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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第五章
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翡翠、届かぬ声

屋敷に到着し、冬夜が翡翠を浴室で下ろすと

「今、着替えを用意する」

そう言って冬夜が翡翠から離れた、その瞬間だった。


「──僕たちのことを……伝えようとしても無駄ですよ。」

ポツリと幸太が呟いた。

「翠様が……あなたが冬夜さんに僕たちの事を話そうとしたら、声が出なくなるようになさったので」

翡翠は愕然として、幸太の腕を掴んだ。

「……薄井さん、あなたは翠に負けない強い心をお持ちのはずです。それなのに……なぜ……」

涙を浮かべる翡翠に、幸太はうっとおしそうに手を払い

「……女の涙が武器になるのは、その相手が、泣いている女を愛している時だけですよ。

 ──だから、僕には無駄です。」

冷たく見下ろされた瞳に、翡翠の心が打ちひしがられていく。


どうしたら……元の幸太に戻ってくれるのだろうか? と考えていると

「翡翠? どうした?」

着替えを持った冬夜が戻って来た。

「……冬夜さん」

声を聞いてホッとしていると

「ほら、さっさと風呂に入って来い。折角の美人が台無しだ」

優しく微笑まれ、頬にそっと触れた。

触れられた手に自分の手を重ねると

「なんだ? 一人で入れないのか? 一緒に入りたいなら、最初からそう言えば……」

と言われ、翡翠は頬を赤らめて

「ち……違います!」

そう言って冬夜の声を遮った。

すると冬夜は声を上げて笑い出し

「ほら、良いから早く入って来い」

と言って、翡翠の鼻をかるく摘んだ。

浴衣を手渡され、脱衣場に押し込まれると、ゆっくりとドアが閉められた。

その時翡翠は、幸太がいつの間にか消えていた事に気付いた。

さっきまで目の前に居たのに、冬夜の声と同時に消えていた。

翠の力は、他の人を瞬間移動させる程に強まっているのだと悟った。

胸の中が、不安で渦を巻いている。

翡翠は何とか冬夜に状況を伝える方法はないものか……と、思案しながら着衣を解いてお風呂場へと足を運んだ。

お湯を掛けると、擦り傷や打撲していた気付かなかった傷から小さな痛みが走った。

普段は温かく癒すお湯が、やけに身体に痛い。

ゆっくりと痛みが消えるのを待ちながら

(身体に出来た傷の痛みなど……、あの日の胸の痛みに比べたら、些細なものだ)

と翡翠は思った。


肉体的な痛みは……傷が癒えればすぐに治まる。

──では、心の傷は……?


『ピチャン』


水滴が水面に落ちる音が聞こえ、ハッと我に返る。

冬夜にとって、一番の危険人物は自分だと思い出す。


助けたい気持ちと……、自分が翠に乗っ取られる恐怖に身体が震えた。

それでも……冬夜の傍に居たいと願う愚かな自分が……翡翠は悲しかった。

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