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天才魔術師のはた迷惑な初恋

「選ばれし召喚留学生の行く末」に出てきた天才魔術師マネトのお話です。そちらを読んでなくても大丈夫です。いかれた天才ということだけ頭に置いていただければ。

「そのコート良いな」


 アマルナ王国の天才魔術師マネトは、メギド王国から召喚で招いた友人コプトを見るなり言った。


「久しぶりの挨拶がそれか」


「ああ、久しぶりだな元気だったか先日の召喚留学では世話になった詳細は後で聞くとして、そのコート、素材は何だ、手触りが良さそうだな」


「だろう?俺が魔物を品種改良して家畜化した魔羊の毛だ。魔力を帯びてるのが分かるか」


 マネトからの雑な挨拶は受け流して、メギド王国の天才魔術師コプトは自慢気に答えた。



 側に控えていたマネトの弟子が、

「こんな石造りの召喚室では冷えますから、師匠の部屋に行きましょう」

と、声を掛けたと思ったら、天才たち二人の姿はもうなかった。

 弟子を置いて、さっさと転移で暖かい部屋に行ってしまったのだ。


「ああ、もう〜」


 弟子はまだ転移ができないので、大急ぎで師匠の部屋まで走った。

 部屋に着くと、二人はさっさと茶を入れて飲んでいた。マネトはコプトのコートを着込んで、コートの素材の説明を聞いていた。


「で、そいつの毛の魔力を害のないものに変えるのが厄介でな、だいぶ苦労したぞ」


「だが、苦労の甲斐があったではないか。このベルベットの如き手触り、ぬくぬく感、重すぎず軽すぎず身体を包む。手首や首元からも、冷気が入らぬようになっているな、魔力の流れをコントロールしているのか」


「その通り。毛足の向きと魔力の流れの向きは一致しておらん。魔力が表面で羊の毛のようにクルクル渦を巻いておろう。それが首元や手首で暖かさを逃さない理由だ」

  



 アマルナ王国の魔術師マネトと、メギド王国の魔術師コプトは、ともに類稀なる天才で、唯一実力を認め合った友人である。魔術への興味のためなら、たいていの犠牲は厭わないという点でも、相通ずるものがあった。それで頻繁に異世界間を行き来し、情報交換をしているのだ。


 その二人の縁で、アマルナ王国とメギド王国は、異世界に存在するにも関わらず、友好国家提携が結ばれている。

 互いに、召喚という方法でのみ、相手国に行くことができる。召喚できる魔術師は彼らだけなので、不法に相手国に侵入することはない。もっとも、普通は行く用事もないのだが。


 先日は、国からの依頼で、お互いの国で持て余していた貴族の子弟や、頭と顔だけは良いが性格最悪なスクールカースト上位の困ったちゃんたちを相手国にやって(正確には召喚してもらって)、社会への害悪にならない人間に更生させることに成功した。


 この件で、二人とも国王直々に褒められたが、正直面倒くさいし、一度で異世界人の身体のデータは取れたので、もう協力するつもりはない。やりたいなら勝手にやってくれというスタンスだ。



 マネトは、借りて着ているコートの袖をそっと撫でながら、コプトに言った。


「なあ、この家畜化した魔羊、一頭もらえないか?うちでも育ててみたい」


「お、興味がわいたか。魔羊は見た目もかわいいんだ。良く懐くしな。普通の羊と違って、草だけじゃなくて人間みたいになんでも食べる。それと日頃からブラッシングしておくと、刈り取った後、楽だぞ。魔力の流れを操作しやすくなる」


「育てるのにコツは要るのか」


「けっこう繊細で臆病だな。環境が変わると禿げる」


「羊毛を取りたいのに禿げられたら困る」


「そもそも羊は集団で生きてるからな、一頭だけだと寂しがるだろうから、家の中で家族みたいに扱ってやるのがいいかもな」


「分かった。その一頭を研究して、こちらでも品種改良してみるわ」


 マネトはそう言って、コプトにお礼として魔力%の高い酒を大盤振る舞いした。



  ◇    ◇



 コプトが帰国して数日後、マネトはメギド王国から、家畜化された魔羊一頭をアマルナ王国に召喚した。


「へェェェ?」


「ようこそ、魔羊ちゃん、まだ子どもみたいだね。怖くないよ。これから一緒に暮らす家に案内するよ」


「フェェェェ」


「頼りない鳴き声だな。見た目より若いのか?羊毛が刈り取れるくらいのを想像していたんだが、毛が生え揃ってないじゃないか。最初はこんな風に部分的に生えてるものなのか?これじゃあコートを作るのに、相当な頭数が必要だぞ」


