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リヒトールとユーナ(side Yuna)

 ユーナ・ハイレンはなんの取り柄もない町娘だった。孤児院の近くの食堂で生まれ育ったユーナは、売れ残り──という名目が使えるよう、店主である父はわざと多く作っていたのだが──の食事を孤児院に差し入れていた縁で、幼いリヒトールと出会った。


 幼い頃のリヒトールは、誰にも懐かず、ろくに会話もできないような子どもだった。ボサボサの黒髪で目元を隠し、いつも俯いてぼうっとしてるだけの子ども。ひょろひょろとした体躯と言い返さない性格から、リヒトールは孤児院の子からも町の子からもいじめられていた。なぜ抵抗しないのかと尋ねても、無言で俯いてしまうような気弱なリヒトールに構うのは、弟妹が欲しかったユーナだけだった。


 そばにいるうちに仲良くなったリヒトールは、光や風の魔術を見せてくれた。誰にも教わらずとも魔術を操るリヒトールの存在は稀有なものだったが、幼いユーナとリヒトールには関係なかった。春の花に光の蝶を止まらせ、水魔法で行う夏野菜の水やりは美しい虹を生み、秋に収穫したお芋は風魔法で集めた木の葉で焼き、寒い冬は火魔法で空気を温めてくれる。

 きれいな力を操るのは、リヒトール自身がきれいだからだと、ユーナは思った。


「この光、リヒトみたいだね。キラキラしてて、とってもすてき。リヒトがきれいだから、きっとリヒトの力もきれいなんだね」

「水汲みって大変なのに、こんなにささっとお水を出すなんてリヒト天才!」

「落ち葉もスッキリしておいしいお芋も食べれるなんて最高!」

「あったかいね。リヒトの側が一番あったかい」


 それらを伝えた時、表情の乏しいリヒトールが笑顔になってくれたのは、ユーナが誇る思い出の一つだ。


 大好きなリヒト。春も夏も秋も冬も、ユーナはリヒトールと一緒にいた。リヒトールの隣はあったかくて楽しくて安心できたし、ユーナがいないときにリヒトールをいじめる人がいないか心配だったから、常にユーナはリヒトールの側にいた。父親は苦笑していたけれど、孤児のリヒトールと一緒にいてもなにも言わなかった。聞くと、祖母がリヒトールのいる孤児院の出身だったようだ。


 ユーナとリヒトールが十になった頃、町の人にリヒトールの力がバレた。魔力を持つ子は珍しいと、リヒトールは領主様の後ろ盾を得て、ひとり魔術学校へ進んだ。

 ユーナと離れたくないリヒトールは、はじめ泣いて抵抗した。それはもう、ぎゃんぎゃんわんわんと、まるで世界が終わるかのように大泣きした。

 泣き喚くリヒトールを、将来のためだとユーナが諭した途端、妙に真剣な声音で「その将来にユーナはいてくれるのか」と尋ねるものだから、ユーナは思わず頷いてしまった。リヒトールを宥めるためでもあったけれど、ユーナにとっても二人でいる時間は心地よかったので、まぁそういう未来もいいかなと思ったのだ。ユーナ自身もまだ未来のことを現実として考えられるほど成長していなかったせいもある。


 けれど、未来の約束を手にしたリヒトールは、そこから一気に変わっていった。


 手紙のやり取りの約束を取り付け、長期休暇には必ず帰ってくると言い残して王都へ旅立ったリヒトールは、自らの力を研鑽し、その才能を花開かせた。故郷で食堂を手伝いながらのんびりすごしていたユーナとは違い、リヒトールはどんどん手の届かないところへ行っていたのだ。


 届けられた手紙を読むたび、またリヒトールが帰省するたびに、ユーナは開いていく距離を肌で感じていた。リヒトールはすごい。才能もあるけれど、リヒトールが真面目に努力したから伸びたのだと、ユーナは知っている。

 だからこそ思うのだ。辺境の町娘にしか過ぎない自分に、魔術師として歩き出したリヒトールは釣り合わない。リヒトールが歯を食いしばって頑張っているのがわかるからこそ、もしリヒトールが望むなら──なぜなら、彼のまわりには優秀な女性たちがたくさんいるだろうし、平凡な自分と違って有能な彼の前途は輝きに満ち溢れているのだ──自分は笑顔で彼を送り出そうと、時間をかけて覚悟を決めていた。主席で表彰されるからという理由で、魔術学校の卒業式への臨席を再三拝み倒されなければ、多分王都へ会いに行くこともしなかったと思う。


