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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第五章
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満月と心の侵食

 それぞれの思いを抱えたまま、ゆっくりと日が暮れて行く。

冬夜は翡翠を見送り、屋敷に戻って来た。


──今夜は満月。


翠の力が最大になる日。

夕食の時間も、いつもより皆、口数が少なかった。

幸太は、帰宅してから冬夜と少し話をしていたようだったが、遥はあまりに深刻な様子に近付けずに居た。

翠がどんな手を使って来るのか、正直、遥は分からずに不安だった。

灯りのない場所での満月は、まるで満月が照明のように明るく辺りを照らし出す。


それぞれの部屋で寝具に横になり、目を閉じた。


『遥……、可哀想な遥……』

誰かが遥の名前を呼ぶ。

耳を塞いでも、脳の中で響いている。

『本当に良いの? 冬夜を、諦められるの?』

もう一人の自分が泣いている。

「止めて!」

叫んだ遥の声に、嘲笑う声が聞こえる。

『あなたは、忘れられるの? あの幸せだった時間を』

「あれは……冬夜じゃない!」

『分からないじゃない? もしかしたら、翡翠にあの姿を見せているかもしれない』

クスクスと笑う声が、耳にこびりついて離れない。

『あなたを愛さない冬夜なんか、死んじゃえば良い!』

声が一際大きくなった時

「遥!」

冬夜の声が聞こえた。

ハッとすると、遥は布団で横になっている冬夜に馬乗りになり、包丁を振り下ろしていた。


「ど……して? 違う……私は、こんなこと……望んで……ない」


瞳から涙が流れ落ちる。

冬夜は遥から包丁をもぎ取ると、遥を強く抱き締めた。

「大丈夫だ……、俺は怪我してない。だから、自分を責めるな」

遥の背中を優しくポンポンと叩く。

「冬夜……!」

必死に冬夜にしがみつくと、冬夜は遥を抱き締めたまま

「大丈夫だ。遥、深呼吸出来るか?」

そう囁いた。

遥はゆっくりと深呼吸して、冬夜の背中にしがみつきながら胸に顔を埋めた。

冬夜から香る匂いは……夢の中の冬夜と同じだったけれど、遥を抱き締める腕は……友を心配する優しい腕だった。


(やはり……夢は夢だな……)


小さく笑い、冬夜の背中を軽く叩き返した。


「冬夜、ありがとう」

遥がそう言うと、冬夜は小さく笑い

「もう、平気そうだな」

と言って遥の身体を離した。

遥は怪我させなかった事にホッとしたが、冬夜の腕に切り傷があるのが見えた。

「冬夜! やっぱり私が?」

そう叫んだ遥に

「いや、違う。これは、幸太が俺に斬りかかってきて出来た傷だ」

と、冬夜が短く答えたのだ。

「幸太が? ……どうして?」

遥は驚いた後、口元に手を当て

「私の……せいだ」

呆然としながら呟く。

「遥?」

「冬夜……どうしよう! 私……私……」

動揺する遥に、冬夜は優しく頭を撫でると

「それは違う」

と呟いた。

「え?」

「幸太から……もし、自分が翠に取り込まれることがあったら、それは遥のせいじゃないと伝えてくれと言われたんだ」

「幸太……が?」

「あぁ。それから、俺に遥を頼むって……」

遥は冬夜の言葉に涙を流した。

「どうして! どうして……幸太はいつも……」

泣き崩れる遥に

「理屈じゃないんじゃないかな? 俺も……心から愛する人が現れるまで分からなかったけど……。

俺も、彼女の為ならこの命を投げ出しても良いと思っているんだ」

そう言って、冬夜が穏やかに笑った。

遥には……冬夜が言う『彼女』が、翡翠だと言うことはすぐに分かった。

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