第二十三話:年度末新車導入
>>新太郎
「さあ、いよいよお楽しみの……。」
「いよいよですか!」
「さあ、兄貴。早くその垂れ幕を外すのだ。」
舞原オートのドッグの中、セダンの形をした何かにブルーシートを被せた物を前にして、俺は龍さんと共に、得意げに胸を反らす源さんがそれを取っ払って中の物を披露する瞬間を今か今かと待っていた。
現実世界でも先月販売が開始されたレクサス・GSの設計図面とカタログをどこからか入手した源さんが、その手腕を駆使して電子データに起こして同じ物を製造ラインに入れたのだ。
そして、その量産型レプリカの第一号機のテストを試乗会も兼ねて行う事になる。先の年にJ30、F10型BMW5シリーズ、3.5Lの50系カムリ(北米仕様の右ハンドル車)を新規投入する為に購入し、他百数十台の車を改造に出して舞原オートの売上に貢献した俺も、そこへ特別にお呼ばれされる事に相成ったのである。
20系ISを彷彿とさせながらも、どこかLSの3連LEDプロジェクターライトを彷彿とさせるヘッドライトとテールライト周り。最近のアウディを彷彿とさせる八の字型の巨大なエアロ開口部。30系アバロンのようなインパネ周り。実車に触れた事がないので断言はしかねるものの、流石源さん、よく再現していると俺は感じた。
「これがGRL10か……。」
先程までシートが覆っていた白い車の屋根の上、運転席側のAピラーの根本からBピラーまでの間を縁に沿って軽く撫ぜる。
「早速、乗ってみる?」
「いいんですか?」
「勿論!」
と、源さんが投げ渡してきた黒い小さな直方体をした鍵を両手で受け取ると、俺はGSのドアを解錠し、そのままコクピットへ乗り込んだ。
乗る前はアバロンにそっくりだなとも思ったが、実際に間近で見ると何処と無く最近のメルセデスのSクラスやBMWを連想させる。だが、センターコンソールのATのシフトポジションのフォーメーションは間違いなくトヨタの造ったそれであった。
スイッチを押してエンジンを点火し、シートやハンドルを動かしてドライビングポジションを調整する。ハンドルの上部とブレーキを限界まで踏み込んだ状態で、腕と足が少し弛み、少々リクライニングを効かせる位置に合わすのが味噌だ。
そして、ポジションが決まればミラーを弄って後方視界を確保し、最後にヘッドレストの高さを調節した。これで準備万端である。
「じゃあ、ちょっくら一回りしてみようか。」
何時の間にか助手席に乗り込んでシートベルトに手を掛けていた源さんに促され、俺もシートベルトを締めるとスモールとフロントフォグを点け、発車措置をして徐ろに走り出した。龍さんは留守番である。
ウインカーを点け、ハンドルを右へ回しつつ表通りへ出る。
「2GRエンジンの車は何台も乗ってきているけれど……。やっぱ静かですね。」
「そりゃ、そうだ。」
アクセルをガシっと力を込めて踏む。
グオオオオオオオオオオオン……。
「嗚呼、やっぱ加速音は少し響きますね。特に中低音からの煽りがいい。しかし、良い加速……。」
「いつもみたいに改造してパワーを上げればもっと凄い事になるよ。」
「それは楽しみですね。ただ、過給器を付けるとなるともう少し音にボリュームがあった方がいいかなあ……。」
「まあ、そこは此方のチューニングの腕の見せ所よ。」
そう言うと、源さんは俺に向かって軽くガッツポーズをした。
ディスクブレーキの掛け心地や、電動パワーステアリングの感触も、細か過ぎる不満点が全くないと言えば嘘になってしまうけれども、俺が使う分には全く不自由はなさそうだ。
こいつを設計したトヨタが凄いのか、相変わらずの高品質で再現してみせる源さんが素晴らしいのかは定かではない。でも、そんな事はどうでも良い。ただ一つ断言できる事は、この車は金を払って買う価値がある、という事だ。
と、言う訳でオプション装備と改造費込みで、俺は新型GSを50万G、即金で購入し、新造車として早速導入する事を独断で決定した。後で暴露されたら玉緒から相当な剣幕で叱られるだろうが、知るか!その分また稼げば良いのだし、個人タクシーの乗務なんて半分趣味みたいな仕事なのだから、女房だからといって口出しされる謂れはない。
