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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第四章
37/120

出会い

 翡翠は両親や一族に愛されて、健やかに育っていった。

その力は強く、ある者は「すでに鬼神ではないのか」と噂するほどに──。


しかし翡翠は、自分だけが他の村人と異なる容姿を持つことに悩んでいた。

どんなに人々が「選ばれし神の姿」と讃えても、翡翠の胸は晴れなかった。


人々は皆、翡翠にひれ伏し、敬った。

だから“友”と呼べる存在は誰一人いなかった。

許嫁の候補として決められたのは、鬼の一族の中でも優秀な者たち。

心の通わぬ相手ばかりだった。


──それでも翡翠は、生まれながらの好奇心を抑えられなかった。

少しでも目を離すと社を抜け出し、木に登り、山々を駆け巡る。

どんなに閉じ込めても、鬼の力で容易に抜け出してしまう。

村人たちは頭を抱えていた。


そんな翡翠が六歳になった年、運命の出会いが訪れる。


鬼ヶ村の村長・豪鬼。

翡翠の次に強い力を持つ男であり、誰もが憧れる存在だった。

だが彼は、なぜか未婚のままであった。


ある夜──。

翡翠は偶然、村人たちが豪鬼に詰め寄るのを耳にしてしまう。


「お前が匿っている親子を殺すか、

それとも村の娘と結婚して家庭を持つか──どちらかにせよ」


豪鬼は沈黙したのち、村人たちの要求を受け入れた。

鬼の掟を破って守ってきた人間の親子を、これ以上危険に晒すわけにはいかなかったのだ。


翡翠にとって、豪鬼は優しい兄のような存在だった。

剣術も薬学も彼から教わった。

時に厳しく、時に笑ってくれる唯一の大人。


その豪鬼が、鬼の一族が忌み嫌う“人間”を庇っている。

しかも、自らの意に反してまで結婚を決めたという。


翡翠はいてもたってもいられなかった。

「どんな人間を守っているのだろう?」

ただの好奇心──それだけのつもりで、豪鬼の後を追った。


豪鬼の向かった先は、鬼ヶ村の結界近く。

湖の畔に佇む小さな家。

そこに、母と子がひっそりと暮らしていた。


近付くと、柔らかい笛の音が聞こえてくる。

その音は温かく、悲しみを溶かすように美しかった。


翡翠が息を止めて聴き入っていると、ふいに音が止んだ。

家の戸口から少年が現れ、豪鬼に気付くと笑顔で駆け寄る。

その手を引いて、嬉しそうに家の中へ促していた。


母親も姿を見せ、豪鬼を迎える。

三人の姿は、まるで本当の家族のようだった。


その時、翡翠は悟った。

──豪鬼が村の誰とも結ばれなかった理由を。

彼が守っているのは、彼にとって“家族”なのだと。


しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。


「嫌だ! 豪鬼は父上になってくれると約束したではないか!」


少年の叫びが、静寂を裂いた。

離れた場所にいた翡翠の耳にも、その声ははっきりと届いた。


涙をこぼし、豪鬼にすがる少年。

その顔立ちは母親によく似ていた。

「友頼、いけません」

母が優しく宥めても、その表情には深い悲しみが滲んでいた。


翡翠は、胸の奥に痛みを感じていた。

初めて見る“家族”という形。

それがどれほど温かく、同時に苦しいものなのかを、その時、翡翠はまだ知らなかった──。


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