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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第四章
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永遠の別れ

 この地で、二人は平和で穏やかな時間を送り続けた。

そして友頼の生家には、収穫物を供えては翠に手を合わせ続けた。


 月日は流れ、三郎太は天命を全うした晶を看取り、やがて自分の天命が尽きようとしていた。

すると、最後に分かれた時と変わらぬ姿で、翠が三郎太の前に現れた。

「よお、三郎太」

「翠……」

布団に横たわる三郎太の枕元に立ち、小さく笑う。

「歳食ったな……」

自分を見下ろす翠に、三郎太は小さく笑い

「幾つだと思っていている……当たり前だ」

と答えた。


「お供え……ありがとうな」

「やはり……受け取ってくれていたのか……」

三郎太が安心したように答えると

「遂にお前も……俺を残して逝くのだな」

と寂しそうに笑った。

「お前は、頼久をきちんと育て上げてくれた。

ありがとう」

翠はゆっくりと座り、三郎太に頭を下げた。

「頭を上げて下され。

当たり前のことをしたまで……」

起き上がれない三郎太は、床に伏したまま慌てて答えると

「その当たり前が……難しいのだ」

そう言って微笑んだ。

「三郎太、辛い思いをたくさんさせてすまなかったな……」

「そんなしおらしい翠、らしくないのう……」

穏やかに語る三郎太の姿に、後悔はないようだった。

「なぁ……翠。儂は中々幸せな人生を送れた。

身分も年齢もかけ離れた晶と、夫婦として最後まで寄り添えた。心残りがあるとするなら……お前だ、翠」

そう言うと、シワシワになった手を翠に伸ばした。

翠は、人とは違う手になってから人の温もりにふれたのは、二人目だ……とふと思った。

鋭利な爪で傷付けないように、そっと三郎太の手を握る。

「一人にして、すまない……」

三郎太の瞳から、一筋の涙が枕へと落ちた。

「そなたのせいではなかろう?」

「それでも……心配なんじゃ……。

翠、儂が必ずお前を眠らせてやる。

若様を連れ、孤独から解放してやる。

だから……待っていておくれ……」

呼吸が弱まる三郎太に、翠は涙を流した。

「それまで……しばしの分かれじゃ……」

「あまり待たせるなよ……」

翠は三郎太の手を握り締め、泣き笑いを浮かべた。

三郎太は白く濁った瞳で翠を見上げ、小さく笑うとゆっくりと息を引き取った。

スルリと、シワシワの手が翠の手から落ちる。

三郎太の瞳から、最後の涙が静かに流れ落ちた。

翠は三郎太の遺体を抱き上げ、晶の墓石の横にそっと埋葬した。


「夫婦は……共にいないとな……」


ポツリと呟いた翠の言葉は、春の風に溶けて消えていった。

サワサワと、あの日から枯れぬ真紅のソメイヨシノが風に凪ぐ。


「春は嫌いだ……

 俺から大切な者たちを奪っていく……」


その日、日本に春一番の風が吹いた。

誰も知らぬ場所で、孤独な鬼が空を見上げて泣いていたことを──誰も知らなかった。

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