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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第五章
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完全なる悪鬼─翠

 直継との生活は、翠が生きてきた中で、初めて得た幸せな時間だった。

何処に行くにも共に連れ立ち、人目を盗んで愛を育んでいた。


 もしかしたら、この人なら共に眠りに付けると希望を抱いていた。

幸せだった翠は、忘れていたのだ。

ここにはまだ、三郎太がいないことを──。



 直継がなかなか縁組をしないのを不審に思った両親は、二人の仲を疑い、刺客を放った。

「友人ならば生かす。もし同衾の仲ならば、二人とも桎梏(しっこく)に処す」

──そう取り決められていたのだ。


油断していた二人は、直継の父が放った刺客に襲われ、直継は胸を貫かれて倒れた。

唇から血を零すその姿を抱き締めたまま、翠の胸は千切れるほどに痛んだ。

先程まで、自分に愛を囁いていた唇から血が流れ落ちて行く。

二人まとめて殺すつもりで放たれた刀は、抱き合ったまま二人の身体を貫いていた。

「ぁぁぁぁぁぁ────!」

翠は、その力なく抜ける身体を抱き締め、慟哭した。

───あの日と同じ、あの叫びが屋外まで響いた。


翠が直継の身体から刀を引き抜き、刺客を睨み付ける。

その瞬間、彼らは、翠の身体に一滴の血も流れていないことに愕然とし、たちまち狼狽した。

刀は確かに刺さっていた。

だが血は一滴も滲んでいない。

抱き抱えられた直継を胸に、翠は人の領分を超えた姿で立っていた。


「誰の命令だ! 答えろ!」

刀を床に擦りながらゆっくり近づく翠に、刺客たちは怯え逃げ惑った。

「答えぬのなら──皆殺しにしてやる!」

───その後、刺客たちの悲鳴は途絶えた。


瞬く間に辺りは血で染まっていた。

翠は直継を抱きしめながら

「なぜ……また一人で、逝くのですか!」

翠は怒りとも、嘆きとも、喪失ともつかぬ声で叫んだ。


その直後、翠に落雷が落ちた。

髪は金色に光り、瞳は深い翠色へと変わる。


「どんなに守っても、どうせ殺されるのなら、もう私が殺す」

──低く吐かれた言葉の後、翠は直継の首筋に噛みついた。

血を喰らい、嗚咽を上げて狂ったように泣いていた。


 やがて翠は、刺客の懐から出てきた文を見つけた。

───それは、直継の両親からの依頼状だった。

翠は依頼状を握り締め、怒りに震えた。

その怒りは凄まじく広がり、翠は直継の一族を根絶やしにした。

さらに婚約者側の関係者までも手を付け、やがて一族は消え去った。


その時、翠は気づかなかった。

人を滅ぼすごとに、記憶が少しずつ削り取られていることを──。


愛された日々も、直継と寄り添った幸福も……全てゆっくりと薄れていった。

残ったのは、人間への深い憎悪と、友頼の魂を宿す者を貪る記憶だけだった。


やがて翠は人間を憎み、天災を呼び、疫病を蔓延させて復讐を果たす──悪鬼と呼ばれる存在へと変じていったのだった。


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