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襲撃

 三日目の朝が来た。


 リオールは夜通し番をしていた。ロピが眠りに落ちてから夜明けまで、ずっと星を見ていた。消えた星の光が今も旅をしているということを、考えながら。


 自分が何かを「考えている」かどうかは、まだ分からなかった。


 二人が目を覚ますと、三人は出発した。

 車は昨夜潜んでいた廃屋から少し離れた場所に止めてあった。エンジンをかけると、例のくぐもった音が上がった。相変わらず遅い。しかし動いた。


 ブレンバルクまで、まだ一日半分の距離がある。

 廃道を進んでいた。


 空が白みがかってきた頃、リオールのセンサーが反応した。


 後方。距離、二百メートル。熱源が複数。動いている。速い。


「後ろに来ます」


 リオールは言いながらアクセルを踏み込んだ。車の速度が上がったが、たかが知れている。アポストルの娯楽用に設計された車は、もともと速さを追求していない。


「何体?」ロピが後部座席から身を乗り出した。

「三体。追跡型の変異体です。四本脚。このまま逃げ切れる速度差ではありません」


 レーナが窓の外を見た。廃道の両側に廃ビルが続いている。逃げ込める場所を探しているのが分かった。

「戦う?」


「車を止めれば囲まれます。走りながら対処します」

 後方から、音が来た。


 地面を蹴る音が四重になって響いた。センサーが示す距離が縮まっていく。百五十メートル。百メートル。


 リオールは右手を後方に向けた。運転席から後ろへ向けて魔法陣を展開するのは、照準の精度が落ちる。それでも撃つしかない。


 矢を二本生成し、追跡してくる先頭の個体へ向けて放った。

 一本が命中した。爆砕。先頭の一体が沈黙する。


 しかし残り二体が速度を上げた。廃道の両側の壁を蹴りながら、左右に分かれて距離を詰めてくる。挟み込もうとしている。

「ロピさん、床に伏せてください。レーナさんも」


 言い終わる前に、左側から衝撃が来た。

 車体の左側面に、ディヴォールの体当たりが直撃した。車が横に弾かれ、右の前輪が縁石に乗り上げた。ハンドルが激しく振られ、リオールは両腕で押さえ込んだ。ロピが荷台で転がる音がした。


「大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないけど死んでない」ロピの声が返ってきた。


 右側からもう一体が来た。今度は車の後部を狙った体当たりだった。衝撃で車体が前に弾け、エンジンが悲鳴のような音を上げた。


 リオールはハンドルを切り、廃ビルの間の路地に車を滑り込ませた。幅が狭い。ディヴォールの体格では、そのままの勢いで追ってこれない。速度を落とさず路地を抜け、大通りへ出た。


 追跡の気配が薄れた。

 距離が開いた、とリオールが判断した瞬間だった。


 前方の廃ビルの上部から、何かが落ちてきた。


 三体目ではなかった。

 四体目だ。

 センサーが取りこぼしていた。廃ビルの屋上に潜んでいた一体が、落下する形で車の屋根に乗り上げた。金属が大きく歪む音がした。天井が内側に凹んだ。


「っ」ロピが声を飲み込んだ。

 天井を突き破ろうとしている。爪が金属をひっかく音が連続した。リオールは即座に判断した。

 車を捨てる。


「二人とも、ドアを開けて飛び降りてください。今すぐ」

「え」

「今すぐ」


 レーナが先にドアを蹴り開けた。走行中の車から転がり出る。ロピが続いた。リオールはハンドルを固定し、アクセルを踏み込んだまま運転席のドアを開けた。

 飛んだ。

 地面を転がりながら、リオールはすぐに立ち上がって二人の位置を確認した。レーナが擦り傷だらけの腕を押さえながら立ち上がろうとしていた。ロピは膝をついたまま、前方を見ていた。


 車は走り続けた。

 屋根に乗ったディヴォールを乗せたまま、廃道を直進し、前方の廃ビルの壁面に激突した。

 轟音が響いた。

 火が上がった。

 車体が圧縮されるような音がして、廃ビルの壁が崩れ落ちた。爆発ではない。ただの衝突だった。しかしそれだけで、車は原形を留めなかった。魔法で生成した燃料に引火し、橙色の炎が廃ビルの一階部分を包んだ。


 ディヴォールの気配が、消えた。

 後方から追ってきていた二体も、炎の方向へ向かっていた。同士討ちになるかどうかは分からない。しかし少なくとも、三人への直接的な追跡は止まった。


 しばらく、誰も動かなかった。

 燃える廃ビルを三人で見ていた。炎が黒い煙を上げながら空へ伸びていく。車の残骸が、ゆっくりと形を失っていった。


「……車」

 ロピがぽつりと言った。

「はい」


「リオールが燃料作ってくれたやつ......」

「はい」


 ロピは少しの間、炎を見ていた。

「そっか」


 それだけ言った。

 レーナが立ち上がった。擦り傷の腕を服の袖で拭い、前を向いた。

「歩くしかないってこと」

「はい。ブレンバルクまで、徒歩で三日の距離です」

「分かった」レーナはロピの腕を引いて立たせた。「行くよ」

 ロピは立ち上がりながら、もう一度だけ炎を振り返った。それから前を向いた。

 三人は歩き始めた。


 燃える廃ビルが背後に遠ざかっていく。煙の匂いが、しばらく追いかけてきた。

 リオールは歩きながら、血液黒化度を確認した。矢を二発使った。黒化度がわずかに上がっていた。車を失った。移動速度が落ちた。ディヴォールの群れがこの地域に潜んでいることが確認できた。

 状況の整理は以上だ。


 しかしそれ以外に、何かが残った。

 うまく言語化できなかった。ただ、ロピが炎を振り返った時の顔が、頭から消えなかった。


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