筆頭様の筆頭様(side Jessica)
ちょっと短いけれど、リヒトールの同期・ジェシカさんの視点。
ジェシカ・ベリーは塔に入って四年目になる三級魔術師だ。
魔術学校の卒業生は、基本的に上位三人が入塔する権利を得る。ジェシカの代はちょっと風変わりだったので、珍しく四人入塔した年だった。
そんな同期の面々も、二年目の秋にあった三回目の進級試験でのきなみ三級魔術師となっている。──そう、ひとりを除いてだが。
ジェシカが卒業した年の首席魔術師であるリヒトールは、とにかく別格の存在だった。苗字を持たない孤児であることを隠さず入学し、その卓越した魔術の腕や膨大な魔力でつっかかってくる他の生徒たちをいなし、唯一無二の存在になったリヒトールは、本来なら四級しか与えられない卒業時の魔術資格でまさかの三級という等級を獲得し──しかも本来は二級相当だというのだから別格も別格だ──半期に一回行われる進級試験をすべて一発合格して、三年目に入る頃には、すでに最高位の特級魔術師となっていた。
すごすぎて嫉妬心も湧かないとは、同期全員の総意である。もちろん彼らだって無能ではないのだ。むしろジェシカの代は優秀な魔術師が多かった年でもあったのに、それでもリヒトールの実力は頭一つどころか二つ三つ抜けていた。彼が専門とする防衛術の研究は他の追随を許さないし、月に一度の交流会で繰り出される攻撃魔術に勝てる人間は誰もいない。リヒトールが一級魔術師の資格を取った時には、もう殿堂入りさせようと、無理くりトーナメントから外された。この話を聞いた時には、同期一同大笑いしたものだ。トーナメント戦を免除されている年配魔術師に混じって、若干十八歳の青年がぽつんと座っている姿は、思い返しても面白い。
そして面白いといえば、彼と彼の妻の存在だろう。四年前、入塔と同時にリヒトールは結婚した。幼馴染だった彼の妻は、魔術学校での卒業式の事故で彼とは切って離せない存在となり(リヒトールに言わせれば、あの事故がなくても切って離せる存在ではないが)、彼を魔術塔に入れるために一緒に連れてこられた存在である。
卒業式のあの事故の現場にいた身としては、彼女がいないとリヒトールは色々とヤバいと思っている。幾分誇張を含む話にはなるが、最悪あの魔術師から妻を引き剥がすと世界は滅びるかもしれないとさえ思った。
多分それは他の人も同様だったのだろう。妻との同居(魔術師同士の夫婦はいるが、彼らは研究のため別々の部屋で暮らしている)や、下積みの免除、他者との接点の選定など、リヒトール夫妻に関しては特例が当たり前となっているくらいだ。とにかくリヒトールの逆鱗に触れず、塔に閉じ込めておこうという思惑が透けて見える。
だが、そんな危険な存在のリヒトールも、妻のユーナにかかると単なる男になるし、場合によっては大きな犬か子どものような存在に成り下がる。リヒトール、というより妻であるユーナと外界を繋ぐ窓口となったジェシカは、学校ではけして見せなかったリヒトールの人間臭い──というよりも、もはやあれはもうダメ人間の部類か──姿に、しばしば笑いを堪える羽目になっている。
ユーナを絶賛したり、ジェシカに嫉妬したり、泣いたり騒いだり。どこまでも冷淡で、感情などないのではないのかと思われていた偏屈魔術師の思わぬ姿は、同期たちに話してもしばらく信じてもらえなかったほどだ。
そんなリヒトールが特級魔術師になると、筆頭魔術師の地位は塔主ターレンからリヒトールに移った。もとより入塔の時点で魔力量はターレンよりリヒトールの方が多かった。ターレン自身も後継として育てる気なのか、特例として指導員になったほどだ。
だが、筆頭魔術師となった今でも、偏屈が形を取ったような黒髪の魔術師は判断の基準がおかしい。他者への興味は皆無だし、やりたくないことは最低限しかやらない。常に引きこもって研究に励んでいる彼の世界には妻しかいない。妻かそれ以外か、ではない。妻だけなのだ。
その恐ろしいくらいの執着がもはや怖い。ジェシカをはじめとした塔にいる独身女性たちには、さすがにアレはヒくと評判が悪く、憧れとは遠い存在となっている。筆頭魔術師だろうがなんだろうが、プライベートでは関わり合いになりたくない。睨まれたら消されそうだ。
