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リヒトールという魔術師(side Richter)

 リヒトール・ハイレンは魔術師である。


 たまたま魔術に適性があり、たまたま魔力量も多く、たまたま魔術のセンスがあっただけの男だと、リヒトールは思っている。

 赤子の時に捨てられたリヒトールは、孤児として生きてきた。魔術の適性があったとは、生みの親は知らなかっただろう。血のように赤い双眸が原因だろうと育った孤児院で言われたが、リヒトール自身も鏡を見るたびにそう思う。鮮血を(こご)らせたような瞳は、自分で見ても不気味でしかないのだ。他者から見たらさらにだろう。〝悪魔の子〟というのは、リヒトールの幼い頃のあだ名だ。それくらい気持ちの悪い存在だったのだろう。


 リヒトールが魔術に目覚めたのがいつなのかは、リヒトール自身でも覚えていない。物心ついた頃には光る玉を出したり風を起こしたりできていたが、基本一人ぼっちのリヒトールがそれを人に見せることはなかったからだ。誰かに側にいてほしい。そう思った時に現れた光の玉。ふわふわと温かいそれは、さみしさに凍えた幼いリヒトールを温めてくれた。


 そんな一人ぼっちのリヒトールがユーナに出会ったのは、忘れもしない五つの年だ。よく食事を分け与えてくれる近場の食堂の親父が連れてきた幼い娘。しばしば顔を合わせる彼女が、ある日話しかけてきたのがきっかけだった。


「ねぇ、あなたのおめめ、きれいね。()()()()みたい」


 リヒトールはびっくりした。大人からは気持ち悪いと眉を顰められ、子どもたちからは表でも裏でも馬鹿にされ迫害されてきた赤い瞳。それを褒めてくれたのはユーナがはじめてだったからだ。


「わたしユーナ。あのね、わたし()()()()が大すきなの。あなたのおなまえはなぁに? おともだちになってほしいな」


 紅茶色の瞳を輝かせて、幼いユーナは笑った。我ながら単純だと思うけれど、その日その時、リヒトールは恋に落ちたのだと思う。「この人が好きだ」と感じたのは、人生で初めてのことだった。


 リヒトールとユーナは同じ年の生まれだったが、年の頭の雪の日に捨てられていたリヒトールと、あたたかな秋の日に生まれたユーナでは、リヒトールの方が少しだけ年上だ。だが、お姉さんぶりたいユーナは、ことあるごとにリヒトールの世話を焼き、あたかも姉のようにふるまっていた。

 家族のようで家族でない。友達だけれどどんな人間より近い関係。一人ぼっちのリヒトールにとって、ユーナは唯一で、一番の存在だった。春も夏も秋も冬も、リヒトールはユーナと一緒にいた。春の花を愛で、夏野菜の収穫で笑い、秋の実りでお祝いをし、寒い冬には寄り添う。そうやって、五歳から十歳の五年間を過ごしてきた。


 そんな日々が壊れたのは、十歳の秋のはじめだった。ユーナの父親が持ち寄ってくれたシチューの入った鍋を倒し、やけどを負ったのだ。ユーナの悲鳴で駆け寄ったリヒトールは、大丈夫だと真っ赤に腫れた腕をかばうユーナの父に治癒術をかけた。自身とユーナにしか使ったことのない魔術であったが、他でもないユーナの父親のことだ。食を助けてもらった恩もあることだしと、リヒトールは深く考えずにそのやけどを癒した。驚く父親に、ユーナがどれだけリヒトールがすごいのかを自慢するのを、隣でリヒトールは少々くすぐったい心地で聞いていた。


 そうして、リヒトールが治癒術を使えることはすぐ町の大人に知られることになった。続けて治癒術以外も使えることがバレると、リヒトールの処遇は孤児院ではなく住んでいた町の案件となった。

 半信半疑な町長に連れられて教会で魔力量を測ったところ、見事に計測の魔道具の針が振りきれた。計測不能の四文字に驚いた町長と司祭は、慌てて領主に連絡をし、リヒトールの保護者は孤児院長から町長、そして町長から領主ジェラルド・イオルデへと移った。


 幸い、リヒトールが住む町を収める領主(ジェラルド)は善良な人間だった。魔力の強いリヒトールを誉として王都の魔術学校へ入学させることを決められたのは不服だったが、「リヒト、魔術師になるの? すごい! かっこいい!」とユーナが純粋な瞳で見た瞬間、リヒトールの進路は決まった。ジェラルドは好きな子にいいところを見せたいリヒトールをうまく扱ったとも言える。


 と言っても、ユーナと離れたくないリヒトールははじめ泣いて抵抗した。それはもう号泣だ。身も蓋もないほど離れたくないと泣くリヒトールに、ユーナは上記のセリフを言い放ったのだ。

