兎に角俺は給油をする為にガソリンスタンドに寄った。

 車が入って来た事に気付いたのだろう。背中まで届きそうなストレートロングの茶髪をピンクのゴム輪で括ってポニーテイルにし、面長な顔の目がパッチリとした二重で円な瞳をした若くて可愛い女の子の店員が俺の車まで走ってきたのが見えたので、俺はパワーウインドウのスイッチを一気に押して運転席の窓を全開にした。

「いらっしゃいませ。何に致しましょうか?」

「ハイオク満タン!それと、これから長時間高速に乗る可能性があるから、空気圧見てくれる?」

「かしこまりました。宜しければオイルチェックも致しましょうか?」

「ああ、それは出かける前に確認したからいいや。」

「そうですか……。窓の方は如何しましょうか?」

「ああ、お願い。」

 そういうと、俺はガソリンを入れる為にシートとドアの隙間に手を突っ込んで給油口のリッドを開けるフックに手を掛けた……心算だった。

「はーい、トランク開きました!」

「ごめん!間違えた!」

 そう叫んでから今度はきちんと給油口の蓋を開くフックを引くと、俺は慌てて車から降りて後ろに回り込んでトランクリッドを閉め、また車内へ戻った。


 パワーウインドウを操作して窓を全閉し、給油が終わるまでの間リラックスをして待っていると、さっきの店員の女の子が白い布巾と霧吹きを持って俺の車へやって来た。

 フロントガラスに霧吹きに入った洗剤を吹き掛け、布巾で汚れごと拭き取る。セダンには長いボンネットという物があるから、フロントガラスの中央部を磨こうと思ったら、ガラスを固定するピラーの所から腕を伸ばし、体がガラスに着く位まで身を乗り出さなければならない。俺は店員のお姉ちゃんの大きな胸がガラスに当たってボヨンボヨンと潰れて変形する様を車内からまじまじと見つめつつ目を肥やした。


 タイヤの空気圧のチェックも終えて、燃料計の針もFULLを指した。

「お待たせしましたハイオク80Lで、1440G戴きます。」

「はい。じゃあ、これで。」

と言って、俺は店員に左腕を突き出した。


 会計を済ませると、俺は運転席の窓を閉め、発車措置をすると左ウインカーを焚きながら車を前進させ、ステアリングを一端右に切ってから歩道の手前で左に切り返して停車した。目の前に立ったガソリンスタンドの店員の女の子が、抑え付けるように左の掌を此方に向けながら、安全に俺の車を車道へ出す為に右から来る車の流れを見つめていた。

 やがて、右から走って来る側道の車の流れが途切れた。

「はい、オッケーです。どうぞ――――。ありがとうございました――――――!」

 平身低頭にお辞儀する店員に見送られながら俺はアクセルを踏み込むと左折して側道に合流した。


 バイパスの専用道に移行する為、車をキックバックさせて急加速させる。右ウインカーを焚きながら加速車線に車線変更し、右後方から来る車の流れをミラーと目視で視認しつつ機会を窺う。

 すると、本線の走行車線を走行し、直ぐ後ろに迫っていたシルバーメタリックのいすゞ・ギガの10t有蓋車が、左ウインカーを点滅して減速しながら1回だけパッシングし、

『入れてあげるよ!どうぞ!』

と、合図を送ってくれたので、俺は急いで本線へ合流し、

『助かった!ありがとう。マジ感謝!』

と、ハザードランプを3発点滅させて後ろのトラックにサンキューハザードを送りながらスピードを上げた。


 160km/hで東の方へ直走り、初奈島大橋を渡ろうとする頃には日の出を迎え、前方の空の下の方が赤く輝き出し、藍色の早朝の夜空と美しいコントラストを奏で、やがて白く煌く太陽が橋の向こうに広がる本土の山稜から顔を覗かせる。

 薄明かりにぼんやりと照らされて赤味掛かった橙色に染まる大地。そこを白い光や赤い灯りを灯した自動車が空を切って駆け抜けて行く。殆どの車は惰性でヘッドライトを灯したままでいるが、幾台かの車はもう前照灯を落とし、ポジションランプだけとか、フォグランプとスモールランプの組み合わせ、補助前照灯のみの状態とかで走行している。

 俺はメルセデスのロービームとフォグランプを点けたまま朝焼けの中を帝都に向けて一直線に走り抜けた。

 本土に入って陸南道に合流し、山越え上り坂に差し掛かる頃には、日は完全に昇り、辺り一面うっすらと菫色に霞む位で地面に街灯の光が映らない程明るくなったので、俺は車幅灯だけ残してヘッドライトを完全に切った。前を走る多くの車も、トラックやタクシーやオートバイ等の一部の車両を除けば、次々と尾灯を消していた。


