魔王降臨(side Richter)
R15です。後半にざまぁがあります。
時は少し戻る。
ドレスアップしたユーナの可愛さに、リヒトールは不安になった。ユーナはこんなに可愛いのだ。ときめく人は大量にいるはずだ。隣に立って夫であるアピールをするのは必要なことではないか。隣に立たなければ、ユーナが纏っているのがリヒトールの色だとわからないではないか。
そう思えば思うほどに、足元から這い寄るような不安に駆られる。こんなことは今までなかった。いや、一度だけあったか。そう、魔力暴走を起こしたあの時である。
リヒトールは自信がない。いくら強くなろうが、地位が高くなろうが、リヒトールは変わらない。ユーナがいないと立っていられないし、手を繋がないと頑張れない。ユーナと離れて魔術学校に通えていたのは、我ながら奇跡でしかない。
あの卒業式の日、リヒトールの力がユーナによって吸われたのは、今思い返しても、やっぱり自分が望んだせいだとリヒトールは思う。ユーナに隣にいて欲しい浅ましい自分の気持ちが、呪いのようにユーナに襲いかかったのだと、そう思うのだ。
でも、手放せない。ユーナは、ユーナだけはどうやっても手放せない。いなくなったら生きていけない。息すらできない。
リヒトールにとってユーナは唯一である。ユーナがいるからリヒトールは存在するし、ユーナより先に死ぬつもりもない。なぜならリヒトールの死後、いなくなったリヒトールからユーナを奪う人物が現れるかもしれないからだ。
(我ながらここまで不安定になるのはおかしい。何故だろう、なんでこんなにユーナから離れるのが怖いのか)
直前まで嫌だ嫌だと駄々を捏ねたが、ユーナに説き伏せられてその手を離したリヒトールは、離れてなおじわじわと身を満たす不安感に焦れた。今日は式典だからと前髪を上げさせられているので、ぎゅっと寄った眉間の皺が目立つだろう。
とにかく早く終わらせよう。ユーナは貴族席の末端で式典を見ると言う。ユーナが身に着ける装身具にはこっそり防衛術を刻んだ。それに加えて新人の四級魔術師が二人、警護についてくれると言う。
「目の前に誰よりも信頼する筆頭魔術師様がいるのに、なにかが起こるわけないよ、リヒト」
あなたがいるから大丈夫だと笑うユーナに、結局折れたのはリヒトールだ。王国だってユーナの重要性は重々承知しているはずなので、彼女の警備は万全であるはずなのだ。
だから安心していいはずなのに、なんだか一向に安心できない。だから、御前演技で見せた光の魔術に混ぜて、ユーナに護衛術を重ね掛けしようとした。
(弾かれた⁉︎)
明らかに邪魔が入った。それを感じたリヒトールはユーナのところに駆け寄ろうとした。だが、あたりを囲んだ一級魔術師たちがそれを許さない。直前までごねていたリヒトールが自分の演技が終わり次第逃亡しないよう彼らは言い含められていたから、なおさら強固な壁としてリヒトールの前に立ちふさがった。
「どけ!」
リヒトールの怒鳴り声は、一級魔術師と二級魔術師の共演を見た観客の興奮した歓声に掻き消された。タイミングが良すぎるそれに、リヒトールはぞわりと総毛立つ。
「どけぇっ‼︎」
風の力を借りてまわりの魔術師たちを退けたリヒトールの目の前で、ユーナの胸に赤い華が咲いた。
「ユーナあああっ‼︎」
隣で彼女を守っていたはずの魔術師が、彼女の胸から短剣を抜くのが見えた。そのまま鮮血をまき散らして倒れるユーナに、リヒトールは目を見開く。
ざわりと自らの魔力が迫り上がるのが感じられた。その瞬間にユーナを始点としてあたりが凍り付き、同時にユーナの胸から噴き出した血液が消えた。
「っ⁉︎」
そう、消えたのだ。リヒトールが魔力を暴走させるよりも早く、まるでなにもなかったかのように、ユーナの傷は消えた。治癒術というより、時を操るような魔術だった。
リヒトールは基本魔術である四大魔法は得意だ。火・水・風・土。それに加えて氷と雷、そして治癒術を操れる。だが、そんなリヒトールですら、時を操るのは無理なのだ。学校では、それを操れた魔術師は二百年前の伝説の魔術師、カイロス・エルティリスただ一人だと学んだ。彼の没後、時魔術はおとぎ話の域として扱われるほど、かけらとして扱える人物は現れていない。
