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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第三章
33/120

赤いソメイヨシノ

 遥が目覚める前に、冬夜はあの湖へと足を進めた。

湖の畔にたたずむ、真っ赤なソメイヨシノ。

散る事無く、まるで今咲いたばかりのように美しく咲いている。

ただ……やはりソメイヨシノは、あの淡い桜色だからこそ美しいのだと思った。

なんとも毒々しい真っ赤なソメイヨシノが、冬夜には赤い血の涙を流しているように感じてならなかった。

『眠らせて……』

どこからか、かすかな声がした気がした。

ふと、冬夜がソメイヨシノを見上げた。

「俺に話しかけたのは、お前か?」

ポツリと呟いたその時、パキっと枝が折れる音が聞こえて振り向いた。

そこには、男なのか女なのか。

全く見分けの付かない美しい人の姿があった。

肌の色は真珠のように白く美しく、髪の毛は漆黒で長い髪。

小さな輪郭の中に、整った美しいパーツが並んでいる。

呼吸をするのを忘れるとは、こういう事を言うのだろうか?

冬夜は、目の前の美しくも妖しい人物に心を奪われる。

『冬夜……』

その人物が自分の名前を呼ぶ。

『おいで……私の冬夜……』

白くて細い手が、ゆっくりと自分へと差し出される。

冬夜は誘われるまま、ゆっくりとその人物へと歩き出そうとした時

「行ってはダメ!」

と、誰かが自分の腕を引いた。

驚いて視線を向けると、見知らぬ女性が必死に自分の腕に抱き着いて止めている。

「行けば……あなたは喰われてしまいます」

悲しそうに揺れる瞳が自分を見つめた。

「翡翠?」

その女性を見た瞬間、唇から勝手に名前が紡がれる。

すると女性はハッとした顔をして冬夜を見ると

「すみません」

と叫んで、逃げ出そうとする。

冬夜はさっきの美しい人物の事を忘れて、目の前の女性の腕を思わず掴んでいた。

怯えたように掴まれた腕を見つめる女性に、慌てて冬夜は手を離した。

「あの……さっきはありがとう……」

お礼を言っている冬夜の言葉も聞かず、女性は逃げるように走り出す。

「ちょっと、待って!」

彼女の前に先回りして、慌てて冬夜は彼女の肩を掴んだ。

驚く程に華奢な肩に慌てて力を緩めると

「どうして逃げるんですか?

俺はただ……お礼が言いたいだけなんです」

必死に言葉を掛けた。

すると女性は悲しそうに瞳を揺らして

「若様……」

と小さく呟くと、一粒の涙が頬を伝った。

(あぁ……、前世の俺と関係した人なんだ……)

ぼんやりとそう感じて、冬夜は掴んでいた肩からゆっくりと手を離した。

「ご無礼をお許し下さい。……でも、あなたと私は、もう関わってはいけないのです」

彼女はそう呟くと、小さく一礼して冬夜の前から足早に姿を消した。

その女性の姿を見た時、何故か懐かしさを感じたと同時に、胸に湧き上がる不思議な感情に冬夜は戸惑っていた。

 そしてふと思い出したのは、自分を誘い出そうとした人物と、助けようとした人物の面立ちが良く似ていた事だった。

ただ、誘い出そうとした人物には生気が無く、でも何故か吸い込まれそうな姿をしていた。

そして自分を助けようとした女性は、まさに生気が溢れた生きた人間の姿だった。

それはまるで、コインの表と裏のようだと思いながら、冬夜は自分が彼女を呼んだ名前を思い出してハッとする。

「翡翠」

確かに自分はそう彼女を呼んだ。

鬼とこの世界の秘密の鍵を握る人物。

そして冬夜のこの先の生死の鍵も握っているであろう、重要人物だった事に気付いた。

「しまった……。捕まえて、幸太に会わせなくちゃいけなかったんだ……」

冬夜は独り言のように呟きながら、彼女の手首を掴んだ手を見つめた。


 自分とは対照的な、細くて華奢な肩と腕をしていた。

そんな彼女が、自分達の人生の鍵を握っている人物だとは、とても思えなかった。

自分を見つめて

「若様……」

そう呟いて流した、綺麗な一粒の涙。

あれはどういう意味なんだろうか?

答えの出ない思いに、冬夜は大きな溜息をついた。

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