あなたと結婚なんか死んでもお断り
「あなたが嫌いなのです。分って頂けなくても結構です」
無表情でイザベル・ル・ミュラー侯爵令嬢は、テーブルの向かいに座っている王太子に告げた。
王太子はそれでもへらへらと笑いながら首を傾げた。
「近いうちに王になるこの俺が嫌いだなんて嘘だろう。俺の気をひく可愛い嘘だな」
そう言いながら顔を近づけてこようとする王太子との間に、イザベルは魔法契約書を割り込ませた。
「ん? なんだ? また俺をかわいく拒否する契約書か? 俺は絶対サインなんて………っ?!」
そう言いながらも目の前にある契約書に目を通した王太子は書いてある文言に目を見開く。
「あなたのサインがなくても大丈夫です。契約は1人でできますから」
王太子の目の前にある契約書にはなんと、
『イザベル・ル・ミュラーは、ジョージ・ド・アイステリアと婚約、または婚姻を結んだ場合、即座に生命を失うものとする』
と書かれていた。
「あなたは私が拒否しているにもかかわらず、次期ミュラー侯爵家当主で婿も決まっていて、婚約している私に強引に結婚を申し込んできました。家を取り潰すつもりでしょうか。まあ、この話も聞いていないでしょうが」
イザベルは半目になって目の前の王太子を眺めながら告げる。
王太子は額から汗を流し始め、唇を震わせている。
「そんな、………そんなに? そんなに俺様を?」
信じられないように王太子は呟いた。
「ようやく話を聞きましたか。まあ、話を聞かないで無理に私と結婚して、私は死ぬ可能性もあったのですが」
ようやく話が通じたイザベルは口の端で笑った。
「私の大事な婿をよくも僻地のモンスター討伐に向かわせましたね。少ない人数で。恨みます。あなたと結婚なんか死んでもお断りです。これ以上、何かしてくるようならミュラー家は敵対します。大人しく、貴族たちの操り人形になりなさい。くそったれ」
イザベルは暴言を吐きながら、初めて王太子に向かって艶やかに微笑んで見せた。
王太子は一瞬その笑顔に見惚れた後、顔を真っ赤にして立ち上がった。
そして拳を握りしめて、
「よくも俺を馬鹿にしたな! 黙って俺の物になればいいものを!」
と言って、イザベルに向かって拳を振り下ろそうとして、
「僕の大事な婚約者に暴力を振るうな」
と言って、割り込んできた手に拳を握りこまれた。
「待たせてごめん。君に危ないことをさせてしまった」
そこには王太子の腕を捻り上げるイザベルの婚約者ユーリ・フラガリア・アナナッサの姿があった。
ユーリに続いて、入ってきた王国騎士団が王太子を捕える。
騎士団の団長が、国王の命令書を掲げながら口を開いた。
「王子、さすがにミュラー家を結婚によって取り潰そうとしたのはやりすぎです。他の貴族家からも反対があり、貴族院の満場一致で、今この時を持ってあなたは王太子の地位を解かれ、第2王子のレオン様がその地位に就くことになります」
「そ、そんな馬鹿な。この女にそんな価値があるわけがっ………! やめろっ! はなせっ! 俺は王太子だぞ!」
「違います」
騎士団が悲鳴を上げる元王太子のジョージを魔法縄をかけて引っ張っていく。
騎士団とジョージが退室して、ミュラー家の応接室には使用人たちとユーリとイザベルだけになった。
「まあ、私は普通の貴族並みの魔法しか使えないから、本当の価値は私の婿にあるのだけれどね」
「僕には君が世界一だ」
「あら、嬉しいこと」
ユーリは自然に自分の婚約者のイザベルを引き寄せ、イザベルは自然に契約書を持ったままユーリの腕の中に納まる。
「これは不愉快だ。もう事はすんだから燃やしてしまおう―契約破棄―」
ユーリは不思議な青色の炎で魔法契約書を燃やした。
魔法契約書は青の炎に包まれて端から空中で消えていく。
その様子に部屋の中に居た使用人たちは目を見開き、かろうじて悲鳴を上げずにこらえた。
『イザベル・ル・ミュラーは、ジョージ・ド・アイステリアと婚約、または婚姻を結んだ場合、即座に生命を失うものとする』
と書かれた魔法契約書。
それは絶対的でだからこそ元王太子のジョージはその魔法契約書の内容に驚愕し、話を聞く体勢になったのだ。
「ふふっ、これは秘密ね」
イザベルがおどけて口の前に立てた人差し指を持ってくる。
部屋の中に居た使用人たちは慌てて首を縦に振った。
元王太子の様子からしても騎士団の様子からしても、貴族院の決定からしても、一部しか知らないはずの秘密だ。
魔法で書かれた絶対的な契約書が破棄できるとなれば、世界が変わってしまう。
約束も契約もできなくなってしまう。
ミュラー侯爵家はとんでもない婿を手に入れた。
皆が見守る中、不敵に微笑むイザベルをユーリが優しく抱きしめた。
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