#6 小さな羽
霧葉の森に、ピクシーたちの羽音が響く。
細やかな光をまとい、子らは木々の間を駆け抜けていた。
森の端、月影林道のほとりで、ミリリィがふと立ち止まる。
「ねぇ、ソル。……羽になんかついてるよ?」
一緒に飛んでいたソルがくるりと宙で回って、自分の羽をちらりと見て笑う。
「ん?どこどこ? ……何もついてないじゃん」
彼は笑って、そのまま仲間の後を追っていった。
「あれ、ほんとだぁ」
ミリリィも続いて、光の粒となって森の中へ消えていった。
ソルとミリリィのようなやりとりは、特に郊外の村々で多くあった。
森の外れで遊んだ子たちが、ふとした違和感を口にし、それは笑い話として流されながらも、いつしか小さな噂となって王国の耳にも届いた。
セレファール王国の文官ルナトは、書簡の束を抱えながら星影の道の奥、賢者エル=ナヴィの執務室を訪れた。
「子どもたちが外で遊んで、羽に何かついてたなんて話してましたよ。まぁ、子どもの冗談でしょうけど」
そう言い置き、彼は砦奪還の報せも一緒に机に置いた。
書簡の端に、小さく書き添えられた一文が目に入った。
“戦場に遺体ほとんどなし”
──あれだけの戦いだったはずなのに、兵の姿も、血の跡すらも、ほとんど見つからなかったという。
静かな部屋で、エル=ナヴィは黙って天文記録を広げていた。
星の巡りが、ごくわずかに遅れている。古い石版には“秩序の星が半歩遅れる時、風の語り部は眠る”と刻まれている。
彼女はそっと月石に指を触れ、報せに目を落とした。
「……気のせい?」
小さく息を吐く。だが砦の奪還と、子どもたちの小さな異変、そして星の遅れ──それらが同じ時を指していることに気づいた瞬間、胸の奥にわずかな棘が刺さったような感覚が走った。
「砦が戻った……けれど、その影で、何が動いているの?」
彼女は月石をなぞる指を止めた。その冷たさが、今夜にしては不思議に鈍く、熱を帯びている気がした。まだ誰も気づかない。だが、星読みの賢者だけが感じた小さな違和感……何かが“静かにずれて”いる、と。エル=ナヴィは目を閉じ、長い沈黙の後、ひとつ息を吐いた。
「……ドラグニアのトキサダに伝えてください」
そしてゆっくり瞳を開け、星明かりを見上げながら告げた。
「あの方が剣を抜けば、もう誰にも止められません」