「ユーナ! ユーナユーナユーナ!」


 後見人となっている領主ジェラルド・イオルデには目もくれず、久しぶりに会ったリヒトールは、ユーナの名前を連呼して一目散に飛びついてきた。


「会いたかったよ、ユーナ! あのね、卒業後はイオルデ領の魔術師になろうと思うんだ! 落ち着いたら聞いてほしいことがあるから待っててね!」


 誰がどう見ても心変わりなどしてなさそうなリヒトールの様子に、ユーナは脱力する。そうだ、ユーナがリヒトールのことを大好きなように、リヒトールだってユーナのことが大好きなのだ。なぜ、自分はそれも忘れておびえていたのだろう。他の人の目には、自分たちは釣り合わないかもしれない。でも、リヒトールは他の誰でもない、ユーナを求めていてくれるのだ。リヒトールを幸せにしたいユーナが逃げる理由なんてない。ないったらないのだ。


「がんばったね、リヒト」

「うん! 首席取れたんだよ! ちゃんと四級魔術師の資格はもらえるはずだから、約束通り雇ってもらえますよね?」


 最後はジェラルドに向けた言葉だったが、リヒトールが将来に向けて準備をしていたことがユーナは嬉しかった。未来に向けて歩こうとしているリヒトールはかっこいい。

 これから起きることも知らず、その時のユーナはのんきにそんなことを思っていた。


  ◇


 卒業式典での資格授与は、首席の生徒から行われる。事前に首席として呼ばれると通告されていたリヒトールは、壇上に一番近い真ん中の席に座っていた。ユーナがいるのは家族席──気恥ずかしいが、後見人のジェラルドと共に、ユーナは家族枠で参列している──なので、卒業生である十五人の生徒たちの後ろでその姿を見ている。

 グレーの制服姿のリヒトールは、式典だというのにその黒髪を整えることもしなかったのか、その髪はユーナの記憶と変わらず四方八方に跳ねさせていた。直毛のユーナと違い、リヒトールはくせ毛なのだ。


 誇らしい気持ちの中にちょっと愉快な気持ちを混ぜながら、ユーナはリヒトールの名前が呼ばれるのを今か今かと待っていた。名前と得た資格、そして配属先を告げられると聞いている。

 孤児のリヒトールには苗字はない。便宜的に領主様の苗字を名乗るのかと思っていたが、入学にあたってリヒトールはそれを断ったという。平民のさらに下に位置付けられる孤児という等身大の自分のまま、王都の魔術学校というエリートたちに真っ向勝負を挑んだリヒトールはかっこいいとユーナは思った。領主様の苗字がダメなら自分の苗字を名乗ればいいと言った時、それは後にとっておくと答えられた思い出まで引っ張り出して、ちょっと心臓がうるさくなったのは内緒だ。


(入学を決めた十歳のあの日、もうすでにリヒトはわたしとの将来をしっかり考えていてくれたんだなぁ)


 たしかに一生側にいてほしいとは言われたけれど、その時のユーナはそこまで深く考えていなかった。側にいることは当たり前だったから、それが変わらないだけだとすら思っていたのに。


(あの時から、リヒトは結婚して家族になることを考えていてくれたんだな)


 リヒトールの気持ちを真正面から受け取るのが筋だと思った。釣り合いを考えると逃げたくなるけれど、他でもないリヒトールが望んでくれているのだから、ユーナが受けないはずがない。側にいるといった約束をたがえることなくリヒトールを幸せにするのが自分の役目だと、ユーナは改めて誓った。


「リヒトール。三級魔術師。──本来ならば二級魔術師相当のため、リヒトールへは魔術塔への配属と、塔への永久所属を命じる」


 ざわり、と空気が動いたのをユーナは肌で感じた。リヒトールの魔力だった。

 壇上に上がったリヒトールが、呆然とした顔でユーナの方を振り返るのを目にした途端、ユーナは立ち上がった。

 理由なんてなかった。自分でもなぜそんな選択をしたのかなんてわからなかった。

 リヒトールを守るのは自分でありたい。ユーナの根底にあるその気持ちが、身体を動かしたのかもしれない。


「いやだ……うそだ……やだ、いやだああああああああ!」


 リヒトールの絶叫と共に、経験したことのない暴風があたりを襲った。壇上の教員たちがどうにかしようと足を踏み出したのが見えたが、瞬時に壁や床へ吹き飛ばされる。バチバチと風の向こうで稲妻が閃く。

