魔女と番うということ
辺境の小さな村に、右の手の甲に剣の痣を持つ赤子が生まれた。
国に手厚く保護された赤子は、物心つく前から、下手したら命を落とすような訓練を毎日課せられた。
伝承通りの痣を持った少年は、仲間と共に旅に出た。
人類に害を及ぼす魔王、その討伐という世界の悲願を果たすために。
青年は、神に祝福されし存在という意味では勇者でなかったが、救国主という意味では疑念の余地もない程立派な勇者であった。
世界は青年を崇め奉り称えたが、五年もすると異常とも呼べる熱は冷めきり、元勇者は国家転覆を図った罪人として投獄された。
故郷は焼かれ、仲間も失い、救ったはずの命には忘れられ裏切られた。
己に課せられた世界を救うという命運、それだけを果たすために生きてきた青年に味方はいなかった。
獄中生活が始まってから八年が過ぎた頃、突如として「それ」は現れた。
人の女の形をしたそれは酷く美しく、見る者すべてを魅力したが、それは人間ではなく、人情など欠片も持ち合わせてはいなかった。
それは、かつて魔王と呼ばれた男より多くの命を残虐に奪った。
いつしか「魔女」と呼ばれるようになったそれを殺すため、元勇者は再び勇者となり戦場へ呼び戻された。
勇者と剣を交えた魔女は、勇者に一目惚れをした。
何もかもに疲れ切っていた勇者は、場違いな求婚を跳ね除けることなく、「これ以上人間に危害を加えない」ことを条件にそれを了承した。
魔女の巣窟に招かれた勇者は、魔女はこことは異なる世界からやってきた異形であり、魔女が不死身であることを知った。
魔女は結婚を「番う」と言い、その儀式は、互いの眼球を片方交換するという世にも悍ましい代物だった。
常人なら泣いて拒否するであろう儀式を、しかしもうとっくの昔に常人の道から外れ狂っている勇者は、文句一つ言わずに受け入れた。
儀式の成立に魔女は大層喜んだ。
男は視界の片側が鮮やかな色彩を伴っていることに驚きを示した。
一方の魔女は視界の片側が無彩色の白黒であることに憐れみの涙を零した。
儀式には大切な意味があるのだと、魔女は男に説いた。
儀式を行えば、死すら二人を引き裂くことは叶わなくなるのだと。
儀式を行えば、どんなに短命の者であれ、不死身になるのだと。
男は少年と呼んでも差し支えないほどに若返った手のひらを見ても何も感じなかったが、右の手の甲に浮かぶ剣のような痣は自分のものとは思えないほど不気味であったため、調理場に据えてあった包丁で右手を切り落とした。
右手のなくなった少年を目にした魔女は哀しんだが、少年が初めて笑顔を見せたので、どうでもよくなった。
儀式が成功し、魔女と勇者は番となった。
その晩、世界の全ての生命は終わりを迎えたが、外界から隔絶された空間を永遠に生きる二人には、何ら関係のない出来事であった。
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