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筆頭様の筆頭様には手を出すな?(side Quon)

短編版はこちら

「【短編版】筆頭魔術師の筆頭様

https://ncode.syosetu.com/n6135lm/」

 ローナ王国、特に魔術塔の中にはこんな不文律がある。


『筆頭様の筆頭様には手を出すな』


 魔術塔に関わる人間、また王宮に勤める人間。とにかく筆頭魔術師リヒトール・ハイレンに関係する人たちは、その一言を念頭に置いているというのだから穏やかではない。


「なんなんですか、それは」


 この春、新人魔術師として晴れて魔術塔入りしたクオン・タイラーは、指導員である先輩魔術師フェインから、魔術塔のルールとしてまず最初にされたその話に、思わず首を傾げた。筆頭様はわかる。国内外に名高い魔術師、リヒトール・ハイレンその人以外にその名を冠する人はいないからだ。

 平民出身なれど、魔術学校の卒業と共にはじめて三級魔術師の資格を得た人物。魔術塔を率いる立場である塔主でもないのに、その存在を押しのけて筆頭魔術師と呼ばれる青年。

 魔術師の経歴は本来なら四級から始まるのに、下積みともいわれる四級をすっ飛ばして、魔術の研究に携われる三級相当とされたその実力は、あきらかに他の魔術師とは違う。入学当時の魔術検査では通常の検知範囲を超える魔力量を見せつけ──魔術学校に設置された検査魔道具では埒があかず、魔術塔用の魔道具が例外的に運び込まれたとは嘘のような本当の話だ──学校の成績は常に首位。魔術塔に入った時の三級相当も、実は二級相当だったのだとまことしやかに語られるほどだ。


 しかし、そんな筆頭魔術師であるリヒトール・ハイレンの〝筆頭様〟とはなんなのか。

 リヒトール・ハイレン以上に力のある魔術師は、国内はもとより、国外にすらいない。世界最高峰と言っていいその魔力量、使える魔術の種類、強さ、繊細さ、コントロール力……とにかく他者の追随を許さない実力を持った筆頭様は、その存在だけでローナ王国の国防に一役買っているほどなのだ。魔術師であればだれもが憧れる筆頭様。そんな彼の()()というのだから、最強を誇る彼よりさらに強いということだろうか。


「筆頭様の筆頭様には、筆頭様のお部屋に入れば会えるよ」

「えっ、ここにいるんですか⁉︎」

「いるいる、筆頭様がいるときは必ずいる」


 そう言うと、フェインはにやりと笑った。なにかを含むその笑みに、クオンは不快感を抱いた。

 三級魔術師であるこの先輩は、面倒見がいいもののさほど強い魔術師ではない。指導員となるだけあって教え方はうまいと思うが、彼の魔力量は貴族の中でも底辺に近く、それだけでさほど尊敬すべき存在ではないと()()()いたクオンは、〝クオンの知らないことを知っている者〟として浮かべられたその愉悦にイラっと来たのだ。確実に魔術の実力は自分より下なのに、なんでこんなにも偉そうなのか。


(なんだ、偉そうに。こんな奴、すぐに抜かしてやる。進級試験は年に二度あるんだ。夏明けにはすぐに同じ立場に立ってやる)


 素朴と言っていいほど凡庸な外見にふさわしく、フェインの魔力量は()()()()だ。二級の壁を超えるのはかなりの年数を要するだろう。なんなら、一生三級かもしれないとクオンは侮る。

 伯爵子息であるクオンの魔力量はそこそこある。平民出身の目の前の指導員などとは比べようもないのだから、経験さえ積んでしまえばむしろクオンの方が上の立場になる。そう考えて留飲を下げると、クオンはフェインの言葉の先を促した。純粋にその〝筆頭様〟とやらが気になったのもある。魔術塔にいるということは、魔術師なのだろうか。

