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魔術師たちの式典(side Yuna)

「ユーナ、可愛い」


 魔術師の正装である黒のローブに身を包んだリヒトールが、うっとりとした表情で褒めてきた。

 金の縁取りに彩られたローブは、豪華だが落ち着いた雰囲気を持っていて素敵だ。黒髪のリヒトールがそれを纏うと、ユーナの大好きな野いちご色の瞳がことさら目立つ。しかも、普段は目元を隠すかのように下ろされている前髪がきちんと上げられているのだ。普段目立たないが、こう見えてリヒトールの顔立ちは整っている。


「ユーナが可愛すぎて死にそう……ここから出ないでずっと見ていたい……」

「そういうわけにはいかないでしょ。しっかりしてよ筆頭魔術師様」


 正装姿のリヒトールの隣に立つ必要のあるユーナもまた、その日はめかし込んでいた。魔術師であるリヒトールは服装が定められているが、ユーナは違う。それをいいことに、リヒトールはユーナを心の赴くままに飾り立てた。


「あー俺のユーナ可愛い。似合う。最高」

「ねぇ、派手だよこれ」

「ううん、ユーナ可愛い。いつもの格好も可愛いけど、俺の色に染まったユーナはまた別格に可愛い」


 リヒトールの色──それは黒と赤なので、その色のドレスを纏ったユーナは、お世辞にも可愛いという雰囲気ではなかったが、リヒトールにとって「自分の色に染まった最愛のユーナ」であるだけで、それは最高の装いに見えるようだった。

 実際、ドレス姿のユーナを見てからのリヒトールと言うと、「俺のユーナ可愛い」しか言わない謎の生き物と化している。リヒトールは普段から同じようなことを言うが、その回数が段違いに増えたことからも、彼のテンションがおかしくなっているのがわかったユーナだった。


「キスしてもいい?」


 胸元に飾られた装身具──これは防衛のお守りでもある──に触れながら、リヒトールは反対の手でユーナの腰を引き寄せた。慌ててユーナはリヒトールの胸を押して距離をあけた。


「お化粧が落ちちゃうからダメ。せっかくジェシカがやってくれたのに」

「また頼めばいい」

「ジェシカも参列するのよ? 自分の準備もある中でわたしの準備まで手伝ってくれたのに、手間を増やしたりしちゃだめだよ」


 若干強めに断りを入れると、さすがにまずいと理解はしていたのかリヒトールはおとなしく引き下がった。装身具とユーナから手を離したリヒトールは、今度は顔まわりに垂らされたユーナの紅茶色のおくれ毛をいじる。


「残念。ああ、でもすごく可愛い……。あ、今度黒と赤のワンピース作ろう。なんで思いつかなかったんだろう。もっと早く気づけばよかった」

「普段着でその色は派手すぎて嫌だよ……」


 魔術師の正装と同じ黒をメインとしたドレスは、凡庸(ぼんよう)な容姿のユーナをいつもより大人っぽく見せていたので、本音では嫌ではなかった。なにより好きな人の色なので、もとより(いと)うわけがない。

 しかしながらこのドレスは、差し色の赤がとかく目立つのだ。黒のボディスを飾る赤いリボンやフリル。袖やスカートの裾からちらりと見える、下に重ねた赤のなんとも華やかなこと! しかも、それに正装と同じような金の刺繡が加わるのだ。華やかの一言に尽きる。


(この服装で行くのか……)


 ユーナは部屋に据え付けられた姿見に映る自分の姿を見た。これは目立つ。確実に目立つ。

 とにかくリヒトールの持つ野いちご色は鮮やか過ぎて、基本的に黒一色な魔術師の正装の中ではすさまじく目立ってしまうのだ。魔術塔にいる四級までの魔術師は四百人弱なのだが、それだけの人数が集まる中に混じりたくないと、ユーナは心底思った。場違いにもほどがある。なにしろ、ユーナは魔術師ではないので。

