絶望を食らう者
その頃、冬夜は翠と対峙していた。
「おやおや、自ら殺されに来るなんて……」
小馬鹿にするように笑う翠を前に、冬夜は刀にかけてある神水を一度払うように振った。
「何とでも言え。俺はお前を殺して、翡翠を連れて行く」
冬夜の言葉に、翠は一瞬目を見開いた後──堪えきれないというように高笑いした。
「愉快ですねぇ。……あの女、まだ“私たちの秘密”を話していないんですか?」
嘲るように肩を震わせる翠に、冬夜は静かに言い放つ。
「知っている。それでも……俺は翡翠と共に生きることを諦めない!」
翠はその言葉にますます楽しげに笑った。
「良いですね良いですね……。その強い意志を宿した瞳が、絶望で歪む瞬間を思うと──たまりませんよ」
心底楽しそうに、腹を抱えて笑う。
「私たちはね、人間の醜い欲望や羨望……“絶望”が大好物なんだよ。冬夜、お前は本当に……素晴らしい」
そう言った瞬間、翠はいつの間にか冬夜の目の前に立ち、顎を掴んだ。
「その綺麗な瞳が、絶望の涙で濡れたら……さぞ美しいだろうね」
うっとりと呟く翠に、冬夜が剣を振り下ろした。
『ザンッ』
確かな手応えはあった。しかし──
翠は血一滴流さず、笑ったまま立っていた。
「効かないんですよ……冬夜。まったく痛くも痒くもない。さぁ、次はどうします? 冬夜」
鼻先が触れそうな距離で囁く翠は、美しい容姿のくせに、人間の温度を持たない“人形”のようだった。
「どうしたの? もう、おしまいですか?」
長い指先が冬夜の頬をなぞる。
冬夜が鬱陶しげに手を払うと、翠は甲高く笑った。
「あはははっ! 冬夜、冷たい。翡翠にはあんなに情熱的に触れるくせに……」
狂気じみた笑い声が夜空に響く。
その余裕の顔を見れば見るほど、冬夜の胸に冷たい不安が滲んだ。
(……まさか。本当に、翡翠を救う方法なんて……無いのか?)
そんな冬夜の揺らぎを、翠は見逃さない。
「良い目だねぇ、冬夜。その不安に揺れた瞳……たまらないよ。ねぇ、もっと残酷な話、しようか?」
翠は楽しげに話し始めた。
「お前はね、両親に望まれて生まれた。でも、そんな幸福な家庭に育ったら──“孤独”にならないだろう? だから、親から引き離してやったのさ」
冬夜の目が大きく見開かれる。
翠は続ける。
「それなのにお前ったら、孤児院の院長夫婦に可愛がられちゃって……だから、孤児院ごと火事にしてやったんだよ」
あまりに楽しそうに語る翠に、冬夜の息が止まった。
「じゃあ……オヤジが死んだのも……大津弁護士が死んだのも……」
翠は破顔した。
「あぁ、全部私がやったよ。どれだけ警告しても、アイツら“冬夜を愛してる”なんて言うんだもの」
高笑いする翠に、冬夜の全身が震えた。
「……笑うな!」
冬夜は、生まれて初めて──
心の底から“憎い”という感情を知った。




