優しさが黒く染まるとき
「なぁ……最近の冬夜の様子、変じゃないか?」
ポツリと遥が呟いた。
幸太はちょうど薪割りをしていて、遥の声に手を止めた。
「変……ですか?」
「あぁ……どう、とは言えないけど」
そう言って、読み漁っている文献を読む手を止めた。
『気のせいかな……』
と笑う遥の表情が曇るたび、幸太の胸がチリッと焼けるような……焼印を押し付けられたような焦げた痛みが走る。
(止めろ! 僕にこんな感情は必要ない!)
幸太はそう呟き、流れる汗を手ぬぐいで拭った。
確かに冬夜は少し変わった。
以前のどこか人を寄せ付けない空気はなくなり、穏やかに笑う事が増えた。
──それがいつからか、は分からないが……。
畑仕事はしているし、薪割りも当番を欠かしたことはない。
ただ……その後、どこかに行ってしまうのだ。
最初こそ
「勝手な行動をするな」
と注意したが、基本的に野良猫のような人だから、こっちの言うことは全く聞かない。
だったら、最初から自由な時間を与えて自由にしてやる事が必要だと考えたのだ。
時々幸太は、冬夜が家に居着いて、自由に出入りする猫のようだと思った。
一緒に暮らしていると、案外面倒見が良くて兄貴肌なのも分かって来た。
イケメンでこの性格は、正直、ずるいと幸太は思っていた。
そして遥は、冬夜と暮らしていて幸せそうだった。
どこに出かけても、必ず『ただいま』と言って帰宅する冬夜を、嬉々として出迎え『おかえり』と返す遥を見ていて、外に女を作っても、必ず帰宅して来る夫を待つ本妻に見えてしまう。
その度、幸太の胸は痛んだ。
でも、遥の幸せを一番に考えると誓ったから……幸太は見て見ないフリをするしかなかった。
いつだったか……、縁側で猫と戯れたまま寝ている冬夜に、そっと掛け布団を掛けている遥を見掛けた。
その顔は幸せそうで、そっと冬夜の髪に触れて遥の顔が冬夜に近付くのを見て、慌てて踵を返した。
その時、うっかり『パキッ』と小枝を踏む音を立ててしまった。
すると、背後でパタパタと逃げるように冬夜から離れる足音だけがやけに生々しく聞こえた。
その瞬間、胸の奥深い場所が軋んだ音を立てた。
……どうして僕じゃダメなの?
……どうして冬夜さんなの?
『どうして』
という感情が渦巻き、息が苦しい。
嫉妬という感情は、黒いマグマのように自分を飲み込み、身動きが取れなくなりそうだ……と幸太は思っていた。
『大丈夫』
その時、どこからともなく声が聞こえた。
『きみは負けない』
その声は、挫けそうな幸太の心に光を差した。
ふわりと風が頬を撫で、気付くとあんなにもどす黒い感情に飲まれそうだった気持ちが、救われたような気持ちになった。
──ただ、この時の幸太は気付いていなかった。
その感情は、あくまでも一時の救いであったという事を……。