 国王陛下をはじめとする王族の方の前に並ぶ、塔の魔術師たち。それを囲むように貴族の方々がいて、遠巻きに自分たちのような平民がそれを眺める。そんな構図を思い描き、ユーナはぞっとした。なにがあっても魔術師集団には混じりたくない。百歩譲って一緒に向かうのはいい。だが式典に参加するのはお断りだ。仕事とはいえ、実務が絡まない今回は、リヒトールがユーナに触れている必要はないのだから。


(ジェシカは、わたしは式典中関係者席で見ることになるって言ってた。だから、多分大丈夫)


 自身から離れる気のないリヒトールに、なにを言っても無駄なことはわかっていたユーナは、どうにか関係者席に残れることを願った。


  ◇


 魔術塔から式典の行われる王城前の広場──式典専用のここは、王族が立つテラスを背後に、魔術師団が簡単な実演を行うところを、貴族席と一般席それぞれから眺められるという特殊な場所だ。

 そこに到着した一行は、現在揉めている最中だった。もちろんそれは、ユーナを離したくないリヒトールと、離れた場所に逃げ込みたいユーナ、そしてできたら筆頭魔術師のみっともない姿を皆から隠したい上層部の皆様による揉め事である。


「ユーナは俺の隣です」

「わたしは魔術師じゃないんだってば。おとなしく関係者席にいます」

「ユーナ様には警備もつけました。確実に何もありませんので大丈夫です。なので、筆頭様だけでこちらへ……」

「絶対嫌。ユーナがいないと俺魔術使えないし」

「リヒト、わがまま言わないの!」


 ユーナがいなくてもリヒトールは魔術が使える。式典で行うのは、国境の結界を張ったり範囲攻撃したりする大規模魔術ではないからだ。王族席であるテラスに結界を張り、光を散らせるだけの、リヒトールにとっては簡単極まりない魔術である。


「あのね、あそこにわたしがいたら、みんなびっくりするから!」

「夫婦が共にいることのなにが悪いんだ!」

「これはお仕事でしょう⁉︎」


 駄々をこねるリヒトールに、ユーナは焦れた。ここで折れるわけにはいかない。絶対にだ。


「いやいや、ほんとにねリヒト、これはお仕事だからね? 普段許されてるのは、人目につかないからでしょう? わたしがいなくてもできる仕事で、かつ王国として大事な式典なのよ?」

「わかんない。ユーナがいないと無理」

「十の子どもじゃないのよ、リヒト。ねぇ、リヒトール・ハイレン! あなたは立派な大人で、この国の筆頭魔術師なの。わたしが隣にいなくても立派にお仕事ができること、わたしは知ってるわよ」

「ユーナが隣にいないなんて、そんなの仮定でもやめてくれ。ユーナがいないと生きていけない……」


 甘えん坊でヘタレな夫の泣き言に、ユーナは困り果てた。普段なら聞き分けるリヒトールが、なぜか今日に限ってゴネたおすのだ。


「ちゃんと見てるわよ」

「やだ! なんで隣じゃダメなの。なにかあったら困る」


 大きな子どもを宥めている気分になっていたユーナに、警備を担当する塔の魔術師たちから救いの手が差し伸べられた。強制とも言う。


「もう式典のために観客が入ります! お願いですから聞き入れてください筆頭様!」

「〝筆頭様〟は私が連れて行きましょう。さぁ、どうぞあちらへ!」


 筆頭魔術師の醜態を隠したい王宮の面々が、業を煮やしてユーナを引き剥がしにきたのである。ありがたい救いの手に、ユーナは乗った。「頑張ったらあとでご褒美あげるから」と、子どもの頃から幾度となく繰り返したセリフに、さすがのリヒトールも折れた。ユーナは今夜の睡眠と引き換えに、一時の平穏を手に入れるはずだった。


 リヒトールからユーナを引き剥がした役人たちだって、まさかあんなことになるとは思いもしなかったのだ。


  ◇


 式典は粛々と進められた。まず、式典のありようが儀典長から告げられる。塔の存在意義、魔術師たちの価値が続いて述べられ、王国を守る存在として各階級の代表魔術師が紹介された。


