遥と幸太~時々、冬夜~
すると、ふわりと鼻に冬夜のコロンと同じ香りがした。
視線を向けると、女子トイレのドアの横に冬夜が立っている。
「大丈夫か?」
ポツリと言われ、遙は思わず声を上げた。
「お前、いつから?」
「お前が駆け込んで……から……?」
そう言いながら、店の外へと歩きだした。
「?」
呼び出したのに、何故店を出る?
遥が疑問の視線を投げると、冬夜は振り向きもせずに歩きながら
「余計な邪魔が入ったからな。
何も無いけど……まぁ、良いか」
ブツブツ言いながら、遙の少し前を歩いている。
冬夜はいつも、近からず遠からずの距離で歩く。
並んで歩くのは、大概仕事の話の時だけ。
多分、遙の気持ちを薄々分かっていて、期待を持たせない為の距離なのだろう。
(近くて遠い……まさに、今の関係だな)
遙が小さく自嘲気味に笑うと、二階建ての古いアパートに着いた。
『103』と書かれた札がついたドアに、冬夜が鍵を差し込む。
「コーヒーしか無ぇけど……」
ポツリと言われ、ドアの向こうに消えて行く。
(え? 此処って、冬夜のアパート?)
遙は早鐘のように鳴り響く心臓を押さえ
(落ち着け、深い意味は無い。
そう、意味は……無い。意味は無いんだ)
呪文のように心の中で呟いていると、再びドアが開き
「何してんだよ? さっさと上がれよ」
季節は冬だった。
でも、緊張して寒さも吹っ飛んだ。
「お邪魔します」
小さな声で呟いて中に入る。
中に入ると、小さな玄関からすぐリビングになっていて、奥に和室が二間ある部屋だった。
リビングの隣にドアが2つあるが、恐らくトイレと浴室という所だろうか。
部屋の中はガランとしていて、物が少ない。
リビングにテーブルは無く、奥の和室にテーブルとテレビが置いてある。
「あっちの部屋に行ってて」
やかんでお湯を沸かしながら、コンロの火でタバコに火を点け、冬夜が呟いた。
遙が緊張しながら奥に行くと、襖で仕切られた部屋が丸見えだった。
いかにも万年床という感じの布団と、カーテンレールに掛かった洗濯物。
下着が無造作に干されているのが目に入り、遙は奥の部屋に背中を向けて座った。
(どうしよう。見ちゃいけないものを……)
アワアワしている遙に
「どうした?」
と、当の本人は何事も無かったかのように、コーヒーを差し出した。
「悪ぃ。そういえば、ミルクと砂糖無いわ」
ガシガシ頭をかきながら、冬夜が遙の前に座る。




