触れた指先で、千年がほどける
冬夜は湖に来ていた。
真っ赤なソメイヨシノを見上げ、千年前に思いを馳せる。
自分が何者で、何故、ここに呼ばれたのか……。
その時、背後で『パキッ』と枝が折れる音がして振り向くと、ここに来た日に出会った女性が立っていた。
女性は冬夜に気付くと、慌てて駆け出した。
「待ってくれ!」
慌てて追いかけ、彼女の腕を掴んだ。
「!」
女性がバランスを崩し倒れそうになり、慌てて抱き留めると、すっぽりと腕の中に納まる程に細かった。
「急に腕を掴んですまない」
そう言って、抱き留めた女性をそっと離すと
「大丈夫です」
と言いながら、真っ赤な顔をして俯かれてしまう。
正直、冬夜にこんな可愛い反応をする女性は初めてだった。
大体は、ガンガン押し迫って来る人しかいなかった。
──というよりも、そういう人しか相手にして来なかったのだと思った。
……そういえば、遥も当初はこんな反応だったな……と、懐かしく思っていると
「あの……手を離してくれませんか?」
と言われて、掴んだ手をずっと離さないでいたのに気付いた。
「手を離したら、逃げるんじゃないのか?」
そう言うと、彼女は首を横に振って
「逃げませんから、離して下さい」
と答えて冬夜を見上げた。
漆黒の濡れたように潤んだ瞳と目が合い、『ドクリ』と心臓が高鳴った。
(やっと会えた──)
心がそう震えた。
心臓でも無く……臓器などない胸の真ん中のもっと奥底が、焼けるように熱い。
必死に理性で感情を抑制しようとしても
「翡翠……」
唇が……勝手にその名を呼んだ。
すると女性はビクリと身体を震わせた。
「翡翠……なのか?」
名前を呼ぶ声が震える。
そんな訳がない。
彼女は千年も前に死んだのだ。
だけど、心が……身体が……細胞一つ一つが……
彼女が『翡翠』だと訴える。
会いたくて会いたくて……
ずっと恋焦がれたその人だと……
すると彼女は戸惑うように冬夜を見上げ、目を見開いた。
「何故……泣いているのですか?」
そう言われ、翡翠の細くて白い指が冬夜の頬に触れた。
その時、まるで水風船を針で刺したかのように何かが弾けた。
細い手を掴み、その身体を強く……強く抱き寄せた。
「いけません!」
彼女の唇から……拒絶の言葉が紡がれた。
「ダメです……。お願いですから……私にあなたを殺させないで……」
涙を流す彼女の細い指に、唇を当てた。
すると彼女は、まるで感電したかのように身体を震わせて涙を浮かべた。
冬夜が頬を伝う涙に唇を当てると、彼女は堰き止めていた感情が爆発したかのように
「若様……、ずっと……ずっと……会いたかった」
そう呟いて、冬夜を見上げた。
二人の視線が絡み合った瞬間、打ち上げ花火が夜空に打ち上がった瞬間のように、二人の心に“何か“が大きく火花のように燃え広がった。
唇を重ね、冬夜が彼女の身体をきつく抱き締めると、彼女の細い腕もまた、冬夜の身体をかき抱いた。
理性では抗えない、大きな渦に飲み込まれるように、二人は互いを求め合った。
その時、散らない筈の真っ赤なソメイヨシノの花びらが一枚、空に舞い上がり、ゆっくりと湖の水面へと落ちていった。