 しかし、フェインから返ってきたのはクオンの思いもしない返答だった。


「魔力のない普通の人だけど、ユーナ様がいないと筆頭様は生きていられないから……」


 困ったように、でもほほえましそうにこぼすその言葉に、クオンは目を見開いた。


「え、魔力がないのに(ここ)に入れたんですか⁉︎」


 魔術塔の扉は特製のもので、登録された魔力がないと開かない。防犯のためになされたその魔術は強固なもので、食事や研究用の素材を運ぶのも魔力がない下働きでは扉が開かないため、わざわざ魔術師ではないもののとうろくできる程度の魔力を持つ女官や文官がその仕事を担ったり、また雑務を担当する四級魔術師が塔外に取りに行ったりするのだ。


「色々あんだよ。とにかく筆頭様の〝筆頭様〟は特別なんだ。まずお見掛けすることはないと思うけど、近寄るんじゃねぇぞ。命が惜しかったら本当に話しかけるのもやめといたほうがいい。いいか? 俺は忠告したからな? 万一五階に行くことがあっても、〝筆頭様〟に絡みに行くんじゃねぇぞ⁉︎」


 魔術塔の中で一番特別な存在である筆頭様よりさらに特別だというのか。

 会ったこともないその存在に、クオンはかつてないほどの不快感を覚えた。


  ◇


 新人魔術師のクオンの毎日は忙しい。──主に雑用で。


 魔術の研究などできるのははるか先。塔に入った新人は皆四級魔術師だ。四級はまず諸先輩の手伝いから始まるそうで、それは前途洋々たる気持ちでいたクオンの心を折るには十分だった。全員が通る道だとフェインは言うが、悪しき慣習だとクオンは思う。これでも、魔術学校では主席だったのだ。魔術塔の採用試験だって高得点をたたき出したと、教師からは言われたのだ。それなのに──雑用! タイラー伯爵家の人間である自分が、平民すら含む相手の下働きなどできるわけがないのに。


(いつか塔主になってやる。そうして、このバカげた制度を変えるんだ。魔力量に優れる貴族が下働きなどためにならない。確実に上に上がるのがわかっている者に雑用など不要ではないか)


 ありえない、と口の中で文句を噛み殺し、クオンは預かった書類と試薬を持って階上に上がって行った。

 魔術塔では、階級が上がるほど上階の研究室が与えられる。新人のクオンは四級なので、入り口や食堂、応接間やらがある一階に部屋がある。とにかく人の出入りが多い階なので、集中するには向いていないフロアだ。三級が二階、二級が三階、一級が四階、特級の資格を持つ魔術師たちが塔の一番上、五階に部屋をもらっている。


 一級魔術師のティモシー・イグナート──魔術塔の最長老である塔主ターレン・ファムルの次に年長の魔術師だ──の部屋に届け物をした後、階段に戻ったクオンは、戻るべき道ではなく、さらに階上をふと見上げてしまった。最上階には、塔主であるターレンの他には筆頭魔術師であるリヒトール・ハイレンしかいない。一級魔術師は二十人もいるのにだ。特級と一級の差は、それほどに深い。


 クオンはまだ足を踏み入れたことのないその階に、魔術師でもない筆頭様の〝筆頭様〟はいるのだという。先ほど荷物を届けたティモシー翁だって、クオンからしたらすごい人なのだ。クオンの恩師の恩師である彼は、侯爵家の三男でありながら魔術に優れていたため、魔術塔に入った人である。優秀な老魔術師は、クオンも憧れる魔法薬の大家なのだ。──それくらい実績のある人でも最上階に部屋はないというのに、筆頭様であるリヒトール・ハイレンに乗っかって最上階に住んでいるなんてありえない。


『筆頭様の筆頭様には手を出すな』


 指導員のフェインの声がちらりと脳裏をかすめたが、怒りに突き動かされたクオンの衝動を止めるほどの力はなかった。

 〝筆頭様〟は魔力なしだという。そんな弱い存在なのに、自分よりも高いところにいるなんて──そんなの、()()()()()()()()