 俺は前を走行するトラックやバスや軽自動車をどんどん追い抜きながら追越車線を220km/hのスピードで飛ばしていた。

 走行車線を200km/h弱のスピードで走る200系ハイエースのロングバンの前期型を追い抜こうと接近しつつあった時、不意にルームミラーで後ろを確認すると、俺の車の後ろからかなりの速さで距離を縮めて来る車影がある事に俺は気が付いた。

 フェラーリだ!フェラーリ・テスタロッサだ!子供の時実車を目の当たりした時から俺を虜にした奴らの内の1台、憧れの真っ赤なスーパーカーが俺の車を追走している!朝日を前方に浴びて真紅の車体を輝かせながら跳ね馬が追い駆けて来る。


 俺は迷った。このままハイエースを追い抜いてから走行車線に車線変更するか、それとも一先ず減速してハイエースの後ろに着いて、今ここでテスタロッサに進路を譲るか、どうしたら良いだろう?

 その時、後ろのテスタロッサが中央分離帯に寄って右ウインカーを数発点滅させながら、リトラクタブルライトをパカっと開けてライトを点灯してパッシングし、また閉める動作をするのが運転席側のドアミラー越しに見えたので、俺は今この瞬間に譲ってテスタロッサに先に行って貰う事に決めた。(一番右/左側の車線での右/左ウインカーは、前を走る車に対しては『邪魔です。退いて下さい。』、後続する車に対しては『対向車、または障害物がある等の理由で、今ここで私を追い越すのは大変危険です。』という意味がある。)

 俺は軽くブレーキを踏んでハイエースの速度に合わせると、左ウインカーを焚きつつ真ん中の車線へ退避すると、『進路を塞いですまない!』という意味を込めてハザードを3発だけ点滅してテスタロッサにゴメンハザードを送った。

 俺の車が前を走るハイエースの5m程離れた真後ろに移動するや否や、テスタロッサは急加速してあっと言う間に坂道を駆け上がり見えなくなってしまった。

 俺は右ウインカーを点けて追越車線に車線変更すると、アクセルを限界まで踏み込んでハイエースの前に出て左ウインカーを焚いて左車線に戻り。追い越しを終えてからハイエースに向かってサンキューハザードを3発灯し、そのまま後続車を振り切った。


 山を越えて後は帝都まで一直線に下って行くだけになった時、ICの合流を通過しようとすると、左側の合流車線から1台のスポーツカー……ガンメタリックの日産・スカイラインGT-RのBNR32の後期型が、急加速して他のトラックやバスの間をすり抜けながら強引に追越車線を走る俺の車の前に割り込んで来た!

 突然丸い赤い環が2つずつ連なった特徴的なテールランプを持つ2ドアクーペの後ろ姿が目と鼻の先にいきなり現れたので、俺は反射的にブレーキを踏んでGT-R32と距離を置くと、ステアリングホイールのホーンボタンを掌で思い切り力を込めて押し、パ――――――――――――ン!と盛大にクラクションを鳴らしながらウインカーレバーを手前に引いてクラクションを作動させている間ずっとハイビームを点灯してパッシングしていた。

「危ないだろ!何考えているんだ?あいつ。殺す気か?!」

 届かない事など判りきっていたが、それでも俺はこそこそと逃亡を図ったスカイラインに向かって怒鳴りつけずにはいられなかった。

 俺はアクセルを限界までグッと踏み込むと、車体の後部を地面に押し付ける様に沈み込ませながら急加速し、GT-Rを追走した。

 どんどんスピードを上げていってスカイラインと距離を詰めて行く。前を走る車の後部が視界一杯に広がる位、車間距離が1mを切るまで急接近する。そして中央分離帯の方に車体を寄せ、俺はスカイラインへ向かって何度もパッシングし、パ――――パ――パパパパ――――――――ン!と狂ったように何度もホーンボタンを押して煽りまくった。

 初めこそ、俺の車に対抗するように、スピードが落ちない範囲でブレーキを連続で何度も踏んで制動灯を点滅させる事で威嚇していたが、やがて臆病風にでも吹かれたのか、スカイラインは左ウインカーを点滅させるとそそくさと左車線へ車線変更して視界から消えて行った。俺はそのまま加速するとGT-R32を振り切るように追い越した。


 日もすっかり昇って頭上には青空が広がっているものの、まだ7時半である。予定より大分早く到着しそうだったので、時間を調整する為に、俺は帝都高速へ入る直前にあるSAに寄って休憩する事にした。

 SAが近い事を示す、フォークとナイフのマークやWCの記号が書かれた緑色の標識が道路の左側に見えてきたと思ったら、やがてSAに入る分岐と減速車線が前方に現れた。

 俺は左ウインカーを点けて3車線ある内の真ん中の車線から一番左のレーンに車線変更すると、そのまま減速車線へ入ってハザードランプを焚きつつスピードを落とし、SAの敷地内へ徐行で入って行った。