それに、こういう新型の高級車は、如何に他人よりも早く購入して実戦に投入するかが最重要なのだ。迷ってはいけない。欲しいと思ったら購入を即決!誰よりも早く新しい車を、誰も乗っていない珍しい車でタクシー業務を遂行する。これが一種のステータスなのだから……。
ゴオオオオ……ガタン……ゴトン……ガガガガガ……キュウン……バタン。
自動車を製造するコンテナ型の機械がその大げさな振動をピタっと唐突に止めると、ゴ――――っと厳かな音を立てながら高鉄製の扉が上に向かって開き、ゆるりとシルバーメタリックのピカピカのGSが滑り出て来た。トランクリッドの上にはブレーキランプとハザードランプが付いたリアウィングが、リアバンパーには赤いフォグライトが装着され、横っ腹には『個人・高津タクシー』の文字が金色に輝いている。本当、新車が納車される瞬間って、何時見ても心が激しく躍動させられる。
全て一括現金で購入出来たら格好良かったのだろうが、今回は5万Gだけ下取りで工面した。見事お払い箱になったのは現行Cクラス事、W204の前期型である。
舞原オートで車を購入する前、タクシーを始めたばかりで運営が用意した車のラインナップにセダンが殆ど無かった頃、エントリーモデルとはいえ最新型のメルセデスだからという理由でISと共に購入した。だが、今ではセダンのラインナップも格段に増えたし、メルセデスははっきり言ってEクラスかSクラスしか使わないし、つい先日Cクラスがマイナーチェンジした所為で所有し続けるメリットのようなものも消滅したので、この機に乗じてさっさと手放す事にしたのだ。
殆ど使わない上に、その分思い入れも殆ど無いので手放すのが惜しいとすら感じない。精々5千kmしか乗ってないので、そのまま廃車ではなく、ペイントを消し、自動ドアも取り払って白ナンバーに戻してから何処ぞの中古車屋にでも横流しされるだろう。型遅れとは云え一応は現行型の最上級グレード車だし、値段さえ良ければすぐにでも買い手がつくだろう。
実を言うと、今回車を下取りに出して懐に余裕を持たせる事で、新型GSの他に最新型にモデルチェンジしたらしいBMWの3シリーズも源さんがプロトタイプを完成させていれば、GSと共に下見して良ければ予約しよう、と当初は算段を立てていた。だが、今回は残念ながら源さんの方で3シリーズまでの用意にまで手が回っていなかった事や、先代と異なり今時点で判明している新型の外観や内装のデザインが少々俺の好みからは外れているような感じだったという理由で、購入を考慮しつつも見送る事にした。
まあ、2台以上を一度に購入する方が此方も声を大にして値引き交渉へ挑めるので、出費削減という面では有利だし、事業所の経費を多く落とす分月末に迫った今年度分の所得税をより少なく申告する事が出来るので、是非ともしたかったのだが……。税金対策を兼ねているという建前があるとは云え我が道楽に変わらない以上、実際やったら女房に口煩く詰られるだろうから、今日はGSだけで我慢をする、が正解なのだろうか……。
なにはともあれ、こうして高津タクシーに新しい仲間が加わった。源さんや龍さんの話によると、他の会社もこのGSを販売していない限り、この車をタクシーとして使用する為に購入したのは俺が初めてなのだという。少し誇らしい。やっぱり耳に快いという事もあるけれども、俺達個人タクシーにおいて、話題の新型車をいち早く事業用に導入するという事は、他の連中と差別化を図って客にも注目させるという意味で紛れも無いステータスだからである。
他人と違う車だと凄く目立つし、どうせ同じ料金を払わされるなら、如何にもな車よりもより新しくて珍しい良い車の方が好ましい、と大概の人はタクシーに乗る時にそんな事を考えるのではなかろうか?実際、こういう車を多く乗り回しているから、結構な数の固定の得意客に恵まれた、と俺は心の中で思わなくもないのだ。
誂えたばかりの車に乗り込んで舞原オートを後にし、自宅へと走らせる。