 だから、リヒトールは訊いた。ユーナの隣を予約できないならば行きたくないという確固たる意志の下、真剣に尋ねた。


「俺が魔術師になったら、一生隣にユーナはいてくれる?」

「いいよ! だから頑張ってね、リヒト。負けないでね、応援してるからね!」


 そうして次の春、リヒトはずっと一緒にいたユーナの側を離れ、単身魔術学校へ入った。もちろん、泣きながらだけれど。


  ◇


 不承不承入ったものの、思いのほか学校で学ぶ魔術は楽しかった。なぜなら、最愛のユーナが喜んでくれたから。距離は離れたが、ユーナとは手紙をやりとりしている。お金がかかるので季節に一度だけだったが、それでも毎回リヒトールの功績を褒めたたえる言葉のつづられたユーナの手紙は、リヒトールの(かて)となった。

 自分が得意とすることで大好きな女の子が喜んでくれて、その子と生きていく道を支えてくれると思ったから、リヒトールは頑張った。魔術学校は入学時の年齢は問わないが、きちんと六年間学問を修める必要がある。だが、卒業時にもらえる魔術師の資格があれば一生困らないのだ。

 食堂を継ぐユーナを支えるために料理人になろうと思っていたが、どうにも料理の才能がないリヒトールには、魔術師になってお金を稼いでユーナを支える道を選んだ。

 ユーナがいれば満足なリヒトールは、ユーナとの将来を夢想して頑張った。頑張りすぎてしまった。


 だから、筆頭魔術師と呼ばれて、魔術塔に閉じ込められたことは、リヒトールにとって人生最悪の出来事だった。


 リヒトールの魔力量は尋常ではなかった。魔術学校を卒業するころには、リヒトールの魔力量は当時筆頭魔術師であった塔主であるターレン・ファムルの総魔力量をはるかに超す数値をたたき出した。

 魔術師の資格は簡単に取れたが、本来なら四級から始まるはずのそれは、第三級という高さであった。初手から第三級の資格──しかも本来なら二級相当だったものを、例がないという理由から三級にされた資格だ──を持つリヒトールは、魔術塔から逃げることは許されなかった。


 首席で卒業するリヒトールを祝うために、その日はユーナと彼女の付き添い兼リヒトールの保護者として領主ジェラルド・イオルデ子爵が辺境の町から駆けつけていた。ちょっとしたおめかしをしたユーナを壇上から見つけたリヒトールは、その時点ではとても幸せだった。可愛いユーナが自分を祝ってくれていて、卒業して魔術師となったらユーナから離れることなく一生一緒にいられるのだ。校長から名前を呼ばれながらも、リヒトールは「すぐにでもユーナと結婚したいなぁ」なんてのんきなことを、ふわふわと浮かれた頭で考えていたのだ。

 そう、魔術師資格の授与と共に、魔術塔への永久就職が発表されるまでは。


 魔術塔に入った魔術師のうち、第二級以上の資格者は、基本的に国に仕えるために塔から離れて生きることは許されない。結婚して家族を持つことは推奨されているが──魔術師の子は魔力を持つ確率が高いので──魔術師本人は塔を拠点としなければいけないため、家族とは別居して過ごすのだ。

 家族が欲しいリヒトールにとっては、唯一と定めたユーナと離れたくないリヒトールにとっては、それはとても耐えられないことだった。


 リヒトールは初めてそこでやりすぎたと悟り、誰よりも大切なユーナから引き剥がされるとわかって──魔力を暴発させた。


 過去に例を見ないほどの魔力が暴発したのだ。暴走を抑えようとする教師たちがなすすべなく吹き飛ばされていくのを、リヒトールは呆然としたまま見つめた。

 リヒトールを中心として、卒業式典中の魔術学校は王都の大部分を巻き込んで吹き飛ぶかと思われたが──


「リヒト!」


 その時の記憶が、リヒトールにはほぼない。だが、痛いくらいの魔力の圧と、壇上を駆け上がってリヒトールのところに飛び込んできたユーナの姿と、自分を呼ぶユーナの声だけはよく覚えている。天使が舞い降りたと思った。もう自分は死んでいて、ユーナによく似た天使が迎えにきてくれたのかと、いや、ユーナこそが自分の天使だったのだと思ったのだ。


「ユーナ」


 その手を取った瞬間、爆発しかけたリヒトールの魔力は消えた。スッと、跡形もなく、どこにも被害を与えることなく消えたのだ。


 この時すでにリヒトールは魔力を使い果たして昏倒していたため、その後の話は、特例として指導員になった塔主ターレン・ファムルから聞いたものとなるが、自分の魔力は吸い込まれるようにユーナの中に消え、ほとんどなにも起こらなかったと言う。最初の風圧で倒れた品々と、吹き飛ばされた教師や生徒たちの打撲やかすり傷だけが、リヒトールの魔力暴走の痕跡だった。


 ただ、その時にリヒトールの大半の魔力はユーナの中に収納されたようで、大きな魔術を使う際には、リヒトールはユーナに触れていないといけなくなった。

 そのため──リヒトールにとっては幸運以外のなにものでもないことだが──ユーナはリヒトールの魔力タンク兼精神安定剤兼魔力暴走のストッパーとして、共に魔術塔にいることが義務付けられた。ユーナの意思もリヒトールの意思も関係ない決定だったが、ユーナと離れたくないリヒトールにとっては僥倖(ぎょうこう)でしかなかった。