 SAの駐車場の駐車スペースの一つに、ハンドルを軽く左に切りながら頭から斜めに進入して一番SAの施設のすぐ前の歩道に一番近い場所に車を停め、停車措置をしてエンジンを切ると、俺はシートベルトを外して車から降り、鍵を掛けるとSAの施設の建物の方へ向かって歩き出した。

 白手袋を外して背広のポケットの中に突っ込むと、俺はトイレに入って用を足してから手を洗い、スラックスのポケットからハンカチを取り出して手を拭うと、軽食を摂る為にサービスエリアの建物内にある食堂へ向かった。

 入り口で食券を購入して順番待ちの番号札を受け取り、番号を呼ばれてからカウンターで注文したラーメンを番号札も兼ねた食券と引換に手に入れると、俺は開いている席に腰を下ろして食べ始めた。

 そして食べ終わると、トイレの洗面所へ向かって口元と手を濯ぎ、ハンカチでよく拭いてから白手袋を填めると、俺は車に戻って運転席に乗り込み、発車措置をしてステアリングを右へ切りながら、ゆっくりと車を発進させた。


 8時50分を少し過ぎた頃、やや早過ぎたかなと思いつつも、古瀬邸の門前に車を寄せた俺は古瀬氏に電話を掛けた。

「……もしもし。」

 腕に着けた機械から、半ば寝惚けたような声をした古瀬氏の声が聞こえてくる。

「もしもし、お早う御座います。本日御予約を頂きました、高津タクシーの高津です。少し早いですがお迎えに上がらせて頂きました。」

「ああ、ありがとう。だが、少し立て込んでいるから、ちょっと待っていておいて貰えないかな?」

「全然構いません。いつでも都合がいい時に出てきて下さい。」


 9時を5分程過ぎた時、屋敷の門扉が開いて、極細の白いスリッドが縦に疎らに入った黒いスーツを見に纏った古瀬氏と、スカートの薄いグレーのスーツを着て大きな黒色のスーツケースを2つ持った華音嬢が現れたのが見えたので、俺は運転席のドアノブに手を掛けて車から下りると、トランクリッドを開いてラゲッジルームに2つのスーツケースを収納し、リッドを閉めてから後部座席左側のドアを開け、二人を車内へ通した。そして、

「扉を閉めます。お手元にご注意下さい。」

と言って、ドアを閉めると自分も運転席に乗り込んだ。

「改めてお早う御座います。本日は高津タクシーを御利用頂きまして、誠に有難う御座います。」

「こちらこそ。よろしく頼むよ。」

「……ところで、今日はどちらまで参りましょうか?」

 そう俺が問い掛けると、珍しく細長い二等辺三角形を二つくっつけたようなレンズの形をした、レンズの上側にナイロンの糸が張られた銀縁のハーフフレーム眼鏡を掛けた華音嬢がこう言った。

「まずは、親宿にある我が社の本社ビルまで行って頂いて、その次に会食を兼ねた取引先の要人の方々との会議がありますので青坂プリンセスホテルまで、その後14時半までに灰田空港まで行って下さい。」

「畏まりました。」

 俺は右ウインカーを焚いて発車措置をすると、そっとアクセルを踏み込んだ。


 13時半頃、俺は帝都の中心部、運営の本部や各業界団体の多くが本部事務所を構える地区の青坂という場所にある『青坂プリンセスホテル』、通称『青プリ』という高級ホテルのエントランス前のロータリーの直ぐ目の前にあるタクシーとハイヤーの専用駐車場に停めた車の中で休憩を取りながら古瀬氏と華音嬢が出て来るのを待っていた。

 流石この辺り随一の高級ホテルとだけあって、エントランス前のロータリーや駐車場で待機している車は、センチュリーとかプレジデント、歴代のメルセデスのEクラスやBMWの7シリーズやキャデラック、ロールスロイスにマイバッハと、名だたる高級車のハイヤーや、クラウンやフーガ等のハイグレードタクシーばかりが並んでいた。


 今、このホテルの何処かで、大手企業の経営者や業界団体の幹部、運営のお偉方が集まって立食パーティーを兼ねた会合を開いているが、実際にはもうそろそろお開きになっているだろう筈なのにエントランスからは誰も出て来てはいない。

 俺個人の都合から言えば、もうそろそろ古瀬氏と華音嬢が現れてくれた方が非常に嬉しくありがたかった。というのも、灰田国際空港に向かうのであれば、渋滞などのロスタイムも鑑みて、1時間位の余裕は欲しかったのだ。万に一つもタイムリミットまでに間に合わず、彼らが飛行機に乗り遅れた暁には、彼らの出張先である北東地方の仙谷という都市まで高速道を約10時間近くぶっ飛ばさなければならない。その分稼げるかもしれないが、コストと疲労度から考えると、とてもじゃないが割に合わない。

