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旅路で  ②

 三日目の夜、廃屋に潜んでいた。


 ロピとレーナが毛布を分け合って眠り、リオールは入り口に近い場所に座って番をしていた。月が出ていた。屋根の崩れた部分から、空が見えた。


 しばらくして、床板の軋む音がした。

 起き上がってきたのはレーナだった。毛布を体に巻いたまま、静かにリオールの隣に座った。ロピの方を一度確認してから、小声で言った。


「眠れてる?」

「私は眠らない設計です」

「ロピのことを聞いてる」

「……呼吸が深く、安定しています。眠れているようです」


 レーナは頷いた。それから膝を抱えて、崩れた屋根の向こうの空を見上げた。星が出ていた。薄い雲の切れ間から、いくつかの星が見えた。長い沈黙があった。


 レーナが口を開いた。

「弟がいたんだよ」

 静かな声だった。


「ロピくらいの年で、似たような顔してた。ちょっとおっちょこちょいで、怖がりで、でも誰かのためなら無茶するタイプで」


 リオールは黙っていた。


「ディヴォールが来た夜、私が先に逃げて、弟が遅れた。振り返ったら、もういなかった」

 レーナの声は揺れなかった。揺らさないようにしているのが、分かった。


「だからロピを見てると、ときどき、変な感じがする。守れなかったのに、また守ろうとしてる自分がいる。……自己満足かもしれないけど」

「自己満足ではないと思います」

 レーナが少しだけこちらを向いた。「なんで」


「自己満足は、行動の結果に関係なく自分が満たされることを指します。あなたは満たされていない。それでも動いている」

 レーナはしばらくリオールを見てから、また空に顔を向けた。


「……機械って、変なこと言うね」

「変ですか」

「変じゃないから変、ってこと」


 リオールはその言葉の意味を処理しようとして、答えが出ないまま、ただその言葉を胸の中に残した。


「リオール。リオールはロピのこと、どう思ってる。本当のところ」

「どう思っている、とは」

「機械としての答えじゃなくていい。リオールが感じてること」


 リオールは少し間を置いた。


「ロピさんと話す時間は、私にとって──予測できないことが多く、処理に時間がかかります。それが、不快ではありません」

「不快じゃない、か」

「はい」


 レーナが小さく笑った。声は出さなかった。口の端が、わずかに緩んだだけだった。


「……正直だな、リオールって」

「嘘をつく理由がありませんでした」

「そっか」


 レーナは立ち上がった。毛布を引き直しながら、ロピの眠っている方向に戻ろうとして、足を止めた。

「リオール」

「はい」

「リオールが守ろうとしてくれてるの、分かってる。……ありがとう」

 それだけ言って、元の場所に戻った。


 リオールはその背中を見ていた。ありがとう、という言葉が胸の中に残った。受け取り方が分からなかった。しかし確かに受け取った。


 しばらくして、床板の軋む音がまたした。今度は、ロピだった。毛布を肩にかけたまま、ふらふらとリオールの隣まで歩いてくる。今さっき起きたばかりなのか、目が少し充血している。


「眠れないの?って聞くのもおかしいか」

 ロピはぼそっと言った。

「お前は眠らないもんな」

「待機モードに入ることはできますが、番の間は起動を維持します」「ずっと考えてるの? 夜の間も」

「必要な判断はしています。ただ……考えている、という感覚は、私が持つものかどうか分かりません」


 ロピは返事をしなかった。膝の上に顎を乗せて、崩れた屋根の向こうの空を見上げた。星が出ていた。それぞれが、それぞれのペースで、静かに光っていた。


「お父さんがさ、言ってたんだよ」

 唐突に、ロピが話し始めた。

「星は全部、遠い場所から届いた光で、今もうそこにない星の光かもしれないって。それ聞いて、なんかちょっと怖かった」

「消えた星の光が今も届く、という事実ですか」

「うん。光が出てから届くまでに、すごく時間がかかるじゃん。だからもう消えてる星でも、光だけがまだ旅してることがある、って。……怖いよな」


「怖い、と感じましたか」

「最初は」ロピは少し考えてから続けた。

「でも今は、なんかそれって悪くないかなって思う。ほら、消えてても、光は残るじゃん」

 リオールはその言葉を処理した。消えた後も届く光。残ること。残すこと。

「……消えた後も届く光。それは、残したいものがあるということですね」

 ロピがリオールを見た。驚いたような目だった。

「リオールって、ちゃんと聞いてくれるんだな」

「聞く、という機能は持っています」

「機能じゃなくていいよ」ロピは少し笑った。


「ただ聞いてるだけでいい。それだけで、なんか違うんだよ......」


 しばらくして、ロピの呼吸が規則的になった。毛布に包まれたまま、壁に寄りかかって眠ってしまっていた。

 リオールはロピの寝顔を一秒だけ見た。それから、また星を見た。夜が終わるまで、ずっと見ていた。消えた星の光が今も旅をしているということを、考えながら。


 自分が何かを「考えている」かどうかは、まだ分からなかった。しかし今夜、二人の話を聞いていたことは、確かだった。


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