 そんな状況の中で、ユーナだけは無事だった。風はユーナを傷つけない。


(そうだよね、リヒトの力だもの)


 リヒトールが自分を傷つけるはずがないと、ユーナは知っている。ずっとずっと一緒にいたのだ。

 だから、ユーナは走った。風圧に吹き飛ばされていく様々なものも、ユーナの行く手を遮らない。一直線にリヒトールまでの道は拓かれている。まるで、ユーナを待つかのように。


「リヒト!」


 ユーナは一目散にリヒトールのところまで駆け上がった。ガラス玉のように感情のない、きれいな野いちご色の瞳がユーナを映す。少しの距離も惜しいと必死で手を伸ばすと、そろりとリヒトールの腕も伸ばされた。


「ユーナ」


 リヒトールの指先がユーナの手に触れた。ユーナは強く一歩を踏み出し、大きくなったその手をつかむ。

 離さない。リヒトールが望むのは穏やかな日常だ。こんな風に自分の意志でなく人を傷つけ、ユーナから離れる道をリヒトールは選ばない。選ばせない。

 手のひら同士が触れ合った瞬間、あたりを攻撃するようにめぐっていた風はユーナへ向かった。けれど、髪の毛一本すら傷つけることなく、風はユーナの身体の中へ吸い込まれる。


(え、なに? どういうこと?)


 わからないことは考えても無駄だ。ユーナはすぐに思考を切り替えると、なにより大切な相手へ意識を向ける。野いちご色の瞳が、濃いまつ毛に隠され閉じられたのが見えた。そのまま、リヒトールの身体が沈むように倒れるのを、間一髪でユーナはあいているほうの腕で抱き留めた。と言っても、力の弱いユーナは一緒に潰れることしかできなかったが。


  ◇


 リヒトールの魔力暴走は、ユーナの存在によって防がれた。あのままだと王都の一部が学校ごと消えていたと聞いたとき、ユーナはぞっとした。それほど強い力をリヒトールは持っていたというのに。

 リヒトールの解放した膨大な魔力は、あの風と共にユーナの中へ納まった。魔術が使えなくなったわけではないけれど、たくさんの魔力を必要とする強い魔術を使う際、リヒトールはユーナと手を繋いでなければ発動できなくなった。リヒトールは喜んだけれど、まわりの人たちは渋い顔だった。将来有望な魔術師にいらぬ(かせ)がついたと、国の役人や魔術塔の魔術師たちの顔には書いてあった。


 あの日、リヒトールが魔術師の試験に合格して、そのまま魔術塔に招聘(しょうへい)されることが決まったあの日。その場にユーナがいたのは正解かどうだったのかは、今でもユーナにはわからない。被害から言ったら正解なのだけれど、結果としてリヒトールの大事な魔力を奪ってしまったユーナを、リヒトールも国も手放せなくなってしまったのはいただけない。

 誰のためにもならない結末を、それでもリヒトール本人が喜んでくれたからこそ、ユーナは耐えられた。ユーナの大好きな野いちごみたいな赤い瞳を輝かせて、一生一緒にいて欲しいとリヒトールが頼むから、ユーナは自分の存在を許すことができたのだ。

 リヒトールをすべて受け入れ、彼の隣で、すぐに揺れがちなその心を守るのが自分の仕事だと、その日ユーナはかたく思い定めた。


 塔に入るにあたって、ユーナとリヒトールは結婚して家族になった。

 本来なら魔術師でないユーナに魔術塔に入る資格はないのだが、事情が事情な上、リヒトールの膨大な魔力をその身に宿したこともあってか、塔の扉はユーナにも開かれた。


 塔の二階に用意されたリヒトールの部屋は、すぐさま新婚夫婦の家になった。リヒトールを甘やかすのがユーナの日常だったのもいけなかったと思うが、リヒトールの力に怯えたまわりの人間もまた、リヒトールの安定のためにユーナの身柄を欲しがったのが一番の理由だと思う。本来なら魔術師でない妻は別宅に住むんですけどね、と、部屋を案内してくれた魔術師が告げる嫌味は甘んじて受けた。魔術師同士の結婚でも、同じ部屋では住まないらしい。

