翠の呪い
朝、幸太は目覚めて台所へと向かう。
お水を口に含んで、台所の木戸を開けると、明るい陽射しが差し込み、思い切り吸い込んだ澄んだ空気が美味しい。
思い切り伸びをした幸太の背後に、突然、冬夜が現れた。
「うわ~! と……冬夜さん! 何してるんですか! 黙って後ろに立たれたら怖いじゃないですか!」
「あぁ、すまん。あんまり寝てなくてな……」
驚く幸太に、冬夜が眠そうにあくびをする。
その様子に眉間にしわを寄せて
「何かあったんですか?」
と、幸太が心配顔をした。
「遥が……」
ぽつりと冬夜が呟くと、幸太の顔色が変わる。
「何かあったんですか?」
幸太の言葉に冬夜は話し辛そうな顔をすると
「頭の中で声がすると言って……昨夜、かなり取り乱していた」
そう呟いた。
「それで! 大丈夫だったんですか?」
冬夜に掴み掛かって叫んだ幸太に
「あぁ……、ちゃんと寝かしつけたよ。
多分、翠の力が及んでいるんだと思う。
だから、あいつを守ってやってくれ」
そう言って頭を下げた。
「……頭を上げて下さい。
冬夜さんに言われなくても、遥先輩は僕が守ります」
幸太は真っ直ぐに冬夜を見つめて言い切った。
「それで……遥先輩は?」
「まだ寝てると思う」
「そうですか……」
幸太は答えながら、なにかを考え込んでいる。
「多分ですけど……ここに来てから、心の中にある不安や恐怖心、嫉妬心とか……そういう黒い感情が増長しやすくなっているように思うんです」
ぽつりと幸太が呟く。
「え?」
冬夜が幸太の言葉に驚いた顔をすると
「僕にそういう感情が無いとでも思いましたか?
僕にだって、冬夜さんに嫉妬する気持ちはあるんですよ」
そう言って小さく笑う。
「どんなに思っても、遥先輩は冬夜さんしか見ていない。それがどれだけ僕にとって辛いか、考えたことありますか?」
幸太の目が暗く沈んで行く。
「幸太?」
冬夜が幸太を呼んでも、幸太に声が届いていないようだった。
「僕はどこまで行っても、弟なんですよ。
冬夜さんさえ居なければ……」
幸太の手が冬夜の首にかかる。
冬夜が無抵抗で目を閉じると、突然、幸太が膝から崩れ落ちた。
「幸太!」
慌てて腕を掴むと
「なんで無抵抗なんですか! 抵抗して下さいよ」
苦しそうに幸太が顔を上げて呟く。
「いや、お前なら絶対に戻ると思ってたから」
冬夜が苦笑いして答えると
「なんですか、それ」
そう言いながら幸太は笑うと
「僕でさえ、感情が揺さぶられます。
遥先輩には、かなりキツイと思います。」
と言って立ち上がる。
「どういう意味だ?」
幸太の言葉に冬夜が聞くと
「遥先輩は……藤原頼久の奥様だった晶様の生まれ変わりなんです」
そう答えた。
「頼政に愛されず、孤独を抱えて苦しんでいた方なんです。だから、その感情と自分の感情──それを揺さぶる翠の声が聞こえているんだと思うんです」
幸太はそう言って冬夜に微笑んだ。