 その日、腹の底から湧き上がる怒りに身を任せたクオンは、その〝筆頭様〟を探って引きずりおろそうと、(くら)い決意を抱いた。


  ◇


 筆頭様の〝筆頭様〟は、ユーナという女性のようだった。魔力もない。女性ならば力も弱いだろう。それなのに筆頭様に囲い込まれるほど美しかったり、なにかに秀でたりするかと言えば、そうでもないらしい。茶色の髪に茶色の瞳。やや肉付きは悪いとはいえ、ほどほどの身長を持ち、愛嬌のある顔立ちをしていると言う。


 そんなユーナは、筆頭魔術師リヒトール・ハイレンの幼馴染であるらしかった。辺境で育った平民である彼女に特筆すべきところがあるとしたら、〝リヒトール・ハイレンの幼馴染〟というところだけだ。彼女より魔力が強い女性も、美しい女性も、尊い女性も、裕福な女性もたくさんいる。なのに、単なる幼馴染という関係性を利用して魔術塔に居座るなど、他に類を見ない悪女ではないか。

 悪女。そう、この平民女性を悪女と言わずしてなんと言うのか。


 平民悪女は、筆頭様をたぶらかして魔術塔の最上階にこもっていると言う。筆頭様の代わりに雑用をするわけでもない。筆頭様の秘書のように動いてはいるようだが、彼女はけっして筆頭様のいない場には顔を出さない。平民のくせに尊い魔術師たちを見下しているのか、他人、特に雑務を取り扱う四級魔術師の前には顔を出さない。少なくともクオンは見たことがない。今年塔に入った新人はクオンの他には二人しかおらず、進級しなかった者を合わせても四級魔術師は二十二人しかいないのに、塔中を駆け回る四級たちの中で彼女と言葉を交わした人間はほぼいなかったのだ。


(何様だ。単なる平民にすぎない貴様が、えらくもなんともない悪女が、なぜ栄えある魔術塔の、その最上階にいるんだ!)


 魔術学校を主席で卒業した四級魔術師のクオンですら雑用を押し付けられているのに、魔術師でもない存在が、選ばれし魔術塔のさらに選ばれし最上階に堂々と居座っているとは!


(──許せない)


 『筆頭様の筆頭様には手を出すな』なんてルールを決めたのは、きっとその悪女に違いない。筆頭様の力を頼んで、いい思いだけする悪辣な女。なぜ他の魔術師たちがそんな身勝手なルールを受け容れているのかわからない。筆頭様の手前、遠慮をしているのかもしれない。


筆頭(リヒトール)様の目を覚させなくては。筆頭様は幼馴染という存在に騙されていらっしゃるのだ。魔術師でもない、平民でしかない悪女がこの塔にいるのはおかしいと、気づいていらっしゃらないだけだ)


 悪女から筆頭様を引き剥がして守るためには、どうしたらいいだろうか。魔術師の憧れの筆頭様。やはりかの方の隣には、完璧な女性が似合うだろう。美しき王女、力のある女魔術師……少なくともみすぼらしい平民悪女ではないことはたしかだ。


 筆頭様に相応しい方を探そう。クオンは決意した。憧れのあの方に相応しい女性を探すのだ。悪女の呪いから目を覚ました筆頭様は、クオンのことを褒めてくれるかもしれない。


 ──優等生クオンの転落は、そんな夢想から始まった。

生まれと能力に恵まれたクオンは、ちょっと自らの力に酔っていて、自分より下への偏見がすごいです。あと上昇志向もすごい。なまじ魔術学校を主席で卒業したために、自分は筆頭魔術師に近い存在だと思い込んでいて、階級の低い先輩たちを敬う気はさらさらありません。


クオンに侮られまくってるフェイン先輩は治癒魔術師で、こう見えて上からの評価は高めです。魔力量の関係でなかなか三級から上へ上がるのが難しいけれど、後輩の指導力や塔内を円滑に回す能力は高いので、指導員の中でも上の方の人材です。塔主ターレンからは、二級に上がってほしい気持ちもあるが、塔のためにはこのまま指導員筆頭でいてほしいと願われる人材でもあります。

そんな先輩でもお手上げな新人クオンくん……この物語は、彼の転落の話でもあります。

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