 そして入塔と同時に新婚生活が始まったものだから、リヒトールは側にいなかった六年間を埋めるようにユーナを求めた。さみしがりのリヒトールは常にユーナが視界にいないと嫌がったが、リヒトールの子を望む国や塔の意向もあり、ユーナはほぼ部屋に軟禁される生活を送っている。


 リヒトールが研究するとき、ユーナはその生活を支えつつ、誰でもできるような補助──たとえばリヒトールの発言をメモする──はユーナが行う。基本が人嫌いのリヒトールは、集中しているときに他の人間が側にいることを嫌ったからだ。魔力的な補助はリヒトール自身が必要としない力量を持っていたからどうにかなった。

 素材をそろえたり、言われたものを手渡すことしかできないことが歯がゆかったが、一度引き離されそうになった──リヒトールが言うには入学時を含めて二度だが──リヒトールは、ユーナが他の人間、特に男性と触れ合うのを嫌がって階下にものを取りに行ったりすることは禁じられていたため、その手伝いも多くはない。

 不便だけれど仕方がないとユーナは思ったが、他から見ても不便だったのだろう。しばらくすると、塔主の指示で表向きはリヒトール専用、その実態はユーナ専用のつなぎ役として一人の女魔術師が派遣された。


「はじめまして! あたしの名はジェシカ・ベリー。今年入塔した四級魔術師です。リヒトールとは同期になるけど、むこうはあたしのことは知らないだろうし、あたしも興味ないから気にしなくていいよ! あたしはリヒトールとは直接やりとりはしません。あたしがやり取りするのは、奥様、あなたになります」


 はじけるような笑顔で、赤毛の魔術師は言った。ジェシカを選んだのは塔主ターレンだったが、性格のいい女魔術師を()()()として準備してほしいと要望したのはリヒトールだという。


「リヒトールはさぁ、故郷に友達が多かった奥様を心配して、友達になれそうな女魔術師に心当たりはないかってターレン様に打診したんだって。あたしもあの偏屈リヒトールが唯一大事にする人が気になったから立候補したんだ」


 塔主が選んだだけあって、ジェシカとユーナの相性はよかった。同い年ということもあり、すぐに名前呼びとなり、時間が空いた時にはお茶をする仲になった。

 本来卒業直後の魔術師は、三級以上の魔術師の雑務を手伝いつつまずは勉強するのだと、ジェシカは言う。リヒトールはそこをすっ飛ばしたけれど、これはまずありえない進級らしい。それほどリヒトールは実力もあり期待もされているのだと。


「やっかむ人もいるかもだけどね、あたしは当然だと思うよ。リヒトールは次元が違いすぎるから、すぐ研究に入ったほうが安全だと思う」

「安全」

「うん。ほら、ユーナもいたあの卒業式。あれを思うとリヒトールは研究室に閉じ込めておいたほうがいいって方々から言われたみたいで。触るな危険みたいな?」


 爆弾じゃないんだからとユーナは思ったが、その言葉は飲み込んだ。リヒトール単体ではもうあの日のような暴発は起こらないと思うが、よそから見たら警戒されても仕方がない存在だとは思う。それこそ、抑え役としてユーナを一緒に塔に入れるほどには、リヒトールは危険な存在だ。


 ユーナのことを面白くないと思う人は多いと思う。リヒトールの手前、そばにいることを許されているだけだと、ユーナは肝に銘じている。

 だが、リヒトールの心を守れるのは自分だけだと、同じくらいユーナは信じていた。ああ見えて、リヒトールは繊細で泣き虫だ。ユーナがいなくても大丈夫だと何度言い聞かせても、ユーナがいない世界なら自分は生きていけないと大泣きするくらいのヘタレである。刷り込みも多いと思うけれど、他でもないリヒトールが望んでくれるなら、ユーナはユーナの持てるすべてを投げ打ってでもリヒトールのそばにいて支え続ける覚悟をしている。


 なぜなら、リヒトールはユーナの初恋の相手であり、守るべき相手であり、かけがえのない家族だから。

どうやってもうちの子たちは女の子の方がメンタル強いことが多いですね。ヘタレリヒトールより、自信がなくてもユーナの方がヒーロー。

そして短編にはいない新キャラ登場しました。軟禁ユーナちゃんのフォロー役です。あんまり仲良くしてるとリヒトールが血の涙を流して悔しがるやつ。

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