 魔力登録がないと開かない魔術塔の扉をユーナが超えた時、どれだけリヒトールが歓喜したかは筆舌に尽くしがたい。


 リヒトールと共にユーナが魔術塔に閉じ込められる時、唯一気になったのはユーナの気持ちだった。

 リヒトールを選んだために、リヒトールが呪いのようにユーナを求めたために、ユーナは生涯を魔術塔で過ごすことになった。

 魔術師でない彼女が魔術塔にいることは、決して快適とは言えないだろう。自由に出入りできず、仕事も限られ、また交流する人も制限されるから、その選択はかなりのことだ。だが、リヒトールも国も魔術塔も、もうユーナを手放すことはできない。別離の恐怖を覚えたリヒトールはユーナがいないと生きていけないし、リヒトールの魔力を求めるローナ王国はユーナをリヒトールに縛り付ける。そこにユーナの意見は入れない。

 そんな状況ではあったが、ユーナはリヒトールのことを受け入れた時にすべて受け止めると誓っていたと言って、側にいることを選んでくれた。リヒトールは泣いた。嬉しすぎて。


  ◇


 魔術塔入りしたリヒトールは、速攻でユーナと籍を入れた。魔術塔に入る準備期間のわずかな間で故郷に戻り、ユーナの両親や後見となっている領主ジェラルド・イオルデの立ち合いのもと、簡単な式を挙げたのだ。ユーナの友達たちもたくさん来てくれたので、その日はちょっとしたお祭りのようだった。


「ユーナ、おめでとう!」

「こんなに早く結婚しちゃうなんて……」

「あいつに泣かされたら言うんだよ! 絶対殴りに行くから!」


 明るいユーナは友達も多かった。一緒にいなかった六年間を突きつけられているようで、リヒトールの嫉妬心が()()と音を立てて焦げ付くが、ここは我慢のしどころだと堪える。女の子ばかりだからできたのだと思う。これで、自分以外の男と仲良くしていたら……いやいや、ユーナはそんな子ではない。リヒトールと将来の約束を交わしたのに、リヒトールが不在なのをいいことに他の男といちゃつく人間ではないことは、よくわかっている。それに、常にリヒトールがべったりと隣に張り付いていたから、故郷ではユーナを狙う男はいなかったし。


(ああ、でも魔術塔では違うかも)


 学校で見た魔術師の卵たち──魔術学校に入学した時点で、学生たちは五級魔術師の資格を持っている──は、クセの多い人間が多かった。魔力持ちは貴族に多いから、その分プライドの高い人間も多い。平民出身であるユーナが侮られてひどい目に遭う可能性はあった。


(ユーナに会う人間は制限しよう。誰彼ともなく会わせて、ユーナが傷つけられたら大変だ)


 リヒトールの愛も興味も守る対象も、なにもかもの一番がユーナなのだ。その安全対策には万全を期する必要がある。

 魔術師はクセの多い人間が多いとリヒトールは思ったが、彼もまたその魔術師の一員だった。


 リヒトールの思惑はともかく、彼とユーナの結婚式は何事も起こらず、にぎやかに終わった。

 結婚後は魔術塔に入ってしまうため、ユーナは気軽に両親と会えなくなる。さすがに申し訳なく思ったリヒトールは、結婚初夜は塔に行くまで日延べすることにして、親子水入らずの時間をユーナ家族にプレゼントした。

 ユーナもユーナの家族もリヒトールも家に泊まればいいとしきりに誘ってくれたが、リヒトールは断った。あたたかな家族に自分が混じる図が、どうしても想像できなかったのもあるが、一番は──


「ごめんなさい、自分を自制できる自信がないので、冷静さを取り戻すためにも頭を冷やさせてください」


 そう正直に告げて頭を下げるリヒトールを、ユーナとユーナの家族は無言で見送った。


「あいつ馬鹿正直すぎないか、ユーナ……」

「リヒトはいつだって正直だよ」

「まぁ、おまえが幸せになれそうで父さんは嬉しい」


 その日そんな会話が交わされたことを、その場から去ったリヒトールは知らない。リヒトールが知っているのは、ひとりきりで月を見上げてユーナとの将来を考えていた己のことだけだ。

 ユーナといたい。ユーナと家族になりたい。ユーナを幸せにしたい。ユーナに笑っていてほしい。

 ユーナ一色の自分はダメな人間だと思う。ユーナと離れると魔力が暴走しだすし、情けないがさみしさから涙が止まらなくなるのだ。


 人間としてダメすぎるリヒトールを見捨てず、そばに居続けてくれるユーナは、やっぱり天使だと、リヒトールは今日も思うのだった。

この時点でだいぶリヒトールはヤンデレだし、泣きまくっている件。

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