とはいえ、ヤンデレ魔術師リヒトールの妻、ユーナ・ハイレンは明るく穏やかで優しい少女だった。独占欲の激しいリヒトールの執着を受けても嫌な顔ひとつせず、外界のつなぎであるジェシカとの仲は良好だ。ジェシカもリヒトールとはあまり付き合いたくないが、ユーナとはこれからも友達でいたい。
仲良くお茶をしてる背後でじとっとした視線を向けるのはいただけないが、あまりに度が過ぎるとユーナからの指導が入るので、最近はそのやりこめられる様を見るのがちょっと楽しくなってきたところである。
だから、食材や研究に使う素材類は、見習いを外れた今もジェシカが持って行っている。自分の研究も大切だけれど、その研究の息抜きとしても手放せないくらいに面白い光景が見れるのだ。この間など、研究に集中しすぎてジェシカがやってきたこともユーナと立ち話をしていることも気づいていなかったのに、ユーナに「リヒト」と名を呼ばれた瞬間、満面の笑みでこちらを見たのだ。そして佳境だったらしい手元の実験は小さな爆発と共に失敗したため、ユーナがことさら慌てていたのが面白かった。
さて、そんなユーナを〝筆頭様の筆頭様〟と呼びだしたのは、ジェシカの同期である双子の魔術師たちだ。塔が誇る筆頭魔術師の、一番大切な掌中の珠。唯一の間違いじゃないかとも思うが、筆頭様の名前に掛けるのがいいんだよというのは、発案者の言である。
この呼び名は、あっという間に塔の中に浸透した。ユーナを大切に扱っていれば、リヒトールはおとなしい。だが、ちょっかいをかけたり害を及ぼしたりしたら、多分卒業式の再来が待っている。
実際入塔直後にあったのだ。新人のくせに自分の上になったリヒトールや、魔術師でないユーナをやっかんで嫌がらせをしようとした先輩魔術師は、こてんぱんにリヒトールにやられ、見習いのまま塔から消えていった。トーナメントを口実に、リヒトールによって魔術師としてもうつかえない状態にされてしまったその先輩は、泣きながらまわりに告げていた。あの夫婦には決して手を出してはいけない。出したら自分のようになる、と。
魔術塔の『筆頭様の筆頭様には手を出すな』という教訓は、一年目のそのエピソードと、翌年にできた〝筆頭様の筆頭様〟という呼称が重なってできたものだ。ユーナにさえ手を出さなければリヒトールはおとなしいから、それは事実と言えよう。
だから、三年目からは新人教育のひとつとして指導員が後輩に伝えることになったのを聞いた時、ジェシカをはじめとした塔の魔術師の面々は、一様に納得したのである。
あの頭のおかしい魔術師に触ってはいけない。本人ならまだ見逃してもらえることもあるが、ユーナに関することはなにひとつとして許されない。
「魔術師の方ってみんな忙しいのよね。それなのにいつもごめんね、ジェシカ」
「あたしはユーナとおしゃべりすることが息抜きだからいいんだよ~。役得役得」
「ジェシカ優しい……好き……!」
他の魔術師と遭遇しないのはみんな多忙だからだと思っているユーナを、今日もジェシカは愛でる。
もちろん研究室に詰めている研究馬鹿もいないわけではないが(ジェシカの同期の一人がそうだ)、魔術師といえみんな人間だ。娯楽が欲しくて談話室や遊戯室で遊んでいる人たちだってたくさんいる。それなのに他の魔術師との接触をシャットアウトしている理由を、しれっとした顔で「みんな忙しいから」にしたリヒトールのことはちょっとどうかと思うけれど、今日もそれについては触れず、ジェシカは会話を楽しんだ。
ユーナの背後でものすごく悔しそうな顔をする同期を見ながら。
十七歳の春に入塔したリヒトールは、その秋には二級魔術師に、翌年度の春に一級魔術師、秋には特級魔術師になっています。一級になってトーナメントから外されたときは、まだ十八になって数か月ってところなので、おじいちゃんおばあちゃんに紛れている姿はジェシカたちにとってめちゃくちゃ面白かった模様。
それにしてもジェシカ視点のリヒトールは本当に気持ち悪いですね。
拘束がすぎるのはいただけませんが、ユーナから離されるトラウマがまだ解消されきってないので、当のユーナは仕方がないことと受け入れているようです。
ちなみにリヒトールたちの代が四年目の春にクオンの代が入塔しています。
大体三年目から四年目くらいには見習いである四級を卒業して三級に上がるのが魔術師のセオリーですが、三級から二級にあがるのはなかなか難しい模様です。二年目の終わりに全員が見習いから抜けたリヒトールの代はみんな優秀だったので、上位三人ではなく四人の入塔が認められていました。




