遥と幸太3
すると遙は大きな溜息をついて
「逆だよ、信頼してるんだよ」
と答え
「あいつのカメラは、お世話になった人の形見なんだ。だから、やたら他人に触らせない。一度だけ、私が触ろうとして怒鳴られたよ」
そう言いながら、悲しそうに小さく微笑んだ。
「遙先輩……」
冬夜の話をする遙は、いつも苦しそうで幸太は悲しくなる。
別に、遙が冬夜を好きだから冬夜を嫌いな訳じゃない。
遙を、こんなに悲しそうにさせている冬夜が許せないのだ。
「冬夜はいつも、幸太の仕事は丁寧で綺麗だって褒めているよ。私に、もっと幸太を認めてやれって……」
遙はここまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。
────あれはいつだったか……。
突然、普段は全く連絡して来ない冬夜から
『話がある。今夜時間あるか?』
と、SMSが入って来た。
恋愛事では無いと頭で言い聞かせても、初めて2人で会う事にドキドキしていた。
冬夜が、時々フラリと立ち寄る店に入ると、カウンターで早速、逆ナンされている冬夜が目に飛び込んできた。
「だから、待ち合わせなんだ」
「え~、嘘~。じゃあ、待ってるから。
その後なら良い?」
「悪い、今はそういう気分じゃないから」
髪の毛をふわふわ揺らしながら、柔らかい素材のヒラヒラした服を着た女性が、冬夜の腕を引っ張って甘えている。
それを見た瞬間、遙は吐き気を催してトイレに駆け込んだ。
ダメだ……
まだあの女の面影を見ると、吐き気がしてしまう。
「遙ちゃん、遙ちゃん」
幼い頃、あの女は鏡に自分の顔を映しては
「女の子はね、可愛くしていなくちゃダメよ」
そう言っては、いつも柔らかい素材のフワフワした衣服を身に着け、長い髪の毛にはリボンやら花やらの髪飾りを着けていたのを思い出す。
洗面所で口を濯ぎ、鏡に映る自分の顔を見た。
年齢を重ねる程、あの女に似てくる自分の容姿に吐き気がする。
「遙ちゃん、ごめんなさい」
ママ、あなたのママにはなれなかった。
一瞬、寂しそうに笑って。
「でも、遙ちゃんも女の子だから分かるよね?
ママ、母親である事よりも女で居たいの」
そう言い残し、知らない男性の腕に縋り付いて鞄1つで家を出たあの女……。
あの女が出て行ったあの日、遙は女性である事を捨てた。
長かった髪の毛を、部屋にあったハサミで短く切り、あの女の買った服を全て庭で燃やした。
スカートは、7歳のあの日以来はいていない。
顔を洗い、タオルで顔を拭くと、自分の顔が映る鏡に水を掛けた。
「こんな顔……」
吐き捨てるように呟き、トイレのドアを開けた。




