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旅路で  ①

 旅が始まって、二日目になった。


 廃車両の内部は狭い。荷台にはリオールの隊服のローブを載せている。


 後部座席のシートは片側が完全に外れており、レーナがロピの肩を引き寄せるようにして座り、二人で一人分のスペースに収まっていた。ロピは眠っているのかいないのか分からないような顔で窓の外を見ており、レーナは眠れているのか眠れていないのか、その表情からは判断できない。


 しばらくして、軽い音がした。


 レーナの頭が、緩やかに横へ倒れた。車の揺れに合わせて揺れて、ロピの頭に触れそうになったところで、ぴくりと身体が跳ねた。

「──っ」

 目を開けたレーナは、一瞬だけ状況を把握できない顔をした。眠っていたことを認識して、次の瞬間には唇を引き結んでいた。横目でロピを確認する。


 ロピは気づいていない。窓の外に顔を向けていた。レーナはそっと体を座席の中央に寄せ、今度は居眠りしないよう背中を座席から離して座った。


 リオールは運転席で前を向いていた。


 廃道を進む車両は、走るたびに何かが軋んだ。サスペンションはほぼ死んでいる。道の凹凸を拾うたびに車体が大きく揺れ、後部座席からロピがバランスを崩す音が聞こえた。


 それでも車は走り続けた。遅くても、歩くよりはましだ。これ以上の移動手段が今はないのだから、走らせるしかない。


 外の景色はずっと同じだった。


 廃墟。廃墟。廃墟。


 かつて人が住んでいた建物の残骸が続いていた。崩れた壁、外れた扉、ガラスが割れたまま放置された窓枠。その窓から覗く暗闇の中に、かつて人の生活があったことを示すものが時々見えた。倒れたままのテーブル。散らばった食器の破片。布が朽ちて形をなくしたベッドの残骸。


 誰かが、ここで生きていた。


 リオールはそれらを視界に収めながら、特別な演算をしていたわけではなかった。ただセンサーが自動的に記録していただけだ。しかしその記録が、なぜか消えなかった。通常、不要な環境情報は一定時間後に自動削除されるはずだった。それが削除されずに、演算の端に残り続けた。


 なぜ残っているのか、リオールには分からなかった。

 ──

 二日目の夕方。

 廃村の外れに、かつて食料倉庫として使われていた建物があった。扉は朽ちて外れかかっていたが、内部の棚は金属製で、腐食しながらも形を保っていた。その棚の奥に、埃をかぶった缶詰がいくつか残っていた。

 ロピが真っ先に見つけた。

「あった」

 声に色があった。それまで押し黙っていたロピが初めて出した、何かを見つけた時の声だった。

 缶詰を両腕に抱えて、レーナのところへ走っていく。レーナが無言で受け取り、缶の底を確認した。膨らんでいないか。錆が深くないか。開封した時の匂いがどうか。


 一つ一つを確かめながら、使えそうなものを選んでいく。その手つきが、慣れていた。長い間、この選別をしてきた手の動きだった。


 ロピがリオールのところへ戻ってきた。缶詰を一つ、差し出してくる。

「食べないの?」

「私は食事が不要な設計です」

「じゃあ味見くらいはできる?」

 リオールは少し間を置いた。

「……味覚センサーは搭載しています。ただし食事は設計上の用途外です」

「じゃあ用途外でちょっとだけ食べてみてよ」ロピは缶詰を押しつけるように差し出した。「美味しいかどうか教えてほしい」


 なぜそれを求めるのか、リオールには分からなかった。ロピ自身が食べれば美味しいかどうかは判断できる。わざわざリオールに確認させる意味はない。


 しかしロピの目が、真剣だった。

 茶化しているわけでも、暇つぶしでもない。何か、伝えようとしている目だった。

 リオールは缶詰を受け取った。フタを開けると、トマトの甘い匂いが広がった。センサーが成分を分析する。リコピン、グルタミン酸、クエン酸。糖分と塩分のバランスは、長期保存用の処理が施されたものだと分かる。


 少量を口に含んだ。

「……塩辛いです。それと、少し甘みがあります」

「それ、トマトの缶詰だよ」ロピは少し前のめりになった。「美味しい?」

「美味しい、という評価の基準が私には──」

「好きか嫌いかで言うと?」


 長い沈黙が生まれた。


 好きか嫌いか。その二択を前に、リオールは演算した。センサーが示すのは成分と数値だ。塩分濃度、糖度、酸度。それらを「好き」あるいは「嫌い」という評価に変換する回路が、リオールの設計には存在しない。


 しかし。

 もう一度、口の中に残った味の情報を処理した。

「……嫌いではないと思います」


 ロピが笑った。

 声を上げて笑うのではなく、顔がほぐれるような笑い方だった。それまでずっと緊張していた顔の筋肉が、少しだけ解けた。リオールはその変化を視覚センサーで捉えながら、自分が出した答えがその変化を引き起こしたことを認識した。


「よかった」

 よかった、とはどういう意味なのか。リオールには分からなかった。しかし分からなかったにもかかわらず、その「よかった」という言葉が、リオールの演算の中にすとんと落ちてきた気がした。

 レーナは横でそれを見ながら、何も言わなかった。缶詰を開けて、中身を確認して、静かに食べ始めた。ただ一度だけ、ロピとリオールの方を見た。その目が何を言いたかったのか、リオールには読み取れなかった。



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