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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第三章
20/120

巫女の名は……

「で、そろそろ本題に入ってほしいんだけど……」

空になった弁当箱を片付ける幸太に、遥が話を切り出した。

 幸太は頷くと、タブレットを手に口を開いた。

「実は、『千年桜の呪い』を調べていくうちに、巫女と青年の悲恋──という単純な話ではないことが分かってきたんです」

「……というと?」

冬夜が缶コーヒーを開けながら呟く。

「青年が鬼ヶ村に逃げ込んだのは、どうやら政権争いに巻き込まれたからのようです。

正妻の息子──つまり本来の後継者がかなりの独裁者で、それに反発した一派が、側室の息子だった青年を担ぎ上げた。

でも結果的に青年は命を狙われ、瀕死の状態で逃げ出した。

その青年を見つけて看病したのが、巫女だったようです」

「怪我を手当てしているうちに、恋に落ちた……」

遥が静かに呟くと、冬夜が小さくため息をついた。

「陳腐だな。担がれてボロボロにされて、助けてくれた女と関係持って、最後は惨殺? ……良いとこ一つもねぇな」

幸太はタブレットを操作しながら、ぽつりと呟いた。

「巫女の名前が……翡翠で……」

「は?」

冬夜が反応するより早く、幸太が顔を上げた。

「あ! これです、見てください。

──『悪鬼になりし鬼の名は翠』って書かれている」


画面には、千年桜の呪いを記した古文書の引用が映っていた。


「……ってことは、私たちは鬼と戦わなくちゃならないってこと?」

遥が呟くと、冬夜が苦い顔をした。

「え、俺、鬼にキスされたわけ?

しかも鬼って男じゃねぇの?」

「いえ。鬼には性別がありません。男でもあり、女でもある存在です」

幸太は淡々と説明を続けた。

「ちなみに、冬夜さんがされたのは“キス”というより“マーキング”の一種です。

あれで鬼は、冬夜さんの居場所をどこにいても把握できるはずです」

「マーキングって……余計に嫌だな」

冬夜は思わず袖で唇を拭った。

「あ、もう無駄ですよ」

「……は?」

「このあと、あの湖へ向かいますが──鬼が狙っているのは、冬夜さんの生き血だと思います。

最悪の場合、僕らが“向こうの次元”から弾かれる可能性もあります。

ですので、冬夜さんは絶対に勝手な行動を取らないでください」

真剣な表情で見つめられ、冬夜は観念したように頷いた。


「もし、冬夜さんの様子がおかしくなった場合は──」

幸太はリュックから犬のリードを取り出す。

「これを冬夜さんのズボンに引っ掛ければ、僕らも一緒に引きずられていけると思います」

「……お前なぁ……」

呆れた冬夜に、幸太は真顔で言い切った。

「苦肉の策です」

冬夜は深いため息をつき、

「まぁ……とにかく、俺が勝手に動かなきゃいいんだろ?」

と言いながら機材一式を肩に掛けて車を降りた。

「冬夜さん! それが勝手な行動なんですよ!」

幸太と遥も慌てて後を追う。


 神社の境内は、人の気配がまるでなかった。

鳥居の先に朽ちかけた社があり、看板の文字は風雨に削られて読めなくなっている。

草が生い茂る参道を抜け、社の裏へ回ると──戸板で塞がれた洞窟があった。


 冬夜が戸板を外すと、奥は真っ暗な闇。

足を踏み出そうとした瞬間──


「ちょっと待ってください!」

幸太が叫び、冬夜と遥、そして自分にスプレーを吹きかけた。

「ハッカ油で作った虫除けです! 山道は虫が多いですから!」

「へぇ~、こんなの売ってるんだ」

感心する冬夜に、幸太が即答する。

「何言ってるんですか! 僕が作ったんですよ!

天然のハッカ油をベースに、精製水とアロマオイルで虫の嫌う成分を配合したんです!」

力説する幸太を見て、冬夜は思わず叫んだ。


「やっぱりお前……女子か!」


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