とすると、あれは治癒なのだろうか。だが、治癒では血液は消えたりしない。氷に守られるような位置にいるユーナは傷一つないし、また血痕すら見当たらない。
その混乱が、リヒトールの魔力暴走を抑えたともいえる。でも、なにより彼を押さえたのは、胸元を押さえ、しりもちをついたユーナが、びっくりしたように目を瞬いているせいだ。いつもと変わらぬその表情が、リヒトールの理性を引き起こす。
「なんだ! なぜ凍った!」
右手に小さな短剣を握り締めた魔術師が叫んだ。ユーナの横にいるその男は、四級魔術師のローブを羽織っていた。ユーナの護衛に名乗りを上げた一人である。名前は知らない。リヒトールが興味を持つのはユーナと、強いて言えばユーナに関わる一握りの人間だけだ。
四級魔術師は、凍り付いた下半身を溶かそうと躍起になっていた。短剣を持つ右手も凍り付いているが、彼以外の人間は足元が凍っているだけなので、リヒトールには最愛のユーナを害そうとしたのがこの男だとわかった。事実、反対側にいるもう一人の四級魔術師は、足首までしか凍ってはいない。
「おまえか」
地獄から響くような声が出た。ユーナが慌てたように立ち上がるのが見えたが、リヒトールが地面を蹴るほうが早かった。風魔法の力を借りて、一足飛びでユーナと男の下に移動する。
「ひっ」
「ユーナに手を出したのはおまえか」
指の一本すら触れていないのに、漏れ出る魔力で男が持つ短剣が塵芥と化した。真っ青を通り越して紙のように白く顔色を変えた男は、リヒトールから距離を取ろうとしたのか、後ろへのけぞる。動けなかったのは、腰から下が強固に凍り付いているからだ。
ひょう、と風が巻いた。リヒトールに理性が残っているので、風は男の周りだけを囲む。
「死にたいなら先に言えよ。いくらでも殺してあげるから。ユーナを巻き込むな」
「ちっ、ちが……!」
「なにが違うの、違わないよね?」
「待ってリヒト!」
歯の根も合わないくらいに震える男にうっそりと嗤って見せた時、リヒトールの背後でユーナが叫んだ。ぴたりと表情すら収めて、リヒトールは振り向いた。
「なぁに、ユーナ」
「こっちへ来て」
「はぁい」
先ほどの殺気は夢だったかと思うような笑顔で、リヒトールはユーナに対面した。自分を抱きしめようとするリヒトールの胸元を、ユーナはつかむ。
「あぃた!」
前髪を上げて珍しく露出しているリヒトールの額に、ユーナのデコピンがさく裂した。一般人のユーナの力だ、それほど痛くはないだろう。だが、お仕置きとして必要なことだった。ユーナが絡むと、リヒトールはすぐに暴走する。
「痛いよ、ユーナ」
「よく見て。まずあなたがすることは、無実のまわりの人の氷を溶かすことでしょう」
「溶かすのはいいけど、これ、俺がやったんじゃないよ? 勝手に溶かしていいの?」
ユーナはこの状況を、リヒトールの仕業だと思っていた。過保護に過保護を極めるリヒトールだ。自分を守るためになにをしているかわからない。だから、斬られたと思った傷が瞬時にふさがったのも、それと同時に自分以外が凍り付いたのも、リヒトールの仕業だと思い込んでいたのだが──違ったというのか。
「リヒトじゃないの?」
「うん。うーんと、うん? あれ?」
展開された魔術の痕跡をたどるリヒトールは首を傾げた。ユーナは魔術が使えない。リヒトールの魔力を身体に収めるが、それを使うことはユーナにはできない。なぜなら、それはリヒトールの魔力だからだ。リヒトールとしては使ってくれて構わないのだが、使えないのだから仕方ない。
だがどうだろう。ユーナの中にあるリヒトールの魔力が減っている。そして、魔力は自分のものなのに、違う人物の痕跡がそれに乗っているのだ。他人の魔力を使うことはできないのに、誰かがリヒトールの魔力を使ってユーナを守った。
ユーナの中にいる、誰か。ユーナの胎に宿る、誰か。
「え、え? ほんとに? ユーナ?」
「なに、どうしたのリヒト! なにかあったの?」
焦るリヒトールに、ユーナもまた焦った。ユーナの背後で巻き込まれた立場の新人魔術師が顔を引き攣らせているのだが、その姿はリヒトールの目には入っていなかった。
リヒトールは目の前で不安な表情をする最愛の人を見た。どうしよう、嬉しすぎる。本当に?