普通、購入して間がない車は乗りにくく、慣れるまで苦労する、というのが世の定説だそうだが、仕事柄同じ様な大きさの車を色々と乗り継いでいる所為か、俺はそういう事を殆ど経験した事がない。多少大きさに違いがあれど、きちんとしたシートポジションさえ維持していれば、基本的に大体の感覚はどの車も然程変わらないからだ。精々、車種ごとに異なるハザードランプのスイッチの位置とか、サイドブレーキの仕様に少し戸惑う位しか、思い当たる事もない。それだってすぐに覚えられてしまうので、運転には何の支障もきたさない。
そういう理由で、俺は走行距離が30kmもない大型セダンを、片道1車線の狭い道路で60km/hを微妙に越える速度で駆けていた。もうバイパスと自宅のある公営アパートの付近の住宅地を繋ぐ峠道も無事に越え、緩やかなカーブが連続する長い坂道を途中まで上れば、もうそこは団地の敷地の裏門、という所まで差し掛かっている。
ふと50m先、進行方向左側の歩道を見ると、見慣れた後ろ姿の人影がある事に気が付き、俺はハザードランプのスイッチを押し、ブレーキを掛けて減速しつつ路肩に車を寄せ、それを追い越した所で停車した。
左のドアミラーへ目を遣ると、キラキラとした汚れ一つない銀色の鏡面に、突然の事に驚いているのか、呆然とした顔をしてパンパンに膨れたスーパーの白い袋を1つずつ両手に提げたまま突っ立った玉緒がはっきりと映っている。普段、嫁のこんな間抜けな顔を見る機会は早々無いので、俺は思わず車内で独り吹き出しそうになってしまった。
サイドブレーキを掛けてシートベルトを外し、車から降り立って妻の方へ身体を向ける。大体は予想していたが、玉緒は狐につままれたような神妙な顔をして、俺の顔とGSの尻の辺りを交互に見回している。
ミニバンだろうがセダンだろうが同じ色の車は全て同じ物に見える!というような知障レベルとまでは勿論いかないが、ウチの女房は俺と違って車に特に詳しい訳ではないので、帳簿の目録から俺がどの車を購入したかは知っていても、それが一体具体的にどの車を指すのかは知らないし、レクサスやメルセデスのように似たようなデザインで統一しているような同カテゴリーの車種の違いを見抜ける事も難しい。俺が態々どの車も同じ色、同じ仕様にする理由は、勿論俺個人の趣味による所が大部分だけれども、こんな玉緒に内緒で高い買い物をしちゃった事をなるだけ内密にして発覚を遅らせるという意図も孕んでいるのだ。
え?結局帳簿を見られてバレて怒られるのが落ちだろう、って。その通りだが何か?その時に穏々と許して貰う為にも、今更返品するなんて無理だよね、という所まで車を走らせておく必要があるのだ。総距離計が30しか回ってない新車なんて事が玉緒に発覚すれば、否応もなく舞原オートへ引き返せ!と顔を炎のように赤く染め上げる様が目に見える。
幾ら小まめに洗車をして清潔にしていても、整備を怠っていなくても、何台も乗り換えながらとは云え何だかんだで毎日1000km以上も走りまわっていると、細かな傷が車体やタイヤに無数に付いたり、車内の部品も薄汚れて色褪せたりしてくる。到底ピカピカの新車のような輝きや何も染み込んでいない新鮮な匂い、という物には程遠い。
だからバレるのである、玉緒にも。一見見慣れたような車に装えても、やはり新車特有の違和感めいた物までは隠しきれないし、如何せん女は押しなべて直感が鋭い。有耶無耶の内に誤魔化さなければ……。
「よっ!」
「あなた……。その車、どうしたの?」
当然と言えばそうであるが、訝しそうに俺の瞳をじっと見つめながら玉緒が口を開く。
「え?この車がどうかしたか?」
うおおおおい……!俺ピンチ!既に怪しまれているではないか!……いや、まあ、怪しむなと言う方が困難である事は間違いないのだが、帳面や目録、領収書類さえ無ければ大丈夫だろうと高を括ったのは、実は非常に見通しが甘々だったらしい。俺は全身から冷や汗を吹き出してしまいそうな、背筋に尋常でない冷たさを感じてぎこちなく固まってしまった。
「……?何を言っているんだ、お前。これ、前から乗っている、正真正銘、俺の車だぞ。」
やばい、失言した。
内心俺は一人勝手に狼狽した。女房は新しく買ったのかとか、そういう言葉は一言も発してはいない。なのに自分から『前から乗っている』等と余計な言葉を付け加えたら、己から白状しているようなものではないか!
