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任務

 会議室の扉を開けた瞬間、わずかに煙の匂いが漂った。


 窓際の椅子に、ひとりの男がいた。

 背もたれに身を預け、細身の体でタバコをくわえている。だらしなく着たエイコーンのローブ。短くウェーブのかかった髪。


「……リオール、だったか」


 男――ジレは一度だけこちらを見た。

 それは値踏みでも警戒でもない。ただ、任務の相手を確認するための視線だった。


「よろしく。――期待はするな」


「同じく、よろしくお願いします」

 リオールは即座に応じる。

「その“期待”とは、何に対するものでしょうか」


「……気にするな」


 それ以上、会話は続かなかった。


「では、任務説明に入る」


 低く、無駄のない声が空気を引き締める。

 会議室中央に立つクスバが、二人を見渡した。


 机上に投影されたのは、黒く塗りつぶされた区域図。


「目的地は第137ゲットー。生存者の調査、および可能であれば保護だ。行動は二人一組」


 リオールは無言で頷く。


 クスバは続けた。


「“ゲットー”の意味は理解しているな」


「はい。旧時代における隔離区域です」


「その通りだ。だがお前は製造されたばかりだと聞くから補足しておく」


 クスバの視線がわずかに鋭くなる。


「かつてこの世界には、アポストルと呼ばれる魔術師たちがいた。奴らは魔法を基盤に文明を築き、その過程で――魔法を扱えない者たちを選別した」


 一瞬の間。


「それが“マグル”だ」


 淡々とした言葉だった。


「マグルとは、現代人の祖先にあたる存在だ。魔法を持たない、ただの人間。……つまり、俺たち現代人だ」


 静かな事実だった。


「彼らは排除されなかった。だが、支配された。労働力として利用され、管理され、必要に応じて切り捨てられた」


 投影図の黒い領域を、クスバが指し示す。


「ゲットーは、そのための収容区画だ。マグルをまとめて閉じ込めるための場所だな」


「ディヴォール出現後、アポストルの文明は崩壊した。管理者を失ったゲットーは放棄され……現在に至る」


「内部の詳細は不明。生存者がいる可能性は極めて低い」


 そこで、わずかに言葉を区切る。


「だが、我々がいるようにゼロではない。調査が必要だ」


 短く結論を置いた。


「以上だ。――死ぬなよ」


 それで 任務の説明 は終わった。



 出発は昼前。

 二人は旧文明の遺物であるバイクに跨り、崩壊した道路を進む。


 ディヴォールが出現し、荒廃してしまったこの世界で燃料で動く車両はとても貴重だ。  車両を大量生産する技術も工業的リソースも持ち合わせない現代の人類は旧文明の魔術師、アポストルたちが使っていた車両を修理し、利用している。  


 多くのエイコーンたちは人間からバイクを与えられ、目的地までの脚としている。  


 とはいえ、魔法で高速移動や瞬間移動ができたアポストルたちにとって車両は娯楽品でしかなかったため、  速くても野鳥程度の速度だが。  そして、魔法で工業な生産をする方法を人類は模索中だ。


 ジレは片手でハンドルを握り、もう片方でタバコを持ったまま走らせていた。

 煙が風に流れ、細く後方へ消えていく。


 会話はない。

 互いに、それを必要としていなかった。

 出発から二時間後。燃料補給のため、バイクを停めた。


 リオールが降りると、ジレはすでに車両の陰に回っていた。

 気配で分かった。


 肩の位置が落ちている。呼吸のリズムが乱れている。音は立てていない。声もない。ただ、体の各部が示す反応が、そう告げていた。人間で言えば「泣いている」に相当する状態だ。


 声をかけるべきか、考えた。慰めの言葉。確認の言葉。あるいは何も言わない。

 答えは出なかった。ただ一つだけ分かったことがある。


 他者の痛みに、許可なく踏み込んではいけない。理由の説明はつかなかったが、判断としては明確だった。


 リオールは補給を終え、バイクに戻った。ジレが少し遅れて乗り込んできた。その目は乾いていた。

「行くか」

「はい」

 それだけだった。


 第一三七ゲットーが近づくにつれ、景色は変わっていった。


 廃墟の密度が増し、空が狭くなる。焼け焦げた建物の残骸が増え、アスファルトは黒く焼け爛れて、至るところに引き裂き痕が走っていた。


 リオールはセンサーを最大出力に切り替え、生存者反応を探し始めた。

 値は、ゼロだった。


 それでも確認を続けながら、リオールは──なぜか、その数値が間違いであることを望む気持ちが走っていることに、気がついた。


 望む。それが何を意味するのか、リオールにはまだ分からなかった。



 それでも確かに、リオールはゼロを拒んでいた。


 先に進むと第137ゲットーが見えてきた。

 それを見てリオールは息をのんだ。

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