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ゴーレム

 ゴーレムを地面に走らせた。


 血液の消費が大きい。

 展開した瞬間に血液黒化度が3パーセント跳ね上がるのをセンサーが告げたが、構わなかった。ぎこちない土の人形が廃ビルの前を横切り、天使形の正面を走る。

 足音が砂を叩く。重心が不安定で、走るたびに体が傾く。しかしそれでいい。動いていればいい。

 天使形の黄色い目が、ゴーレムを捉えた。


 反応した。


 四本の腕が、一斉に構えられる。炎を束ねる予備動作。一回目が0.31秒。二回目が0.29秒。平均、0.3秒。リオールはその数値を信じた。


 予備動作の開始から、0.1秒が経過した。

 リオールは廃ビルの縁から飛んだ。

 落下しながら、魔法陣を展開する。血液黒化度が警告を出す。無視した。全出力を一点に注ぐ。分裂させない。広げない。矢を一本だけ生成し、その先端に展開式魔法陣を圧縮して詰め込む。通常の矢の三倍以上の力が、光の束として収束していく。

 腕が震えた。黒化した血液が通信経路を圧迫して、魔法陣の輪郭がわずかに歪む。限界かもしれない。

 0.2秒。

 天使形の四本の腕から、炎が束になり始めた。ゴーレムへの照準が合う。完成まで、あと〇・一秒。

 リオールの体が、最大落下速度に達した。

 0.3秒。

 放った。

 矢が空気を切り裂く音がした。光の線が一直線に伸び、天使形の胸部中央──神の臓器が存在するはずの位置──へ向かった。天使形の炎魔法が完成するより、0.03秒早く。


 しかし天使形は、翼を動かした。

 炎魔法を放棄した。ゴーレムへの照準を捨て、翼を畳んで体を横に滑らせた。


 矢が、胸部を掠めた。じんわりと体液がにじみ出る。


 直撃ではなかった。展開式魔法陣が胸部の外皮を削り、起爆した。爆発が天使形の側面を吹き飛ばした。黒い液体が飛散し、翼の一枚が根元から半壊した。しかし天使形は倒れなかった。


 リオールは着地の瞬間、横に転がった。

 天使形の四本の腕が同時に振り下ろされた。地面が割れた。着地していた場所に、深さ三十センチほどの爪痕が四本、並んで刻まれた。


 距離を取る。センサーが血液黒化度を叩き出す。

「許容値の48パーセント」

 一発で仕留めるつもりだった。それが外れた。残り魔力の計算を即座にやり直す。大きな魔法陣はあと三回程度。小さなものならもう少し撃てる。


 天使形が向き直った。


 半壊した翼を引きずりながら、それでも四枚のうち三枚が動いていた。翼が広がる。風が起きた。今度は先ほどより強い。廃ビルの壁面から剥がれた破片が、砲弾のように飛んでくる。


 リオールは足元に魔法陣を展開し、土壁の防壁を横に走らせた。


 破片が壁に叩きつけられる。衝撃で壁が砕け、破片が霰のように降り注いだ。装甲の隙間に食い込み、センサーが細かい損傷を記録していく。構わない。

 壁が崩れる前に、その陰から矢を二本放った。

 一本が天使形の右肩に命中した。爆砕。しかし深く刺さらなかった。厚い外皮が爆発の大半を受け止めた。もう一本は翼に当たって弾かれた。


 天使形が吠えた。


 声ではなかった。構造物が崩れるような低い震動が空気を揺らし、地面が微かに振動した。怒りではない。これは──痛みだ。半壊した翼の根元から黒い液体が滴り落ちていた。ダメージは蓄積されている。

 しかし天使形は止まらなかった。


 四本の腕のうち、二本が別の形に変形し始めた。肘から先が細く収縮し、先端が尖る。槍だ。一本ではない。二本同時に。

 リオールは後退しながら土壁を重ねた。


 槍が一本、土壁を貫通した。壁がコンクリートの粉末を撒き散らして崩れる。貫通してきた槍の先端が、リオールの左腕装甲を掠めた。装甲に深い傷が入る。もう一本の槍が上から降ってくる。

 上だ。


 土壁では防げない。リオールは真横に飛んだ。槍が地面に刺さった。アスファルトが弾け、破片が顔面を叩いた。視覚センサーに一瞬ノイズが走る。

 0.2秒、視界が乱れた。

 その0.2秒の間に、天使形が踏み込んできた。

 巨大な腕が横薙ぎに振られた。リオールは視界が戻りきる前に、センサーの熱源情報だけで判断して伏せた。腕がリオールの頭上を掠めた。頭部装甲の一部が削れ、銀色の破片が宙を舞った。

 距離が近い。矢が使えない。


 リオールは地面に手をついた姿勢のまま、足元に向けて小さな魔法陣を展開した。土の杭を三本、天使形の足元から突き出させる。一本が右足に刺さった。天使形の動きが一瞬だけ止まる。


 その一瞬で、リオールは距離を取った。

 振り返りながら、戦況を整理した。

 天使形の損傷状況──翼一枚半壊、右肩に爆砕痕、右足に杭の刺傷。しかし致命傷には至っていない。対するリオールの残魔力──大きな魔法陣はあと一回。血液黒化度は六十パーセントを超えていた。


 次が、最後だ。

 外れれば終わる。

 もう一度、ゴーレムを使うか。しかし天使形はすでに学習していた。同じ手は通じない。

 リオールは廃ビル群を見渡した。

 建物の影。瓦礫の山。使えるものを計算する。

 そこで気づいた。


 天使形は常に、動く標的に反応している。ゴーレムに反応した。破片に反応した。リオールの回避に反応した。この個体の反応速度は速い。しかし、同時に複数の動く標的があれば──どれに照準を合わせるか、0.1秒以上の判断ラグが生まれる。