「筆頭魔術師、リヒトール・ハイレン!」


 名を呼ばれ、リヒトールが前に出る。こんな大勢の前で名を呼ばれるリヒトールを見たのは卒業式以来だな、とユーナは思った。ぼさぼさの頭だったあの日と違い、今日のリヒトールは一部の隙もないほど整えられている。上げられた前髪に隠されていた額は秀でたラインを描き、その下に意志の強そうな野いちご色の双眸が光る。子どもの頃と違って背も伸び、体格もよくなったリヒトールは、金装飾のある漆黒のローブをパリっと着こなし、いかにも筆頭魔術師といった様相をしていた。

 改めて夫のかっこよさを目にしたユーナは、どぎまぎした。直前の情けなさはどこにもない。どこか怜悧な様子を見せるリヒトールは、まっすぐ前を向いて右手を天に掲げた。詠唱もなく、王族が座るテラスの前の空間が揺らめき結界が張られると、どこからともなくどよめきが上がった。

 続けて虹色の光がきらめき、ふいに舞った風が光る花びらを観客たちに届ける。一人一人に届く花びらに、今度はどよめきではなく大きく歓声が上がった。


(あ)


 ユーナのところに届いたのは、光の花びらではなく、故郷で二人で愛でた春の花だった。ご丁寧に光の蝶も添えられている。手のひらで受けると、蝶は花から離れユーナの髪に寄り添う。

 嬉しくなってリヒトールを見ると、真面目な顔をしていたはずの夫がユーナの方を見てふわりと笑うのが見えた。わざわざユーナに届けてくれたらしい。一瞬のことだったが、ユーナの胸は温かくなった。

 ユーナの頬に近づいた蝶は、そのままパチッと肌をはじくようにして消えた。普段なら微塵も衝撃など与えるリヒトールではないのになと、ユーナは不思議に思ったが、それくらい引き離されることが不満だったのだろうと納得することにした。


 ユーナがそう思う頃には、式典は一級魔術師と二級魔術師の合同演技に入っていた。

 壮年から老年にさしかかる年頃の一級魔術師は攻撃魔術が得意なのだろう。彼が詠唱と共に空に炎の鳥を出すと、途端に会場は熱気に包まれた。慣れているのだろう。天空を駆け巡る一羽の鳥は、長く炎の尾を引きながらも、焦げるほどではない熱さを人々に届けた。

 その隣に立つ二級魔術師は中年の女性だった。魔術塔で四年も過ごしているが、ユーナは知り合いが少ない。一級魔術師も二級魔術師も初めて見る顔だ。だが、仲のいいジェシカの尊敬する師であったと気づくと、途端に親近感がわく。

 ジェシカの尊敬する魔術師は、彼女と同じく水魔術を得意としているようだった。水魔法を得意とする魔術師は多いと聞くが、それでもその魔術の腕は素晴らしかった。空をめぐる炎の鳥の熱気を拭い去るように涼を届けるのは、水でできた小さなリスだ。リスたちは広場を駆け巡ると、落ち着いた空気を確認したのかくるりと回転し、合体して今度はうさぎになった。


(かわいい!)


 塔では動物など見かけない。窓から小鳥を見かけるくらいだ。久しぶりに見るその愛らしさに、ユーナは夢中になった。

 水のうさぎはしばらくぴょんぴょんと跳ね回ると、術師の元へ駆け寄って消える。ユーナは残念な心地になった。ああ、もっと見たかったのに。


 嘆息したユーナは、隣にいた警護の魔術師がふいにユーナの方へ身体を向けたことに気づけなかった。

 だから、彼──クオン・タイラーによって胸に短剣が突き立てられた時、ユーナは悲鳴を上げることすらできなかったのだ。

ヤンデレリヒトールは、一応「かっこいい筆頭魔術師」の外面も持っていた模様。

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