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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第四章
36/120

始まり

時は──長保二年。

平安の世も、すでに栄華の陰に翳りを見せ始めた頃。

この地を治めていたのは、藤原頼通の遠縁にあたる藤原一族。

その血塗られた記憶が、今も山々に残っている。


藤原の頼敦は、都の権威を笠に着る傲慢な男であった。

ある年、彼はこの村で「人ならぬほど美しい」と評判だった娘を見初め、

強引に屋敷へと連れ帰り、側室とした。

──その娘こそ、のちに“清澄の宮”と呼ばれる女性である。


やがて彼女は双子の男の子を身ごもり、月満ちて出産した。

だが、その誕生は祝福ではなく、呪いとされた。


この頃の世では、“双子は災いを招く”と忌み嫌われていたのだ。

「双子の片割れを討て」

頼敦の命により、家臣たちは赤子を殺そうとした。


清澄の宮はその事実を知り、血の気を失う。

片方の赤子──小さな命を腕に抱きしめたまま、

彼女は夜の闇に紛れて逃げ出した。


行くあてもなく彷徨う中、彼女を拾ったのは“鬼ヶ村”の村長だった。

その男は若くして村を束ねる者で、

都から追われた清澄の宮を憐れみ、山深くの庵に匿った。


ただ一つ、村長は彼女に約束をさせた。


──決して、鬼ヶ村には入らぬように。


美しく聡明な彼女は、その約束を固く守ることを誓い、

母と子は、人里離れた山奥でひっそりと暮らすこととなった。


母は息子に“友頼”と名を与え、

「人を思いやる、優しい子になりなさい」

と語り続けた。

その言葉のように、友頼は母から学んだ笛を嗜む、心優しい子として育っていった。


 ──同じ頃、鬼ヶ村には“奇跡”が訪れていた。


鬼ヶ村に住む鬼たちは、人間に迫害され、

山奥の小さな集落でひっそりと生きながらえていた。

鬼としての力はすでに弱く、代々受け継いだ薬学を頼りに命を繋いでいた。

血が濃くなりすぎぬよう、人に紛れて生きることさえあった。


そんな彼らのもとに、鬼神の証を持つ赤子が生まれた。

金の髪、翠の瞳、そして鬼神の象徴たる牙。

その子に“翡翠”と名が与えられた。


人に知られれば、力を得る前に殺されてしまう──。

鬼ヶ村は翡翠を守るため、社に家族と共に住まわせた。

それは、虐げられた鬼の一族にとっての希望。

翡翠は“鬼ヶ村の宝”として育てられた。


 鬼の一族は、生まれた時に性を持たぬ。


男でもあり、女でもあり。

男でもなく、女でもない。


性別が定まるのは、齢十になった時。

それは、血を絶やさぬために授けられた唯一の力。

女児ばかりでも、男児ばかりでも、一族は滅びる。


ゆえにこの仕組みは、鬼たちにとって救いであり、呪いでもあった。

──そしてその力こそが、後に悲劇を呼ぶ引き金となる。

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