 マネトは魔羊に触れて、一瞬でマネトの家の居間に転移した。


「ここが俺の家。これから一緒に住む家だ。どうだ?あちこち歩き回ってもいいぞ。後で寝る部屋も決めような」


 人を人とも思わないマネトにしては、魔羊を怯えさせないよう、精いっぱい優しく言った。


「フワァァァァァァァァン」


 魔羊がうずくまって鳴き出した。マネトはどうしていいか分からず、オロオロと魔羊の周りを歩き回った。


「どうした、腹が減ったか。ママと離れて寂しいのか。一人だもんな、寂しいよな。ごめんな。魔羊も涙が出るんだな。人間と成分は同じかな。ちょっと掬って調べていいかな。涙にも魔力はあるのかな」


 宥める言葉が途中から、魔羊の生態に関する興味を示す言葉に変わり、ブツブツとこれからの研究について予定を立て始めた。


 マネトが頭の中で調べたいことの優先順位を並べ替えているうちに、魔羊は居間から出て、家の中を調べ始めた。各部屋のドアは前で立ち止まれば自動で開くので、魔羊でも簡単に出入りできた。


 魔羊は端から順番に部屋を調べ、厨房にたどり着いた時に、気がついたマネトが追いついた。


「なんだ、腹が減っていたのか。何か食うか。確か、人間と同じでなんでも食べると言っていたな」


 魔羊は椅子に座った。


「ほお、魔羊のクセに行儀がいいな。お利口さんだ。と言っても、言葉は通じてないんだよな。いずれ簡単な単語は覚えさせてみるか。食べ物からかな。

 いや、それより名前がいるな。俺に名づけの経験はないが、家畜だし適当でいいか。うーん、そうだな、毛がくるんとしてるから、お前は今日からクルリだ。いいか、お前の名前は、ク・ル・リ、だ」


 マネトは魔羊を指差して、何度も『ク・ル・リ』を繰り返した。


 クルリは不服そうに見えた。


「まあ、なんか食おう。腹が減ってはイラつきもするさ」


 マネトは料理が得意な方だ。料理は実験と同じだから、成功を再現できる。情緒を必要としないことなら、マネトはたいてい上手くやれるのだ。今は時間をかけていられないので簡単なものだ。


 テーブルの上に、スクランブルエッグ、ベーコン、ブロッコリーやサツマイモ、キャベツなど野菜の蒸し物、ロールパン、チーズ、クルミなどのナッツ類を並べてみた。食べられるものがあるだろうか。


 クルリは、ロールパンとチーズ、サツマイモとブロッコリーを食べた。


「ふうん、きれいに食べるんだな。大事に育てられてきたのか」

 マネトは感心した。


 これはもしかしたら、藁の上じゃなくて、ベッドで寝かせた方がいいのか?

 そう言えばコプトも、寂しがるから家の中で家族みたいに扱うのがいいと言っていたなと思い出した。



 夜になった。

 マネトは自分の寝室のドアを開けて、クルリに来るかと聞いてみたが、そっぽを向かれた。


「ま、寂しくないならいいか。昼間見て回った部屋で気に入ったところがあれば、そこで寝な。分かるか?どうかな?意思の疎通ができないのは不便だな。まあ、動物だ、自分で居心地のいいところを探すだろう。クルリの好きなようにすればいいな。じゃあ、おやすみ」


 マネトが、バイバイというように手を振ると、それはメギドでも共通した仕草なのか、クルリは廊下をトコトコと歩いて行った。



 こうして、天才魔術師マネトと、メギド王国から来た魔羊クルリの生活が始まった。


 マネトはクルリが落ち着くまで、しばらく家にいることにした。

 クルリは退屈なのか、マネトの後をついて回り、魔法陣を描くところや、実験的に魔術を使うところをじっと見ていた。


「本当はクルリの毛の魔力を調べたいんだがな、触らせてくれないからなあ。それほど臆病で繊細にも見えないんだが、個体差かな。それに、いつになったら毛が生え揃うんだろう」