 リオールは残った魔力を計算した。


 ゴーレムをもう一体生成しながら、同時に矢を撃つ。血液黒化度がどこまで跳ね上がるか分からない。しかしこれ以外に手がなかった。

 やる。

 リオールは廃ビルの外壁に向けて走り込んだ。壁を蹴って跳躍する。一階分の高さまで上がった瞬間、左手で足元に向けて魔法陣を展開した。ゴーレムが生成される。今度は一体ではなく、左右に二体。それぞれ別の方向へ走らせた。

 血液黒化度が急上昇した。


「許容値の六十八パーセント」

 警告が重なる。視界の端に赤いノイズが走る。それでも右手の魔法陣を維持した。

 天使形の黄色い目が、揺れた。


 左のゴーレム。右のゴーレム。そして空中のリオール。三つの動く標的が同時に現れた。照準が定まらない。四本の腕が左右に割れる。二本が左へ、二本が右へ。

 0.15秒、天使形の動きが乱れた。


 リオールは右手の魔法陣に、残った力を注ぎ込んだ。

 全出力。分裂させない。広げない。矢を一本だけ生成し、その先端に展開式魔法陣を圧縮して詰め込む。もういちど通常の矢の三倍以上の力が、光の束として収束していく。


 腕が震えた。血液黒化度が七十五パーセントを超えた。センサーが限界を告げる。それでも魔法陣の照準だけは維持した。

 天使形がこちらに気づいた。

 四本の腕すべてが、リオールへ向いた。

 間に合わない。

 天使形の炎魔法が、完成するより0.03秒早く。

 放った。

 矢が空気を切り裂く音がした。光の線が一直線に伸び、天使形の胸部中央──神の臓器が存在するはずの位置──へ向かった。

 今度は、外れなかった。

 矢が、胸部に刺さった。

 貫通しなかった。しかしそれでよかった。内部に留まったまま、展開式魔法陣が起動した。


 一瞬、何も起きなかった。


 天使形が下を向いた。自分の胸部を見た。そこに刺さった矢の光が、内側から広がっていくのを見た。

 次の瞬間、胸部から閃光が漏れ出た。


 骨と内臓の隙間から、青白い光が滲み出るように広がった。縫い目が裂けていくように、光の筋が全身に走った。天使形が口を開いた。声は出なかった。出る間もなかった。


 炸裂した。


 爆発は内側だけで起きた。外皮が風船のように膨らんだ一瞬の後、天使形の胴体が内側から弾け飛んだ。黒い液体と焦げた内臓が四方に散り、残っていた四枚の翼が根元から千切れて別々の方向へ飛んだ。一枚がリオールの頭上を掠めた。熱波が全身を叩いた。


 巨躯が、崩れ落ちた。


 膝をつくでもなく、倒れるでもなく、ただ構造を失ったように崩れた。砂煙が爆発的に舞い上がり、廃ビルの壁面を叩いた。長い首がだらりと地面に落ち、骸骨に近い顔が横を向いたまま動かなくなった。


 リオールは着地した。


 右脚が地面を打つ衝撃で、損傷していた左肩の装甲がさらに軋んだ。砂煙の中に立ち、センサーが周囲を走査する。熱源反応、消滅。神の臓器からの干渉波、消滅。

 天使形のディヴォール、討伐完了。


 砂煙がゆっくりと流れていった。風が収まる。

 静寂が、戻った。

 リオールは右腕のセンサーを確認した。

「血液黒化度:許容値の八十七パーセント」


 限界に近い。整備まで持つかどうか、ギリギリの数値だ。あと一度でも大規模な魔法を使えば、血液の通信機能が完全に失われる。それは魔法の喪失を意味する。

 地面に転がるジレの残骸を見た。


 砂煙が晴れて、その輪郭が露わになっていた。体の各部が本来あるべき形を保っていない。内側から引き裂かれたものの形だった。修復が可能かどうか、この場では判断できない。いや、判断したくなかった、と気づいて、リオールはその演算を途中で止めた。


 呼んでみた。

「ジレさん」

 返事は、なかった。

 風が吹いた。砂が流れた。

 足音が聞こえた。バイクの脇からロピとレーナが出ててきた。砂埃を全身に浴びたまま、顔に涙の跡をつけたまま、リオールの隣まで歩いてきた。

 何も言わなかった。


 ただ、ロピはリオールの手に、自分の小さな手を重ねた。


 リオールは手を引かなかった。


 引く理由を、演算できなかった。あるいは──引かない理由を、演算するまでもなく知っていた。

 どちらなのか、リオールには分からなかった。ただ、ロピの手が思ったより温かかったことだけが、センサーの記録として残った。

 戦闘時にいつの間にかバイクが壊れてしまったようだった。オイルタンクからオイルが漏れだし、フロントフォークが折れ曲がっている。


 三人は歩き出した。拠点まではまだ数日かかる。天使形の残骸を背に、崩れた街を抜けて、先へ進む。

 夕暮れが近かった。空の端が、血のような色に染まっていた。

 ロピは歩きながら、一度だけ振り返った。

 ジレがいた場所を、見た。

 砂煙が晴れた後の広場に、残骸だけが残っていた。タバコの煙は、もうどこにもなかった。

 ロピは前を向いた。もう振り返らなかった。


 だがリオールには、ロピが何を飲み込んだのかが、なぜか分かった気がした。

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