でも、間違いないのだ。だって魔力から伝わるそれは夢ではないと、リヒトールに告げている。
「ありがとうユーナ!!」
「はぁ⁉︎」
状況が把握しきれていないユーナは、満面の笑みで抱き着いてくる夫に混乱した。なにがどうしてこうなったのだ。ついさっきまで、ユーナを害そうとしたそこの男に殺気を向けていなかっただろうか。無事でいてくれてありがとうと、そういうことだろうか。
混乱のさなかにいるユーナを大切そうに抱き上げると、リヒトールは視線すら向けずに、凍り付いた犯人以外の氷を溶かした。他にも共犯者がいるかもしれないが、隣に自分がいるのだからユーナが害されるはずもない。
あっけにとられる観衆をよそに、リヒトールは先ほどまで自分の隣に立っていた塔主ターレン・ファムルの元へと足を運んだ。もう式典のことなど忘れ去ったリヒトールだったが、犯人の尋問のことだけは忘れていなかったからだ。一刻も早く塔の部屋でユーナの無事をたしかめつつ、この喜びを分かち合いたかったが、後始末を頼んでいかなければ面倒だとさすがのリヒトールも理解していた。
「先生」
リヒトールは、魔術塔の中でターレンのことだけは尊敬していた。自分を導くのはユーナだったが、この老魔術師もまた、リヒトールに真摯に向き合い、彼を伸ばすのを助けてきた人物だったからだ。入塔直後はこの老人が自分とユーナを引き離そうとした犯人かと思ったが、関係ないと理解した今は敵意は向けていない。
「俺、あいつだけは許さないんですけど、今はユーナが優先なので、閉じ込めといてください」
「リヒトール……」
ため息をつくターレンに、けれどもリヒトールは容赦しなかった。
「先生」
「わかったわかった! だから魔術を展開しようとするな! 危なくてしょうがないわい!」
どうして教えてもいない脅し方も一級品なんだとぼやく師へ、リヒトールはにこっと笑って見せた。ユーナの前以外ではあまり笑わないリヒトールの笑みに、ターレンは面倒ごとを押し付けられたことを悟る。リヒトールはしばらく塔の部屋にこもる気だろうし、また、容赦なく断罪をするための下準備をお願いしたいということだろう。
言葉のない要望を感じ取ったターレンは、めんどくさそうに手を振ってリヒトールを追いやった。この危険人物をここにとどめておくのは望ましくない。王族も、貴族も、民衆も見ているのだ。大騒ぎになるだろうのは目に見えているのに、それに新たな燃料を投下する気はない。
「ありがとう先生」
存外に素直なところを見せると、ユーナを抱えたままリヒトールはすたすたと歩きだした。得意な風魔法を使って重さを変えているのだろうとユーナは思ったが、口には出さなかった。リヒトールは頑固なのだ。ユーナのお願いはたいてい叶えてくれるけれど、彼女の安全や彼から離れることだけは頑として許してはくれない。現に危険にさらされた直後だ。刺激するのは正解ではない。
黙って退場する筆頭魔術師に文句をつける者も、疑問を呈する者もいなかった。それくらいに目の前で起こったことは衝撃的だったし、また見せつけられた実力──実際はリヒトールの魔術ではなかったが、観客からしたら一緒のことだ──におびえていた。
『筆頭様の筆頭様には手を出すな』
そのルールが魔術塔を飛び出し、王国全体に広がった瞬間だった。
◇
「やぁ」
魔術式典が終わってしばらくののち、リヒトールは塔のすぐ隣にある実験施設の地下を訪れていた。
月に一度の交流会が行われる広場に隣接されたその施設は、主に攻撃魔術の研究をする魔術師が使っている建物だ。そこに地下があったなんてリヒトールは今の今まで知らなかったが、罪を犯した魔術師を収容する場所だと聞いて納得した。広場を含めたこの場所には強固な結界が張られているから、閉じ込めておくにはうってつけだったのだろう。