 マネトは、召喚した翌日に、魔羊の生態についてコプトに相談しようとしたが、ちょうど今取り込み中だということで、話を聞いてもらえなかった。


 魔羊を召喚して4日が過ぎた。魔術師塔の方も仕事が溜まっているだろうから、翌日から出勤することにした。


 クルリを留守番させるのは心配だったが、家の防犯は万全なので、自分から敷地外に出ない限りは安全だ。


「いいか、クルリ、この家の敷地には、悪意のあるやつは入り込めないようになっているからな。入ってきたやつは、お前に危害を加えたりしないから。だけど、怖かったら自分の部屋に隠れていればいいからな」


 絶対に分かってないよなと思いつつ、そう言い聞かせてマネトは家を出た。



  ◇    ◇



 アーシャは困惑していた。


 なぜ自分がここにいるのか。ここがどこなのか。あの人間は誰なのか。悪い人ではないというのは分かる。丁寧に接してくれるし、怖いこともしない。食事も出してくれる。部屋も好きなところで寝かせてくれる。何かを命じることもない。


 毎日暇すぎるから、男の後をついて何か面白そうなことはないか見ている。


 魔法陣だ。でも知らない文字だし、男の唱える言葉も意味不明だ。


 いったいいつまでこの生活が続くのか。


 あの男の訳の分からなさは、アーシャのお師匠であるコプトに通じるものがある。魔術バカで、いかれた天才。凄すぎて誰にも理解されないが、異世界に親友がいると聞いた。ひょっとして、あれがそうなのだろうか。だとしても、アーシャをここに置く理由が分からない。


 そもそも、こんなことになった発端は、コプトからの頼まれごとだ。

 魔羊を一頭、召喚室の魔法陣の上に立たせてくれと言われた。指定された時刻に魔羊を立たせたら、ウロウロと動き出すものだから、あわてて戻そうとしたら魔法陣が光って、ちょうど陣の真ん中にいたアーシャが光りに呑み込まれて召喚されてしまった。


 向こうは魔羊を召喚したつもりだろうに、アーシャが出てきたことに驚きもせず、家に連れ帰って住まわせている。手違いなら、コプトに連絡して召喚してもらえばいいのに、なぜそれをしないのか。言葉が分からないから、聞くこともできない。


 お師匠のコプトもコプトだ。アーシャがいなくなったとなぜ気付かない。気づいて放置なら悲し過ぎる。



  ◇    ◇



「マネト、魔羊を召喚できたか?」


 コプトから緊急に会って話がしたいと言うので召喚してみれば、いきなりそんなことを言われた。


「できたぞ。毛がクルクルしたのがやって来た。それ以外は、羊っぽくないのな」


「魔羊の見た目は野性味あふれる羊だぞ。それより、その時一緒に女の子がついてこなかったか?」


「野性味って、イヤイヤイヤ、まだ頭にしか毛が生えていない子どもの羊じゃないか」


「は?羊も魔羊も、生まれた時から体中に毛が生えているぞ。お前本当に魔羊を召喚したのか」


「今うちにいるから見に来るか?あれはどう見ても魔羊の幼体だろうが」


「あ!」

 マネトの弟子が、真っ先に気づいた。

「師匠の言う羊って、二足歩行してませんか」


「なぜ分かる。うちまで見に来たのか」


 それでコプトも気づいた。ガシッとマネトの腕を掴み、転移で消えていった。


「ああ、もう〜〜〜!久しぶりの出勤だから、確認して欲しい書類が溜まってたのに!」


 置き去りにされた弟子が、二人の消えた場所に向かって叫んだ。




『アーシャ!』 


 居間に突然、聞き慣れた声がして、アーシャは振り返った。


『え?お師匠さま?』


『ここで何をやってるんだ。心配したぞ』


『お師匠さま!うわぁぁぁぁん』


 アーシャはコプトに抱きついて泣き出した。心から安堵したのだ。

 コプトは腕の中のアーシャの頭を撫でながら、マネトを睨んだ。


「どう言うつもりだ」


「コプト、君は魔羊と会話ができるのか。凄いな、それも魔術か。俺はクルリの言いたいことが分からず困っていたんだ。ブラッシングどころか、髪に触ることもできないし、まるで研究が進まないんだ。だから、コプトに相談しようとしたのに、取り込み中だっていうから」


