新人魔術師クオンの暴走(side Quon)
今回もちょっと短め。
クオンは筆頭魔術師リヒトール・ハイレンに相応しい相手を探すと共に、筆頭様の横に居座る平民悪女を引き摺り下ろす算段を練った。
平民悪女は物理的に排除するとしても、筆頭魔術師であるリヒトールは特に子を設けることを望まれている。遅かれ早かれ彼の伴侶は決めなければいけないだろう。
(四年も妻の座にいたのが身に余る栄誉なのだ。第一、四年いて子を孕まない妻など不要だろう)
貴族的思考のクオンはそんな風に思った。
実際のところ、まだ二人でいちゃつきたいリヒトールの意向で、子どもはもう少し後になってからにしようと避妊をしていたにすぎないのだが、接点のないクオンがそれを知ることはない。もとより後継を作るためにするクオンの結婚観と、好きな人と家族になりたいから結婚したリヒトールの結婚観にズレがあるのだから、致し方ないこととも言える。
(まず譲れないのは魔力の多さ。強い魔術師を産むためには、両親揃って魔力がある方が確率が上がる。次に家格。筆頭様に後ろ盾は必要だ。次いで美しさ。やはり隣に据えるには見目がいいほうがいいだろう)
基本の結婚観がズレているのだから、一緒に暮らす相手として選ぶ基準も、クオンとリヒトールでは違った。だが、自分を正義と信じて疑わないクオンは、そのまま暴走を重ねた。
こう見えてクオンは伯爵家の一員である。家の伝手を使ってリヒトールの相手を探すことにしたクオンは、相手を上級貴族の家の未婚の令嬢に絞って探し出した。
まずはミンメル伯爵家の後継である長男の娘ハイデマリー嬢。十二歳の彼女は家格では少し劣るものの突出した魔力量が魅力だった。見栄えも悪くはないが、クオンの目からも華やかさに欠けるのが少しだけ気に食わない。
次にエンディラ公爵家の末娘のアイナ嬢。彼女はとにかく家格がよく美しい。魔力量もそこまで低くはない。惜しむらくは生母である後妻の出が子爵家と低いことだろうか。元々その後妻が公爵の愛妾だったのもマイナス点だ。実際、妾の子という欠点のために十七歳の彼女は、結婚どころか婚約者すらいない。
そしてサルバドール侯爵家の、同じく末娘であるデライラ嬢。若干十一歳という年齢ながら、すでに淑女として名が知られ始めていた彼女は、クオンの母方の従妹だった。美しい金の巻き毛に、宝石のような青い瞳。人形もかくやといった愛らしい容貌に、高い魔力量。末娘を溺愛する侯爵の意向でまだ婚約者は定められていなかったが、あと十年遅く生まれていたら、昨年お生まれになった王太子殿下の長男の婚約者となっていただろうという存在だ。
(やはり、デライラだな)
彼女はクオンの知る中で一番の淑女であったし、美しさも家格も魔力も申し分ない。筆頭様も彼女に会えば必ず妻問いするに違いなかった。
しかも親戚という間柄から、内々で行った婚約の打診もスムーズだった。まだ十一のデライラはともかく、彼女の母親である叔母は筆頭魔術師との縁を喜んだ。婚約打診の件は、侯爵へは妻である叔母から伝えてくれるという。
(後は悪辣な平民悪女を引き摺り下ろすだけだ。生かしておいてはなにを企むかもわからない。なにせ、筆頭様をだまして妻の座に収まるような悪女だ。万難を排するには消しておくのが一番いい)
クオンはほくそ笑んだ。間違った道を正す自分の正義を、この時のクオンは信じて疑わなかった。
だが、平民悪女ユーナは自らの排除を恐れているのか、おかしなくらい人前に姿を現さなかった。元々筆頭様も部屋から出てこない人なので、それをいいことに悪女もまた、最上階にこもりきりらしい。きっと幼馴染の情を盾に、筆頭様を囲い込んでいるに違いなかった。
(本来ならば、筆頭様は我々魔術師と交流すべきなのに。月に一回の交流会でも手合わせどころかその魔術を見せていただくことすらできないのは、きっとあの女の策略に違いない)
クオンの中のリヒトールの幻影は、誰よりも優秀だが世間知らずな孤高の天才の姿をしていた。幼馴染の悪女に目を付けられ、長年囲い込まれてきた天才。魔術以外に興味を持てない筆頭様は他のまともな女性の存在を知らないまま、押し切られるように図々しい平民悪女を妻にしたのだろう。
現実のリヒトールや彼を知る人たちからしたら驚くような設定だが、自らの妄信に凝り固まったクオンは、むしろ誰にも触れられないよう囲われているのは妻の方だと告げたとしても無駄だっただろう。
また、クオンがリヒトールとは別のベクトルで人づきあいが下手だったことも悪い方向に働いた。指導員であるフェインが男爵家の出身であることや、同期もまた下位貴族の出身であったことで、身近な人間は誰もが家格で人を判断しがちなクオンを止めたりなだめたりする立ち位置にはなれなかった。また同じ見習いである先輩たちも、一年経っても四級にとどまっている無能扱いしてくるクオンを倦厭していたため、誰もプライベートではクオンと話そうとはしなかったのだ。
〝孤高の天才〟である筆頭様のことを一番に理解できるのは、同じ〝孤高の天才〟である自分だけだと、まさか四級魔術師であるクオンが考えているなど、塔の誰も知らなかったのがこの後の事件の引き起こしたのは違いなかった。
◇
部屋から出てこないならば、逆に平民悪女を呼び出して罠に嵌めようと、クオンは悪女の実家であるちんけな町の食堂を襲うためにひそかに人をやった。イオルデ領という辺境にあるその町は、王都からかなり離れていたこともあり、魔術塔の魔術師であるクオン本人が出向くわけにはいかなかったからだ。
クオンは申請すれば外に出れる四級魔術師という資格を悪用し、実家に戻る体で王都の片隅にある闇ギルドを訪ねた。表だけでなく裏でも動く必要のある貴族は、それぞれ闇ギルドへの伝手を持っている。彼らは暗殺をはじめとした後ろ暗いことから、一般的に貴族が使うような情報を集めたり流したりする仕事をしていた。
そこでクオンはお金を積んで悪女の実家を襲うよう依頼した。
だが、頼った闇ギルドに無能ばかりを派遣されたのか、どれもこれも失敗ばかりだった。借金を被せようとしても失敗。関係者を誘拐しようとしても失敗。食事に毒を混ぜようとしても失敗。物理的に破壊しようとしても失敗。
(なぜだ、なぜだなぜだなぜだ! なぜ失敗する!)
