遥と幸太~時々、冬夜~3
自分だけドキドキしていて、冬夜の規則正しい心音に絶望感が増すだけだった。
遙は冬夜の背中に腕を回して
「もう2度とこんなこと言わないって約束する。
明日からは友達に戻るから……だから、もう少しだけこのままでいさせて」
必死に叫んだ遙に、冬夜は大きな溜息をつくと
「分かった」
とだけ短く答えた。
少しの時間だけ、初めて冬夜を独り占めした時間だった。
気持ちが落ち着き、ゆっくりと冬夜から離れた頃には涙も枯れ果てていた。
そんな遙の顔を見ると、冬夜は「プッ」と吹き出し
「折角の美人が台無しだなぁ~」
そう言いながら、遥の涙を大きな手で拭った。
これが冬夜に触れられる最後のチャンスだと……分かっていたから、遙はその手に自分の手を当ててそっとキスをした。
出会いは中学生の頃だった。
冬夜に出会ってから、誰も目に入らなかった。好きで好きで好きで……でも、決して手の届かない人。
ゆっくり遙が冬夜を見上げ
「ごめんね、ありがとう」
また込み上がって来る涙を我慢しながら、必死に笑顔を作った。
その時、何故か振られた自分よりも冬夜が傷付いた顔で遥を見つめていた。
悲しそうに揺れた瞳が近付いて来て、ゆっくりと触れたか触れないか分からないようなキスを落とされた。
「えっ?」
驚いて見上げた遙に、冬夜は悲しそうに微笑むと
「ごめん」
とだけ呟いたのだ。
その声は、どこか悲し気で……どこか切ない声だった。
まるで振られた自分よりも、深く傷ついているかのような冬夜の声に、遥は自分の想いが決して冬夜には届かないのだと実感したのを思い出す。
翌日、冬夜はいつも通りに出勤して来た。
ただあれ以来、遙と2人きりにならないようにしているようだった。
「先輩?」
ぼんやり思い出していると、幸太が不思議そうに遙の顔を見つめている。
「あ……ごめん、ごめん」
必死に笑顔を作ると、幸太がそっと遙の頬に触れて
「遙先輩。僕の前では、無理して笑わなくて良いんだよ。僕は、どんな遙先輩だって受け止めますから」
無邪気な笑顔を浮かべ幸太が呟いた。
「幸太……」
泣き出しそうになるのを誤魔化す為に、幸太のオデコを軽くデコピンして
「幸太の分際で生意気!」
そう言って笑った。