 コプトは頭を抱えた。事情を察したのだ。

 自分とマネトは同じ種類の人間だと思っていたが、多分マネトの方が圧倒的に鈍い、というか素直なところがある。魔羊が来ると思っていたので、来たものが予想外の姿であっても、魔羊だと思い込んだ。なまじアーシャの髪の毛がクルクルしていたばかりに。


「アマルナ語とメギド語の自動翻訳を召喚時につけなかったのか」


「だって、魔羊だし」


 コプトは、アーシャに向かってちょいと人差し指を振った。


「これで言葉が分かるよ」


「魔羊語の翻訳もできるのか!」


 マネトは感嘆した。


「この子は、アーシャ。俺の姉の子、つまり姪だ。念のため言うが、人間だ。魔羊じゃない」


「魔羊じゃない!?」


「どう見ても人間でしょう、私!」


「クルリがしゃべった」


「私は、アーシャっていうの。クルリでもないし、魔羊でもないから」


 その後、コプトとアーシャから、代わる代わる説明があった。手違いで魔羊の代わりにアーシャが召喚されてしまったこと、マネトがいつもの召喚の時のように自動翻訳をつけなかったことで、アーシャが言葉を解さなかったこと、向こうではアーシャが行方不明で大騒ぎになっていたことなど。


 マネトは自分の思い込みを、盛大に心から謝罪した。


「それにしても、魔羊じゃなかったとは。このまま頭部からしか羊毛が取れないとしたら、コスパが悪すぎると思っていたんだ」


「私が、椅子に座ってフォークで食事してたのに、不思議に思わなかったの?」


「魔羊すごい、ちゃんと躾けたコプトすごい、って思ってた」


「嘘だろ?」


 羊をいくら品種改良したってアーシャにはならんだろう?という目でコプトがアーシャを見れば、アーシャも、この人残念すぎるね、と眇めた目で答えた。




 その後、改めてメギドから召喚した本物の魔羊を見て、マネトは、

「全然、アーシャじゃない!」

と、叫んだ。


「あれ?師匠、もしかしてアーシャちゃんのこと、気に入ってました?」


「え、だって可愛かっただろ。大人しくて、きちんと座って美味しそうにご飯食べて、一日中俺の後をついて、俺のやることをじっと見てるんだぞ。情もわくだろ、羊でも」


「アーシャちゃんは、羊じゃありませんよ」


「俺の中ではもう、羊と言えばあの子なんだよ。そうだ、この魔羊を更に改良して、あの子みたいにするのはどうかな?」


「コプトさんに殺されても知りませんからね」


「魔羊からじゃなくて、羊からにした方が簡単かな」


「簡単なわけないでしょう。獣はいくら品種改良したって人間になりませんから。全く、30歳過ぎて初恋ですか。拗らせると面倒なんでやめてくださいよ」


 弟子の辛辣な言葉に、マネトは考え込んだ。やけに真面目な顔をしているので、弟子は嫌な予感がしたのだが、関わりたくなかったので放っておいた。


 その後、コプトが魔術師塔にやってきて、アーシャは嫁にやらん、羊と人間の区別もつかない男にアーシャを幸せにできるか、と、実にもっともな抗議をしてきた。


 それでも地味にコンタクトを取っているうちに、アーシャも魔術バカの姪らしく、マネトの魔術に興味を持って、親しく会話をする姿が見られるようになった。その度コプトが邪魔をしにくるのだが、どうなることか。


 マネトの弟子としては、マネトがきちんと仕事をしてくれるならどうでもいいなと思いつつ、マネトは常識はともかく良識を楽々超えてしまうところがあるから、手綱を握ってくれるパートナーができれば、自分も楽になるかなと、コプトには悪いが少し期待しているのであった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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