「ひっ」
「やだなぁ、ご挨拶だね。頭を地にこすりつけて謝ってくるかなぁとは思ってたけど、反省してないってことでいいのかな?」
陽の光の届かないそこは、頼りない松明の明かりで照らされていた。揺れる明かりがあったとしても、ひどく暗く、また湿っぽい。饐えた臭いが満ちているため、リヒトールは少しだけ眉を寄せた。
「あ、ああああ、あの」
反省しているとでもいいたいのか、牢の中の男は思ったよりも俊敏な動きで体勢を整えた。地面に手はついているが、その頭は下げられず視線はリヒトールに向けられている。
「ぼ、僕は! あなたのためを」
「あれ、俺はおまえに発言を許したっけ?」
囚人──クオンは、リヒトールの言葉に慌てて地面に額づいた。じわりとリヒトールの重く冷たい魔力が空間を満たし始めたせいもあったろう。ガタガタと震えながら、クオンは口を閉じた。
鉄格子を挟んでいてよかったとでもいうようにクオンが身体を丸めたまま後ずさるのが気に入らず、リヒトールは間を区切るそれに手を触れた。どろりと瞬時に溶けた鉄が地面に伏せた顔にでも跳ねたのか、悲鳴が上がる。
「あ、まずは魔術を使えなくするね。大丈夫、一瞬だから」
「ひぃっ」
「四年ぶりかなぁ」
久しぶりの手順だと笑むリヒトールに、地面を転がるようにクオンが身をよじった。だが伸ばされた手は容赦なくクオンの腕をつかむ。
「ああああああッ!」
リヒトールはクオンの体内で魔力を巡らせている魔力回路に、炎と雷と風の魔術を奔らせた。一呼吸おいて治癒魔術を同じルートで奔らせる。
「これでお前は魔術が使えなくなったよ。わかるでしょう?」
流れる魔力を灼き尽くしながら消し去り、身体に影響がないよう癒す。これを思いついたのは入塔直後だった。ユーナに嫌がらせをする魔術師が魔術を使っていたので、その男に魔術があるからダメなんだろうなと考えて組み合わせた術である。命に影響はないが、気絶するほどの痛みをもたらすし、魔力回路が焼き切れたのでもう二度と魔術は使えない。
「やだなぁ、まだ話は終わってないのに」
あまりの痛みに意識を失ったクオンに、リヒトールは容赦なく氷交じりの冷水をかける。治癒魔術で身体の傷が癒えていたために、さほど時間をおかずにクオンは意識を取り戻した。
「おはよ」
「ぎゃあっ」
悲鳴と共に飛び起きたクオンに、リヒトールは笑って見せた。ユーナに見せる笑顔とは違い、その目は笑っておらず凍り付いたままだ。
「あ、ああああ悪魔、近寄るな……」
「懐かしいなぁ、それ、よく言われた。小さい頃ね、俺のあだ名だったよ」
言われ慣れた呼称に、リヒトールは少しだけ昔を懐かしむ。悪魔の子と呼ばれるたびにユーナは怒った。失礼なことを言うなと。
「失礼なんだって、それ。ユーナが言ってた。知ってた?」
「あああっ」
リヒトールが一歩踏み出すと、クオンは持てる限りの力で石造りの壁際まで後ずさった。背中に壁が当たる振動を感じたのか、薄汚れてしまった顔が絶望に彩られる。
「今日ね、俺は実験をしに来たんだ。もちろん、お前から魔術を取り上げるためでもあるけれど、あの日の確認がしたくて」
リヒトールはその手でクオンを殺すつもりだった。だが、冷静に考えると手を汚すことは好ましくない。リヒトール自身はどうでもいいけれど、家族に汚れた手で触るのはためらわれたからだ。
「俺の推測が本当だったら、生まれる前に色々準備しておかなきゃだしね」
あの日知った嬉しい知らせを思い出し、ようやくリヒトールは温度のある笑みを浮かべた。だが、すぐにその笑みを消すと、なんの感情も乗らない視線をクオンに向ける。