 だから古瀬氏達が早く戻って来ないかなと指をくわえて待っていると、20分程経ってから彼らがホテルの中から此方へやって来るのが見えたので、俺はスロットに差し込まれたキーを回してエンジンを作動させると、ブレーキを踏みながらギアをDレンジに入れ、サイドブレーキを解除すると、エントランス前に車を回す為にW210を発進させた。


 帝都高速CL1から空港方面へ向かう帝都高速1号線へ入った時、後ろに座っている華音嬢が俺に向かって話し掛けて来た。

「間に合うでしょうか?」

 正直間に合うかどうか定かではない程逼迫していたが、俺はアクセルを限界まで踏み込み、道路を走る車の間を縫うようにすり抜けながら250km/hオーバーのスピードで120km/h制限の片道3車線の自動車道を疾走した。

 すると、目の前に、130km/hのスピードで道幅いっぱい並走する、青色のいすゞ・スーパークルーザー・プレステージの観光バス、白いR70ノアの前期型とシルバーメタリックのC26セレナの前期型が目の前に現れた。

 正直追い越したいが、他の都市高速道路と同じ様に、この道路には路側帯が殆ど整備されて居らず、道路の左側は頑丈なガードレールと鉛色をした背の高い防音壁で覆われているので、路側帯を使って強引に追い越すと云う反則技が使えない。

 どうしようかなあ、と当惑しつつバスの後ろに続くと、200m程先の道路の左側に、ちょっとした分離帯がある高速路線バス用のバス停が設けられている事に気が付いた。幸いバスも停まっていない上に、目の前の二階建てバスも素通りする心算のようで減速する気配は見せていない。

 俺はアクセルを調節して徐々にプレステージとの距離を詰め、ステアリングを左へ切ってバス停の中に侵入し、一気にアクセルを吹かして急加速すると、バス停からの加速車線から並走していた3台の車の前に割り込むように本線へ合流した。

「えらく強引な事をしたねえ。あんな事をして良いのかい?」

と、愉快そうに笑いながら古瀬氏が真後ろから声を掛けて来た。

「駄目ですよ。」

 俺も笑いながらそう答えると、空港へ向かって一路車を走らせた。


 空港で二人を無事に降ろし、代金として2,840Gを受け取ると、俺は玉緒に向かって電話を掛けた。

「もしもし?あなた?丁度良かった!」

「あ、もしもし、玉緒か?新太郎だけど。今、無事に仕事を終えたから一旦家に帰るよ。悪いけれど、軽いもので構わないから昼飯を用意しておいてくれないか?」

「あ……。わ、わかりましたわ。……気を付けて帰って来て下さいね。」

「ああ?……分かった。」

 玉緒が何か言い掛けたような感じがして引っ掛かったが、俺は右ウインカーを焚いて発車措置をすると、アクセルを踏み込んで帰路に着いた。


 地下のガレージに車を停めてタクシーメーターをインデックスへ回収し、上に上がって帰宅すると、玄関からキッチンへ続く扉がバタンッと大きな音を立てながら勢い良く開いたと思ったら、玉緒が俺に飛びついて来た。

 吃驚して思わず、

「どうした?!」

と怒鳴ると、

「あなた、丁度良かった。聞いて欲しいお願いがありますの。さ、早く上がって、上がって。」

と、早口で捲し立てつつ彼女は俺の背広の袖を引っ張ってきた。


 そのまま玉緒に引き摺られるように靴を脱いで家の中に上がり込み、リビングに入ると、紫陽花の柄が入った菫色の品が良い着物に濃い紫色の兵児帯を締めた、透き通るような色白の肌に、腰まであるストレートロングな銀色に輝く白髪、まるでアルビノの如く真っ赤なルビーのような色をした瞳という、特徴的な容姿をしたほっそりとした美少女がテレビの前の卓袱台に座っていた。

 俺が入ってくるのに気が付いたのか、彼女はすっと立ち上がると、

「初めまして。わたくし、氷室 ヨネと申します。」

と、その幼ささえ感じる容姿には全くそぐわない、まるで老婆を思わせるようなやや嗄れた声を発した。

 俺は物凄く戸惑いながらも、後ろに立っていた玉緒の方へ振り返り、

「え――――っと、この人……、何処のどういう方なんだ?」

と尋ねた。しかし、彼女は何も教えないどころか、

「取り敢えず、この人の話を聞いてあげて。」

と、ただそう言うばかりであった。

「はあ……。」

 俺は深く溜息を吐くと、仕方が無いなと思いつつ目の前の白髪の少女の話を聞く事にした。

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