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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第五章
119/120

千年の終わりに散るもの

そんな遥をよそに、

幸太がわずかに足を踏み出し、遥を背にかばって構えた。


鍔迫り合いの熱がまだ残る空気の中、

冬夜と幸太は並んで刀を構え、翠と対峙する。


「無駄だ! まだ分からないのか?」


翠は薄く嗤い、ゆらりと手を伸ばす。


「さぁ……冬夜。お前を喰らえば、私は“完全な神”になる」


一歩、また一歩──

地面を滑るように翠が近づく。

そのたびに周囲の空気がざわりと震えた。


そして二人が構えたのを見て、翠は牙をのぞかせる。


「無駄だと言っているだろう!

お前は私に喰われて死ぬ運命なんだよ!」


翠が一気に飛びかかった瞬間だった。


冬夜の刀が閃光のように走り、

翠の胸元に──突き刺さった。


「ぐっ──」


翠の口から鮮血が噴き出し、地面へ弧を描く。


だがその直後。


「翡翠……貴様……!」


翠の怒声とともに崩れ落ちた身体の影から──

冬夜の刀を胸で受け止めた翡翠が、静かに姿を現した。


「翡翠!」


冬夜の腕へと崩れ落ちるように倒れ込む翡翠。


「どうして……どうしてだ……?」


震える手で彼女の頬へ触れる冬夜。

翡翠は弱く、けれど優しく笑った。


「冬夜さん……泣かないで……」


その瞬間──


ザラ……ザラ……


背後で、砂を踏み潰すような音。


ユラリ、と人ならぬ動きで翠が立ち上がった。


瞳は狂気に濁り、口元には血がにじむ。


「おのれ……翡翠……!」


翠が血を吐きながら睨み上げる。


「忘れるな……

私が死んでも……お前たち人間は、また悪鬼を生み出す……!」


声が次第に震え、身体が崩れ──

サラ……と乾いた音を立てて、翠の身体は砂となり、夜風に舞った。


その場に残ったのは、静寂だけ。


だがすぐに、翡翠の身体が激しく咳き込み──

鮮血が地面へ滴り落ちた。


「翡翠!」


冬夜が抱き寄せると、翡翠は穏やかに微笑んだ。


「やっと……やっと眠れる……」


「冬夜……泣かないで……」


震える指先で冬夜の頬を撫でながら続ける。


「長かった……千年……ずっとこの日を……待って……」


血が喉奥から溢れ、冬夜は翡翠を強く抱き締めた。


「もういい……しゃべるな!」


叫ぶ冬夜に、翡翠は嬉しそうに微笑む。


「ありがとう……冬夜」


彼女の最期の光がすうっと消えるように瞳が閉じ、

その顔は満ち足りたように安らかだった。


「翡翠……!」


冬夜が抱き締めて泣き崩れるその腕の中で──

翡翠の身体はサラサラと砂になり、

冬夜の指の間から静かにこぼれ落ちていく。


冬夜は必死に掴み取ろうと手を伸ばす。

だが──


ふわり。


風が吹き、粉雪のように翡翠の欠片は空へ舞い上がり、

瞬きの間に、夜空へ吸い込まれて消えた。


「なんだよ……

翡翠の欠片さえ……遺してくれないのかよ!」


冬夜の叫びは風に攫われ、闇へ溶けていった。


その泣き声に応えるように──

夜空の雲が裂け、星々が顔を出す。


月光が湖へ反射し、

真っ赤なソメイヨシノが風に吹かれて散り始めた。


湖はゆっくりと紅へと染まりゆく。


まるで──

千年前の悲劇を、静かに再現するかのように。

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