「ぎゃあっ」
クオンがリヒトールの視線におびえるより早く、彼の身体に風魔術が大量の傷を刻んだ。飛び散る鮮血にリヒトールの唇がほころぶ。本当ならもっと痛めつけたいところだけれど、それは自分の仕事ではない。
リヒトールは再度クオンに治癒魔術を掛けた。リヒトールが知りたかったのは、飛び散った血液の行方。あの日、飛び散ったユーナの血液は、傷と共に跡形もなく消え去った。治癒魔術を得意とする同期に訊いても、傷は癒えても体外に出てしまった血液が消えることはないという。
「あぁ、本当だ」
リヒトールは頷いた。たしかに、全身から飛び散った血痕はそのままだ。壁や床に飛び散ったそれは、変わらずリヒトールの瞳と同じ色を見せていた。なお、息の吸い方を忘れたかのようにはくはくと唇を震わせるクオンは、もはやリヒトールの目には入っていない。
「てことは、やっぱりそうなんだろうなぁ。うん、さすがに先生に相談かな」
「納得したか?」
一人ごちるリヒトールの背後から、男の声がかかった。だが、思考に沈んだリヒトールの耳には届いていない。
「聞いていないようだよ」
「まぁ、いつものことだな」
明かりと共に──リヒトールは手燭も魔術の明かりも持たずにやってきた──階段を下りてきたふたつの人影に、息も絶え絶えな状態で地面に転がったクオンは息を呑んだ。
「あ……」
「やぁ、後輩くん。わかりやすいように顔が見える明かりを持ってきてやったぞ」
階段を下りてきたのはクオンの見知った人物だったが、同じ顔がふたつ並ぶとは思っていなかった。指導員だったフェインと、彼とまったく同じ顔をしたもう一人。
「リヒトール」
「考え事してる筆頭様は〝筆頭様〟以外の声じゃ反応しないって」
後者のほうがフェインだと、クオンは理解した。にやにや笑いながら、フェインはリヒトールの肩に手をやると、そのままくるりと階段の方へ身体を向けさせ、そのまま押しやった。無言のままリヒトールは地下を後にした。もはやクオンの存在は彼の頭の片隅にも残っていない。
リヒトールが去った後、フェインはガタガタと震えるクオンの前にしゃがみこんだ。
「なぁ、だから言ったじゃん。筆頭様の筆頭様には手を出すなって」
「あ……」
そう言うとフェインはにっこりと人の好い笑顔を浮かべたが、クオンはもうその笑顔を見下すことはできなかった。先ほど見たリヒトールの笑顔のように、目が笑っていなかったからだ。
「あのさぁ、俺、治癒術師なんだ。でも、まだ遠征とか許されてないから、魔術の研鑽が軽傷程度で止まってんの。なかなかさ、重症のやつに出会えなくて。俺の研究内容、知ってるよな」
「…………!」
「そう、欠損の治癒。でも欠損なんてそうごろごろしてるもんじゃないし、魔術塔まで来てくれる治験者はたいていもう古傷になってるんだよね。なかなか難しくてさ」
再び息も絶え絶えの様子を見せる後輩に、フェインは笑った。
「あ、こいつはね、俺の相方。双子の兄のゼイン。攻撃魔術が専門なんだ。攻撃魔術もさぁ、程度が限られちゃうから研究が行き詰まってたんだよね。でも、リヒトールが同期のよしみでお前を譲ってくれるっていうからさ」
「やりたい放題やっていいと聞いて、部屋を出てきた。正直助かる」
「俺もゼインも新鮮な治験者なんてあきらめてたけど、今回お許しがでたからさ。助かったよクオン。これからよろしくな」
指導員として就任した時と同じ笑顔で、目の前の先輩が挨拶するのを、クオンは絶望しながら見た。
降臨した魔王は誰ですか。
1)ヤンデレ筆頭様
2)サイコパス研究馬鹿
3)一見優しい先輩
4)全員




