故郷との別れ
『ドンドンドン! ドンドンドン!』
ドアを激しく叩く音に、二人は目を覚ました。
慌てて身支度を整える友頼は、翡翠の額に唇を落とすと
「まだ寝ていて大丈夫です。
私が対応します」
手際よく衣類を身に付け、友頼が部屋を後にした。
翡翠は自分の両手を伸ばし、真珠のように白い肌に視線を落とす。
身の内に残る違和感に、昨夜の出来事が夢ではなかったと噛み締めていた。
──その時だった。
スパーンと音を立て、部屋の襖が開かれた。
慌てて寝具で身体を隠すと、目の前に現れた豪鬼が手を目に当てて天を仰いだ。
「なんということを──」
豪鬼の声は、怒りとも悲しみとも取れる響きを含み、震えていた。
いつもなら、必ず友頼が止めてくれるはず。
翡翠は、友頼がいない事に気がついた。
「友頼に……何をした?」
ユラリと翡翠の瞳が翠色に変わる。
「私から友頼を奪うことは、何人たりとも許さない!」
翡翠の長い髪がふわりと舞い上がる。
その瞬間、翠の瞳が眩く輝き、金色の光が部屋を満たした。
すると豪鬼は息を詰まらせ、膝をつく。
(息が……できない……)
苦しさにもがく豪鬼を、翡翠は真っ直ぐ見つめている。
「私から友頼を奪うなら、あの村を焼き尽くしてやる!」
翡翠の言葉が、水面に石を投げ入れた時に起こる波紋のように広がり──やがて静かに時を止めた。
翡翠の髪がふわりと広がり、金の光を纏って揺らめいた、その刹那──
「翡翠! 止めろ!」
友頼の声が聞こえた。
すると豪鬼や、友頼を捕らえていた村人の呼吸が戻る。
ゲホゲホと咳き込む声が聞こえる中、友頼はそっと翡翠に近付いた。
友頼の頬には、殴られたような跡が……。
「友頼、これは……」
慌てて頬に触れようとする翡翠の手を、友頼がそっと制した。
「翡翠、大丈夫だ」
優しく微笑む友頼に、翡翠の胸には不安が渦巻いた。
(また……私を置いて、消えてしまうのではないか……)
翡翠の声は、幼い頃に泣きながら名を呼んだあの日のままだった。
「友頼……どこにも行かないで!」
翡翠は豪鬼が居るのも忘れて、友頼に縋り着いた。
翡翠の姿を見て、豪鬼は全てを悟った。
あの日、友頼の母を愛してしまい、親子を匿った時点でこうなる運命だったのだと……
そして、初と我が子を置き去りにし、愛する彼女を看取った自分に与えられた罰なのだと──
友頼は両手を床に着け、頭を垂れた。
「父上、いかように責めを受ける覚悟は出来ております」
翡翠を背に庇い、真っ直ぐに自分を見つめる友頼の姿に、あの日、親子を助ける為に村人に頭を下げた自分の姿に重なって見えた。
しかも、その息子は今、自分を「父上」と呼んでいる。
血の繋がりは無いが、赤子の頃から共に暮らした友頼は、どこか自分によく似ていると思った。
(逃れられぬ運命なのか……)
かんぬきで外から鍵をかけた部屋から翡翠が消えた時から、もう、誰も翡翠を止められない。
しかも、性別が女性となり、既に夫婦の契りを交わしてしまったとなれば……翡翠の命は友頼が握っている。
せめて逆ならば、こんなにも反対はしなかった。
翡翠が男で、友頼が女ならば──
豪鬼は頭を抱え、今更どうにもならない「たられば」を考えている自分に苦笑いを浮かべた。
しかし、その胸の奥では──言葉にならぬ何かが、静かに崩れ落ちて行くのを感じた。
そして──
豪鬼はゆっくりと二人を真っ直ぐに見据え
「結婚は認めてやる」
と呟いた。
すると二人は見つめ合い、笑顔を浮かべた。
だが、その笑顔を見つめる豪鬼の胸の奥には、
言葉にできぬ不安が、静かに渦を巻いていた──
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