プロローグ
ずっと温めていた作品です。
良かったら、読んでくださると嬉しいです。
人が歴史を作り出す。
文字として残った歴史は真実として、代々伝えられていく。
──たとえ、それが誤った歴史だったとしても。
都内某所。
古びた雑居ビルの一室に、編集社の灯がひとつだけ点いている。
山のように積まれた資料の隙間から、長い足が無造作に突き出ていた。
眠っているのは日下部冬夜。
寝顔のままでもわかるほど整った顔立ちの男だ。
ヨレヨレのシャツと、深く刻まれた疲労の影。
彼がどれほどこの部屋で夜を明かしたのかは、机の乱れがそれを雄弁に物語っていた。
午前八時ちょうど。
廊下の奥から、ヒールの音が規則正しく響く。
ショートカットの女──坂巻遥。
ベージュのパンツスーツに165センチほどの長身。
その背中を追うように、小柄で少年っぽい青年 渡瀬幸太が小走りで近付いた。
「先輩!」
まだ声変わりが終わっていないような高い声が、廊下に響く。
遥が鍵をドアノブに差し込んだ瞬間、
「先輩! 僕、納得いきません!」
と、叫ぶ声がビルの静寂を破った。
「幸太、その話は終わっただろう!」
遥の声は冷たく響き、鍵が静かに回る音が続く。
「何故ですか? 冬夜さんは良くて、何で僕だけダメなんですか!」
「今回の取材は危ないからダメだ」
「危ないなら尚更、先輩じゃなくて僕が行きます!」
「……幸太は記事が書けないだろう」
事務所の中に、二人の声がぶつかる。
張り詰めた空気を裂くように──
「ふぁぁぁ~」
奥のデスクから大きなあくびが聞こえた。
遥が振り向くと、冬夜はゆっくりと身体を起こし
「朝っぱらから、キャンキャン×2うるせぇな……」
低く掠れた声で呟いた。
そんな冬夜に、遥は慌てて近付いた。
「冬夜! お前、またここに泊まったのか?」
「締切、間に合わねぇからな」
冬夜は肩をすくめ、あくびを噛み殺して立ち上がると、ゆっくりと窓辺に立った。
すると朝日が冬夜の横顔を照らし出し、鼻筋の通った輪郭が淡い光に浮かび上がる。
まるで、一枚の美しい絵画のようだ。
遥はそんな事を考えながら、その横顔を見つめて高鳴る胸をゆっくりと押さえた。
──いつまで、友達という関係でいられるのだろう。
朝の光の中で、遥の胸の奥にだけ、小さな波がゆらりと揺れていた。




