#4 風はまだ吠えず
カルマル砦の崩落という報せは、陽の沈まぬうちにフェルシオ平原を越え、カエルムの森の奥深くへと届いた。伝令の足音よりも早く、風がその知らせを運んでいた。
祈祷殿ミルナ──獣人族が祖霊と語らう祈祷殿。その三角形の木造建築は、鉄も釘も用いず編まれ、数百年ものあいだ熾火を絶やさず燃やし続けてきた。
その夜、熾火の灯に照らされながら、三つの影が炎を囲んでいた。
赤褐色の毛並みを持つ将軍ラカン・レトゥは、炉の前に立つと、燃える炭のひとつを指先で押し崩した。
「考えるまでもねぇ……だが、祖霊に背を向ける訳にもいかん」
「風はまだ黙ってる。けれど、それは“怒ってない”んじゃなく、“見てる”の」
メリヤ・フォウルが囁く。猫の耳を揺らしながら、彼女は熾火に祈りの印を描く。
「この熾火が揺れた時、それが“出陣の刻”よ」
「まだ行くわけにはいかん」
重低音のような声が、柱の陰から響いた。虎型の城主、バルズ・レナトが歩み出る。
「砦が落ちた。それは事実だ。だが、その落ちた先を奴らがどうするか、それを見極めねばならん」
ラカンは片目を細める。
「……獣が牙を抜かれて黙るかよ。カエルムの牙はまだ折れてねぇ。俺は、動くぜ。バルズ、お前がどう言おうがな」
「動くがよい。ただし、メリヤが“風が吠えた”と言ってからだ。それまでは、牙を研げ」
静寂が熾火を包む。風は、まだ、語らない。