「あら、そう?見掛けない車ですから、変な事を想像してしまいましたわ。」
おや、どうやら玉緒はまだ勘付いてはいないようだ。思いの外杞憂に終わった事に、いやまだ終わってはないけれど一先ず危機を先延ばし出来た事に俺は安堵した。
「ハハハ……、普段乗らないけれど、今日は急に乗りたくなって久々に出したから仕方がないよ。ずっとガレージの中にいたから、ほら、新車のようにピカピカさ。」
さっきの心の焦りの影響が及んでいるのか、動揺のあまり余計な事を捲くしつつも俺はどうしようもない程不自然な笑い声を、気が付くと上げていた。でも、それに呼応するように、若い女性らしく荷物を手にしたままの右手を口元に寄せてそこを隠すようにクスクスと可笑しそうに笑う妻の様子を察するに、割合自然な笑い方だったらしい。別段怪しんでもなさそうだ。
普段仕事で身に付けている作り笑い等の処世術が、意外な所で役に立った瞬間である。
「すぐそこだけれどさ、家まで送っていくよ。」
「それは、ありがたいですけれど……。でも、あなた、お仕事は……。」
「ああ、大丈夫。俺も上げて家に戻る途中だったから。……それとも何だ?女房が歩いているところを見掛けたのに、見捨てて自分だけ車で帰宅する、なんて事をやれと言うのかい?俺、そんな薄情な男だと思われているのなら心外だなあ!」
半ば強引に家内を助手席に乗せ、俺は車を発進させる。もう、団地への通用口は視界の先に入っている。
左ウインカーからの減速。車を路肩に寄せて一時停止する。そうして歩道を乗り越えて敷地の中に車を向けてステアリングを左へと切っていく。
おっと!向こう、団地の地下駐車場へ至る環状の蹄鉄の跡のような窪みのある灰褐色のコンクリートブロックのスロープの先、地面に空いた穴の奥に潜む暗闇の彼方から2つの蒼白くて眩い光源が、仲良く登って来る。あれよあれよと云う間に1台の青いNHP10型アクアが地上に現れたかと思うと、俺のGSの右脇を殆ど減速せずに離合し、右折して坂の下へ向かって駆け降りて行った。
「危ないなあ……。一時停止くらいしろよ……。」
右後ろを向き、内心舌打ちしながら、小さくなって視界から消えていったトヨタのコンパクトカーを俺は見送った。だが同時に、仕方がないな、とも思ったのでそう嘆息した。深緑色のガラスフィルムに映った1人の影は、間違いなく女性だったからだ。自分とそう歳の変わらないようにも思える。タクシーの運転をしていると、女の下手糞で、しかも輪をかけて自己中心的な運転に辟易する事もままある。別にこの程度の事で動揺する事もない。正体を見て、やっぱりねという感想が胸の中に落ち込むだけである。
やれやれと車を発進させようとすると、唐突に玉緒が口を開いた。
「あら?さっきの斎賀さんだわ!」
「ん?知り合いか?」
「知り合いも何もあなた……。ウチのお隣の奥様よ?」
何を言っているの?と蔑むような目で此方を見るな!俺は隣近所にどういう人達が住んでいるか知らないし、近所付き合いだって疎いのだ。
車を操ってスロープを下り、天井に散点と一面に吊り下げられた蛍光灯の白い明かりによって照らされた地下の駐車場の通路を滑るように進んで行く。
「……でも、斎賀さん。車を変えたのかしら?この間会った時は軽自動車に乗っていたような気がしたのだけれど……。」
「だが、今の車、どう見ても普通車だったぞ。」
「そうですわよね……。」
「まあ、新しいのに乗り換えたんだろう。」
ループ状のスロープを何本か下りて、自分に宛てがわれているガレージの前に俺はGSを停めた。
その刹那、さっき地下に潜る前、団地の建物の入り口の前で玉緒を降ろせば良かった、という後悔めいた考えが閃いた。
「嗚呼、そうだ……。さっき駐車場に入る前の所でお前を降ろせば良かったな。何か付き合わせてしまってすまん。」
「仕方ないですわ、あなた。わたしだってお喋りしていたのだし……。」
「まあ、な……。」
「ところで、あなた?」
一切の予兆もなく、玉緒の声がツンと張ったように凍りついた。ゾクッと、気味の悪い寒気が背筋を頭から腰に向かって稲妻のように走る。何だろう。嫌な予感しかしない。
俺は突然な事に言葉を詰まらせてしまった。
「う……ん?」
「この車、何時お買いになりましたの?」
「え?何時だったかな…………。でも、大分前だよ。」
「嘘おっしゃい!」
「…………?!」
確信……か、それに近い物を俺は玉緒にひしひしと感じていた。小奴は当てずっぽうで言っているのではないと……。
間違いない。玉緒は車種をきちんと認識した上で俺を追い詰めている。
そう言えば、去年の夏頃に玉緒と何気なく交わした会話を、俺はふと回顧した。
「ねえ、あなた。」
「ん、何だ?玉緒。」
「前を走っている車、確か同じ様な車をあなたも持っていたわよね?」
「ああ、持っている事は持っているが、5ナンバーだから少し違うみたいだな。俺の奴は3ナンバーのブロアムVIPの後期の3Lターボ車だから。多分あれはV20かL28じゃないかな?どっちにしろ、俺の方が上のグレードである事には違いないよ。」
そう言えばあの時も、妻はY30をそれと判っている状態で俺に話を振ったのだろうか……?そんな馬鹿な……。
いや、まだ限りなく天文学的に有り得ない確率で、言ってみたらたまたま図星だった、という可能性が残されている……かもしれない。少なくとも今言える事は、ここで大きく取り見だせば白状したのと同義である。俺は全力で平静を装い、誤魔化す事にした。
「別に嘘なんかついてないさ。」
「嘘でしょう?」
「嘘じゃないさ……。」
ビ――――――ッ!ビッビ――――――――――ッ!
