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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第四章
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別離

 翡翠の想いなど知らぬげに、月日はただ静かに、けれど無情に流れていった。


 十五の歳に近づくにつれ、周りからの翡翠への不満が強くなって行く。

「友頼殿、そなたから翡翠様になんとかしてはもらえぬか!」

「村の未来を繋ぐお方が、いつまでも定まらぬなど……」

「翡翠様は、我らを見殺しになさるおつもりか!」

村人の不満を聞くのは、いつも友頼だった。

のらりくらりと交わす友頼。

その日も、いつも通りに村人の不満を聞き流し、元服してから豪鬼の屋敷に戻った友頼を待っていたのは、養父の豪鬼だった。


「友頼、お前に大切な話がある」

「大切な話?」


人払いされた部屋で、養父と向き合う友頼。

「実はな、お前の出生のことだ」

「私の?」

向かい合う養父の顔から、軽い話ではないと覚悟を決めると

「お前の父は、この近隣一帯を治める藤原頼敦という人物だ」

意を決した豪鬼にそう言われた。

「え?」

「お前の母は、力ずくで都の男に嫁がされ……お前を身ごもったのだ」

豪鬼の言葉に、友頼は言葉を失う。

詳しくは知らないが、藤原頼敦という人物の悪評は、この鬼ヶ村にも届いていた。

元々、鬼一族を惨殺し、虐げたのもこの一族だった。


「私は……この一族の仇の子孫ということですか?」


振り絞るように吐き出した友頼の言葉に、豪鬼はしばし言葉を飲み込んだ後

「……だからな、お前と翡翠を夫婦にはしてやれないのだ」

と、まるで己を責めるように呟いた。


 年齢より幼く、まだ恋愛という感情を知らない翡翠。

十五の歳が近付いても尚、翡翠の性別は定まっていなかった。

結ばれないなら、男性として決まってくれれば良いと……友頼は思っていた。

幼き頃から苦楽を共にしてきた翡翠に、いつしか恋慕の情を抱いていた。

でも、性別が定まらない己に苦しんでいる翡翠に、自分の気持ちを告げれば悩みを増やしてしまうと……友頼は自分の気持ちを隠していた。


「……それでだ。お前に二つの選択肢を与えようと思う」

「選択肢?」

友頼の言葉に、豪鬼は硬い表情で頷くと

「この村にいるなら、翡翠以外の女性と結婚する。それが無理なら、生家に戻りこの地に二度と足を踏み入れないことだ」

そう続けた。

それは、どちらを選択しても、翡翠との別れを意味する。


翡翠とは──傍にいられても永遠に結ばれない別れを選ぶのか。

永遠に会えなくなる別れを選ぶのか。


友頼は、足に乗せていた両手を握り締めた。


翡翠(あれ)の性別が定まらないのは、お前の存在が原因なのだ。分かってくれ」


物心ついた頃から、自分を我が子のように愛し慈しんでくれた豪鬼が、頭を深々と下げて呟いた言葉の重みに友頼は言葉を失った。


 この村にとって、翡翠がどれほど大切な存在なのかは友頼にも分かっている。

翡翠の存在が、鬼一族のたった一つの小さな光なのだ。

翡翠の婚約者候補たちは、皆、女性。

その意味を、翡翠も友頼もよく分かっていた。


「……私が、この村を出ます」

友頼の声は、震えていた。

豪鬼は頭を下げたまま動かない。

「……すまない、友頼」

その声は、悲鳴にも似ていた。

長く、重く、静かな沈黙だけが二人の間を満たしていた。

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