悪夢の始まり
それは、いつもと変わらない朝の出来事だった……
「翡翠様っ! 翡翠様っ! 大変です!
若様が……大怪我なさいました!」
友頼と二人で朝食を食べていると、近くの村人が血相を変えて駆け込んできた。
「伊蔵さん、若様ならここにおられますよ」
水を湯のみに入れ、駆け込んできた男に手渡しながら言うと、伊蔵と呼ばれた男は翡翠の横に並んでいる友頼を見て腰を抜かした。
「わ……若様が、二人いる!」
伊蔵の言葉に、翡翠は友頼と顔を見合わせた。
その時、友頼は母がいつも胸を痛めていた双子の兄のことを思い出した。
友頼を助ける為に、父──頼敦の元に置いてきた双子の兄である頼政のことを。
「どこにいる?」
慌てて履物をはき、友頼が駆け出そうとするのを
初が
「何処へ行かれる?」
と、ピシャリと止めた。
「義母上!」
「行ってはならぬ! 友頼」
厳しい視線を向ける養母に、友頼が息を飲み込む。
「しかし……!」
「忘れたのか? そなたは殺されかけた身の上。
行けば再び、命を狙われるのだぞ」
初の言葉が正しいのだろう。
しかし、純粋で優しい友頼は心底胸を痛め
「それでも……私の兄なのです……。
きっと、兄上も私が政に興味がないと知れば、捨ておいて下さいます」
と訴えた。
「ならぬ! 友頼、そなたは父になるのだぞ!
その優しさが、そなただけではない。
翡翠や翡翠の腹のややこにまで危険が及ぶのが解らぬのか!」
いつになく厳しい養母の言葉に、友頼は言葉を失った。
するとそんな二人に
「しかし……かなりの大怪我をしていて、ワシらじゃ助けられないのです。翡翠様にお助け願えないだろうか?」
伊蔵はそう言って頭を下げた。
人間に近いといっても、元は鬼一族。
しかも鬼神になるはずだった翡翠が作り出す薬は、不思議な力があった。
村人たちは善良で、それを決して外部には漏らさなかったが、善良であるが故に……後にこの人助けが悲劇を生み出す事になるとは考えられなかったのだ。
「義母様、意識の無い間だけ……私が看病してはダメでしょうか」
目の前で落胆する友頼を見て、翡翠が初に申し出ると
「なりません!」
初は翡翠に厳しい視線を向け、ピシャリと言い放った。
「翡翠様、あなたはご自身の容姿に無頓着です。
お腹にややこを授かり、友頼に愛されているあなたは人にとってもはや毒になる存在です。
ましてや……友頼の兄は、麓の近隣一帯を治める貴族。良い噂は聞かぬ」
「……では、見殺しにしろと?」
翡翠の言葉に、友頼がハッと息を飲んで顔を上げると、初は顔色も変えず
「致し方あるまい」
と答えた。
そしてゆっくりと伊蔵へと身体を向けると
「伊蔵とやら、その者の臣下が近くにおるはず。
その者を探して、麓の医者に見せるよう伝えなさい」
そう言い放ったのだ。