冷静ならばここでなにかおかしいと立ち止まるところだが、頭に血の昇っているクオンは止まれなかった。仕事がなければ、自らの手で破壊したいところだったが、さすがに先輩たちの手前、仕事はサボれない。出入りが許されている下位魔術師とはいえ、遠出をするにはそれ相応の理由がいるのだ。
そんな風に悪女ユーナの排斥に手間取っていたクオンだったが、重ねた努力を神が憐れんだのか、はたまた終わりを告げられたのか、ある日願ってもいないチャンスが回ってきた。魔術式典という、五年に一度、王宮へ魔術師たちが呼ばれる日が来たのだ。さすがに研究室にこもりきりな筆頭魔術師も、この日は正装に身を包んで王宮へ向かわざるを得ない。特に、リヒトールは筆頭魔術師に就任後どころか、入塔して初めての式典のため、確実に出向くはずだった。
(あの女は塔に残るだろうか)
雑務を担当する四級魔術師であることが、ここで一見クオンの味方のようなふりをした。式典の参列者リストを手にすることができたのだ。
リストを見ると、一番上に書かれた塔主ターレン・ファムルの名前の次に、筆頭魔術師リヒトール・ハイレンの名があった。ずらっと並んだ魔術師たちの名前の後、関係者の名前としてユーナ・ハイレンの名を確認する。
(神は僕に味方している!)
平民悪女は資格もないのに式典に顔を出し、のんきに優秀な魔術師たちの姿を眺める気らしかった。しかも、警備が必要と但し書きまでされている。
クオンは、いらつきながらもその警備担当として名乗り出ることにした。見習いである四級魔術師は全員は式典に参列はできない。半数くらいは裏方に回されるのだ。
(フェイン先輩は妙に敏感だから、もしかしたら邪魔をしてくるかもしれない)
そう思ったクオンは、彼を通さずお世話になっているティモシー・イグナート翁に頼むことにした。鷹揚なティモシーは、すぐさまクオンの希望を担当者へ告げてくれた。クオンのすぐ上の兄が王宮騎士団に所属しているのも味方して、クオンは王宮の警備と連動が取りやすい人材として、目論見通り当日の警備担当として配置されることとなった。
他の警備担当者たちと当日の打ち合わせをしながら、常にクオンは機嫌がよかった。自分がやっていることは国の大義であり、筆頭魔術師リヒトール・ハイレンの正義なのだ。責められるはずなどないだろう。
幸か不幸か、いつになくおとなしい問題児に疑問を抱いた同僚はいなかった。
順調に進む計画。平民悪女は式典中は筆頭様の側を離れ、クオンの隣にいる。多分当日、狡猾なあの女は防衛術に長けた筆頭様が作るお守りを身に着けるだろう。
クオンは事前に発注されたドレスのデザイン画を盗み見ると、そこに載っている装身具に似せたイミテーションを作らせた。守りの石には魔法陣が刻まれる。リヒトールからすれば、塔内では筆頭魔術師である彼の研究成果が公開されていたのが仇となったと言える。
「待っててくださいね、筆頭様。必ず私が助けて差し上げます」
狂気に瞳を輝かせながら、クオンはうっそりと微笑んだ。
この時点で、誰か──たとえば指導員のフェインあたりがクオンの狂気に気づいていたならば、のちの悲劇は避けられたはずだった。
だが、悲しいかな、彼の暴走を止める人はいなかったのである。
クオン「悪女に騙され囲われている天才は僕が助ける!」
ジェシカ「誰それ絶対知らない奴」
ジェシカ視点のリヒトールは気持ち悪かったけれど、狂信者クオン視点のリヒトールもキラキラしてて完全なる別人です。
見たいものを勝手に見出すクオンの明日は真っ暗ですね。
なお、ユーナの実家はリヒトールによって強固に守られています。塔に入って最初に研究したのが防衛術というリヒトールは、作り出した各種お守りをお世話になったユーナの家族宛に贈っていました。
関係ないけど、エンディラ公爵家のアイナ嬢は、ドアマットヒロインの義妹ポジションぽい。義姉のものを欲しがる系の……。