唐突な後ろからの甲高い警笛音に振り返ると、俺の車の後ろに濃い紫色のヴェルファイアが止まっている。かなり機嫌を損ねているのか、連打するホーンに合わせてピカッピカッとパッシングしていた。そりゃあそうだ。駐車場の通路の真ん中で堂々と止まって雑談に興じているような奴が居れば、俺だって車外に引き摺り出して張り倒したくも思うだろう。
ハザードを2発焚いた後、車を前進させて左側に寄せ、ヴェルファイアを先に通すと、俺は停止措置を施して下車した。そして通路向かって右側、自分に与えられているガレージの前に立つと、操作盤を操作してこっそりとGSを新規に登録した後、シャッターを開けた。
バックで車庫に車を収めると、改めてさっきの会話の続きをする。
「……で、だ。俺がお前に嘘をついているなんて、どうして思ったんだ?」
「あら、そんなの……。あなたの顔にちゃんと書いてありましたわ。」
「えっ?!」
玉緒のあんまりな返答に、俺は拍子抜けた。が、すぐに彼女の俺に対する誘導尋問である危険性を察して慌てて気を引き締めた。
だが、時既に遅かったらしい……。
「だって、あなた。今日は何だかそわそわして何だか落ち着きが無かったんですもの。それにさっきも妙に嬉しそうになさっていたし……。だから、嗚呼、また車を買ったのかしら……って。」
眩しい程の笑顔でさらりとそう言い放った我が女房に、改めて俺は女の第六感の凄まじさを実感していた。そんな当の自分でさえも認識出来なかった些細な機微の変化を敏感に読み取り、更に冷静に分析して的確な結論を導き出していた事に恐れをなしたのである。
「わたし、伊達にあなたの妻をしている訳ではありませんのよ。」
そう言うと、玉緒は得意げにニンマリと笑った。そんな可愛らしい顔に見蕩れていた訳では決して無いのに、俺は何も言い返せなかった。
俺がだんまりを決め込んだ途端、玉緒は呆れたように眉を顰めた。
「やっぱり……。」
「すみません……。」
もはや観念して平身低頭に屈する。いやはや、御見逸れしました。
「で、今回は一体幾ら使い込んだんです?」
「あ……ああ、ざっと50万……かな……。」
俺がしどろもどろに金額を告げるや否や、驚愕と憂鬱がごちゃ混ぜになったような何とも云えぬ表情を一瞬垣間見せた後、玉緒は右手で頭を抱かえて深く溜息を吐いた。
「あなた……。」
「まあ、何だ。税金対策だ。うん!税金対さ……、あ……。」
下手な言い訳も許されないのか、玉緒にぎろりと睨まれ、俺は慌てて出掛けた声を引っ込めた。
玉緒が再び溜息を吐く。
「……わたしもあなたのどうしようもない趣味だと諦めていますけれど……。幾ら経費で落とせると言っても生活費を圧迫するような事は慎んで下さいね。」
「うん……。」
「……あなた?」
「うっ……。すみません、心します。」
「はぁ…………。」
「…………。」
「…………。」
物凄く、居心地が悪い。
「……なあ。」
「何ですか?あなた。」
「ちょっとドライブにでもいかないか……?」
気晴らしにでも、と思って声を掛けたが、玉緒は透かさず首を横に振った。
「わたし、まだ買い物から帰る途中だったのですけれど……。」
「うむ……。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「なあ、お前……。」
俺は玉緒が膝の上に抱いている白い買い物袋を指さした。
「何です?あなた……。」
「それ持って上がろうか?」
「当然です。」
次の瞬間、俺の腹と車のハンドルに挟まれる感じで、ドンッと太腿の上に買い物袋が鎮座した。
まあ、たとえ上手く誤魔化せたとしても、重たい買い物袋を持ってやる心算だったから別に良いのだけれど……。そんな事を考えつつヘッドライトを全て消すと、俺は停車措置をしてエンジンを切った。