甘美な檻(おり)
遥は夢の中にいた。
それは幸せで、ずっと夢見ていた世界だった。
母は家を出て行かず、遥は普通の女の子として育って行く。
冬夜とは高校で出会い、気づいたら恋に落ちていた。
人気者の冬夜が、振り向いてくれるはずもなく……遥はただ、遠くで冬夜を見ていた。
そんな遥と冬夜は、社会人になってから偶然、再会を果たす。
互いに切磋琢磨していくうちに、お互いにかけがえのない相手になっていた。
不器用でぶっきらぼうな冬夜が、自分にだけ見せてくれる優しさが嬉しかった。
『遥……』
自分の名前を呼び、差し出してくれる大きな手が愛おしかった。
『遥……愛してる。誰よりも……なによりも……』
自分を求め、触れる手の熱さも……唇も……全て自分だけのものだった。
朝目覚めると、隣で眠る愛しい人の髪に触れる。
『んっ……』
と、短い吐息が漏れ、ゆっくりと瞼が開いた。
『遥、おはよう』
優しい笑顔と、愛しそうに自分を見つめる瞳。
頬に触れる手の大きさ……。
キスを交わし、逞しい身体に包まれて抱き寄せられる。
互いにの素肌の温度が、まだ……少し気恥しい。
そんな遥に小さく笑い、冬夜がキスをしながらベッドに遥を沈める。
『まだ……離したくない』
囁かれる甘い言葉。
互いの体温があがる。
何度も何度も……求め、求められ……。
甘く掠れた冬夜の声。
幾度となく、繰り返された契り……。
『遥、先に出るな』
「うん、また会社で」
ベッドの遥にキスをすると、バタバタと仕事に行く冬夜を見送った。
遥はベッドに倒れるように横になると、指に輝くリングに触れた。
朝の光にキラキラと光る婚約指輪。
ずっと……ずっと……この幸せが続けば良いと願った。
遥は祈りに似た願いを込めて、左手を胸に抱えるように握り締めた。
その時、まるでテレビが電波障害を受けたかのように、世界にノイズが走る。
「……い。──はる……か……せ……い」
懐かしい声が聞こえて来る。
その瞬間、得体の知れない恐怖が襲う。
「誰? お願い……この幸せを壊さないで!」
必死に訴える。
「……遥先輩」
その声は、温かい陽だまりのように降り注いだ。
「幸太?」
唇がその名を呟いた瞬間
『遥、どうした?』
冬夜が背後から抱き締めて来た。
「冬夜、今……」
そう言いかけて、なんの話をしようとしたのか忘れてしまう。
『遥、俺だけを見て……』
目を細め、愛しそうに遥を見つめる愛しい人。
唇が重なり、ゆっくりと身体を押し倒される。
「冬夜……待って。何か大切なことを……」
そう呟いた遥に
『それって……、俺より大切なこと?』
冬夜の言葉に、遥の胸に不安が走る。
何故か、深追いしてはいけない気がした。
『遥……俺だけを見て、俺だけを感じて……』
遥に触れる冬夜の熱に、遥はゆっくり堕ちて行く。
おはようございます。
今朝も読みに来て下さり、ありがとうございます。
いよいよ遥が鬼の手中に──
そして、甘美な夢の世界へと沈んでいきます。
この“楽園”から、遥は自分の力で抜け出せるのか?
それとも、夢が現実を飲み込んでしまうのか……。
続きは夜に。次回更新は 20時 になります。
またお会いできるのを、心より楽しみにしています。




