遥と幸太~時々、冬夜~2
冬夜の声よりも、自分の心臓の音がうるさい。
聞こえるはずはないのに、自分の心臓の音が冬夜に聞こえるんじゃないかって心配になる。
そんな時
「お前さ」
ふいに冬夜が話し始めた。
遙が顔を上げると、冬夜の漆黒の瞳と目が合う。ただでさえうるさい心臓が、もっと早く鳴り響く。
顔が熱くなって、暑いんだか寒いんだか分からなくなる。
「何?」
やっと絞り出した声に、口の中がカラカラな事に気付いた。
慌てて冬夜の入れてくれたコーヒーを飲もうと、カップに手を伸ばす。
湯気が立つコーヒーを冷まして、やっと口にした瞬間
「幸太の事、どう思ってるんだ?」
と、突然、切り出された。
「えっ?」
驚いて冬夜を見ると
「あいつ、お前が好きだろう?
弟とか言って無いで、付き合ってあげたら?」
そう言われてしまう。
それも、一番言われたくない相手から。
「冬夜には、関係ないことでしょう?
どうしてそんな事を言うの?」
思わず言葉を荒らげて叫ぶと
「あいつ、仕事出来るのにいつも自信無さそうな顔をしててさ。お前、もう少しあいつを認めてやれよ。可哀想だろう」
冬夜が遙の気持ちを全く知らないかのように、冷静に言ってきた。
グラリと視界が揺れる。
気付いたら、ぽたぽたと涙が頬を伝って落ちて行く。
初めて飲んだ冬夜の入れてくれたコーヒーが、普段の何百倍も苦く感じた。
涙を流す遙の顔を見て、冬夜はいつもの表情で
「あ……悪い」
とだけ呟き、ハンカチを差し出して来た。
遙は冬夜の手を叩き
「幸太が可哀想なら、私はなんなのよ!」
叫んだ遙に、冬夜は覚めた眼差しのまま
「俺、お前とは友達以上になるつもり無いから」
そう答えた。
遙は目眩が起こりそうになる自分を奮い立たせ、必死に立ち上がる。
(分かっていた、分かってたけど……。
こんなのって酷い!)
後から後から溢れ出す涙を、遙は必死に手で拭いながら涙を止めようとする。
でも、涙腺が壊れてしまったんじゃないかと思う程、涙が止まらない。
フラフラしながら必死に玄関に辿り着き、靴をはいて立ち上がった瞬間、身体のバランスを崩して倒れそうになった。
その時、冬夜の腕が伸びて来て遙の身体を抱き留めた。
「大丈夫か?」
かけられた声は優しくて、さっき無慈悲に自分を振った人間のものとは思えないほどに温かい。
初めて埋めた胸は逞しくて、冬夜の規則正しい心臓の音が聞こえた。




