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水鏡  作者: 古紫 汐桜
第二章
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甦る過去

「せんぱ~い! 待ってくださいよ!」

大きなリュックを背負った幸太が叫ぶ。

季節は6月。

冬夜、遥、幸太の3人は、森の中を歩いている。


 あれは3月の事。

冬夜の机に1枚の写真が置いてあった。


誰からなのか?

悪戯なのか?

何かの知らせなのか?


何も分からない1枚の写真。

その写真の裏に

「冬夜様 約束の場所でお待ちしております」

そう記されていた。

写真には、真っ赤な桜の花が咲いている。

「赤い桜?」

いつものように編集室で一夜を過ごした冬夜は、自分のデスクに置かれた写真を見つけて呟く。

「冬夜……また、ここに泊まったのか?」

呆れた顔をする遥に気付かず、冬夜は写真を見つめている。


 湖畔に佇む真っ赤な桜。

それはまるで、遠い記憶を呼び覚ますように咲いている。

漆黒の長い髪、陽だまりのような優しい笑顔。透けるような白い肌。

『若……』

自分を呼ぶ、鈴の音のように澄んだ声。

それは遥か遠い記憶。

自分に向けられた笑顔も、触れた肌も……。

遠い遠い記憶なのに、まるで昨日のように甦る。

誰を抱いても、誰を求めても、消えることの無い心の飢餓感。

いつしか全てを諦めて、独りで生きると決めたのはいつだったか──

吐き出す欲望は、虚しさだけを冬夜の心に刻む。

冬夜は遠い記憶を手繰り寄せるかのように、写真を見詰めていた。

「冬夜!」

遥の声にハッと我に返る。

「どうした?なんだ?その写真」

遥に写真を奪われ、冬夜はもう少しで思い出せそうだった記憶の欠片を集めるように瞳を閉じる。

あの声は……あの面影は……いつの記憶なんだろうか?

「冬夜!」

遥に再び声を掛けられ、現実に引き戻される。

「大丈夫か?」

心配そうに見つめる遥に、冬夜は夢現という感じで頷く。

頭の記憶では無く魂の記憶。

そんな感じがする遠い遠い記憶。

「遥、この場所を探して行ってみようと思うんだけど……」

きっと、調べなくても魂が知っている。

そんな感じがした。

「駄目だ!」

冬夜の言葉に遥が間髪入れずに反対した。

長い付き合いで、初めての事に冬夜が戸惑う。

「嫌な予感がする」

遥も又、この写真に何かを呼び起こされる感覚を覚えた。

『殿……』

何度も背中を追い掛けて、けれど決して振り向かれる事の無かった背中。

それは絶望に近く、自分の心を黒く染めていた感情。

その背中は身震いする程に寒く、嫉妬が自分の身も心も焼き尽くす想い。

もう1人の自分が泣いている。

『殿……殿……』

広く逞しい背中は、美しいあの人以外を拒絶しているかのようだった。

伸ばした手は、何度となく払われた。

『お前など、要らぬ!』

冷たい硝子玉のような瞳を何度見ただろう。

その度、幾つの夜を涙で過ごしただろうか?

泣いている女性が見える。

昔、歴史の教科書で見たような服装のお姫様が泣いている。

(誰?泣いているのは……私?)

1枚の写真が呼び覚ます遠い記憶。

『大丈夫ですよ! あなたは優しい人だって知っています』

聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

その瞬間

「二人とも、ぼんやりしてどうしたんですか!」

幸太の声にハッとした。

「全く……。寝るなら、横になってからにしてください」

幸太はそう言うと、遥の手から写真を奪う。

「赤い桜? 気持ち悪い写真ですね」

幸太はあからさまに嫌な顔をして、持っていたファイルに写真を入れる。

「これ、僕が預かりますね!

2人が持っていたら、ダメな気がします。

なんか、嫌な感じがしますし……」

幸太の声に、遥と冬夜は現実に引き戻された気持ちになる。

「お前、これを見てなんともないのか?」

そう尋ねる冬夜に

「え? 気持ち悪いとは思いますけど……?」

と、幸太が答える。

何かを感じるのは自分と遥だけなのか?と、冬夜はふと考える。

幸太の顔を見た感じでは、嘘を言っているのではないことが分かる。

遥と自分だけが感じる、遠い遠い記憶。

その意味とは何なのか?

ただの偶然なのか?それとも──

何かを思い出せそうで、思い出させないようにされているような気がする。

ただ分かるのは、思い出さなければならないことだということ。

そして、自分の中にある喪失感の意味。

ずっと探し続けている誰か。

その鍵がこの写真の場所にあるような気がした。そう、自分が生まれて来た意味も……。



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