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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第四章
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別離と新しい生活

 翌早朝、友頼はひっそりと豪鬼の屋敷を後にした。

養父母に話せば、きっと別れを惜しんでしまう。

そんな変化にさえ、聡い幼馴染みは気付いてしまうだろう。


「父上、母上……お世話になりました」

屋敷に深々と頭を下げ、友頼はまだ薄紫色の空の下、自らの生家へと足を運んだ。


 ふと、村を一望できる高台で足を止め、振り返る。

実母が亡くなってから五年──。

鬼一族の仇の子である自分を、疎ましく思う者もいたに違いない。

それでも、なんだかんだと分け隔てなく受け入れてくれた村に、深々と一礼をした。


 思い出されるのは、厳しくも優しい養父母と、まだ幼い弟妹。

そして、かけがえのない幼馴染みとの日々。


 もう、充分だと思った。

翡翠への密かな想いを胸に、一人静かに生きて行こうと決心して歩き出す。


 すっかり明るくなった頃、母と過ごした生家に到着した。

きっと埃まみれになっていると思っていた家は、驚くほど綺麗に保たれていた。

荷を解くと、いつの間にか仕込まれていた包みが目に入った。


それはら養母の手紙と握り飯だった。


『友頼さんへ

きっとあなたのことだから、何も言わずに旅立つと思っておりました。

ですが、これだけは忘れないでください。

離れても、私たちは家族ですよ。』


 その文字を目にした瞬間、友頼の頬を熱いものが伝った。

冷えきった握り飯は、口にすれば塩辛く、それでいて優しい味がした。

きっと、不器用な養父がこっそり話したのだろう。

今さらながら、自分がどれほど恵まれた環境にいたのかを思い知らされた。


 ひとしきり泣き、ようやく荷を整理しようとしたそのときだった。

「あれ? 若様、お早いお着きで」

 生家の戸が開き、いかにも農婦といった女性が入ってきた。

「あの……?」

「あれ? 豪鬼様から聞いてません? 

私、この家の管理をしてましてね。

今日から若様のご面倒も見るように、旦那様から仰せつかってるんですよ」

 彼女はそう言いながら、手際よく鍋を温め、野菜を刻み始めた。


 やがて、玄関から幼い子どもが三人、顔を覗かせた。

「おっかぁ……、あの人は誰?」

「こら! こっちに来ちゃダメって言ったでしょう!」

 叱る母をよそに、友頼は柔らかく微笑んだ。

「あなたのお子さんか? こっちへおいで」

 一番幼い子供を膝に抱き上げて、

「お母さんが仕事の間、私の相手をしてくれるかい?」

と穏やかに声をかけた。


 女性の名は民。

鬼ヶ村の出で、今はこの地から少し離れた村に嫁いでいるという。

豪快だが人情味のある彼女は、三児の母であり、夫は農夫。

「優しくて、若様よりほんの少しだけ良い男なんですよ」

と笑う民の言葉に、友頼も思わず笑ってしまう。


 そんな親子のおかげで、日中の友頼は翡翠を思い出す間もないほど忙しく過ごしていた。

畑を手伝い、子どもたちと笑い合う日々。


──それでも。

夜の帳が降りるたびに、友頼の胸には、あの笛を聴く翡翠の笑顔が浮かんだ。

眠れぬ夜、耳の奥であの音色が、今も静かに響いていた。


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