#2 Eランクの勇者(前編)
神殿を出るやいなや、ルーン王子は唐突に言い出した。
「せっかく1か月も時間があるんだし……冒険者として過ごしてみたいんだ」
ディルフェは渋い顔で答えた。
「王子……それはどう考えても……不敬というか、非常識というか……」
ミルダも眉をひそめ、腕を組んで小声で加わる。
「そうですよ、ルーン様、こんな時間にいわれても、お弁当をつくる時間がありません。今日は、もう外食するしか……」
「ん、あー、まー外食はそれでいいんだけど、子どもの頃憧れてたんだよ。冒険者ギルドに登録して、勇者になるって」
ディルフェは半眼になり、深いため息をついた。
「そうですね、よく存じておりますよ。──ですが、“王子”が“冒険者”になんて……」
そこでルーンがニッと笑った。
ディルフェは
「危険はないでしょうが……」
と言いかけて言葉を飲み込み、やれやれと天を仰ぐ。
ミルダは両手を腰にあて、半ば呆れた声で言った。
「その話はご飯を食べてからです!お弁当は作れませんから、お昼は外食ですよ!」
昼食をとった三人は、街の中央にある冒険者ギルドを訪れた。
石造りの建物の扉を開けると、中はすでに活気にあふれている。鎧を鳴らす冒険者、酒場で昼間から一杯やっている者、壁には色あせた依頼書がぎっしりと並ぶ。
カウンターには無表情な受付嬢が座っていて、淡々と書類を並べていた。
「はい、新規登録ですね。お名前と、現在のお仕事、そして目的をお書きください」
ルーンはペンを取り、迷いもせずさらさらと書いた。
名前:ルーン
職業:王子
目的:勇者になるため
受付嬢は手を止めて眉をひそめた。
「……王子?あのー、現在お仕事をされていない場合、“無職”と書いていただいても問題ありませんが?」
ルーンは真顔で胸を張った。
「いやー、本当に王子なんです」
受付嬢はしばらく沈黙し、それから淡々と告げた。
「……少々お待ちください」
奥の扉が勢いよく開き、髭をたくわえた大柄な男が姿を現した。手に書類を握りしめ、目をギラつかせている。
「なんだなんだ、王子なんて寝ぼけたことを書いてるやつは!?」
ルーンは軽く手を上げ、にっこり微笑んだ。
「はじめまして、王子です」
ギルドマスターはルーンをじろりと見たあと、後ろに控えていたディルフェの顔を見て目を丸くした。
「……おい、ディルフェじゃねぇか! お前、まだ生きてたのか!」
ディルフェは肩をすくめ、軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、ギルマス殿。ええ、なんとか死なずにやってます」
ギルドマスターはがははと笑い、カウンターを叩いた。
「ってことは──本物の王子様ってわけか!」
受付嬢がぽかんと口を開け、ルーンは少し照れながらも微笑む。
「そういうわけで、登録をお願いしたいんです」
ギルドマスターは腕を組み、しばらく考え込んだあと、眉をひそめた。
「しかし……王子が冒険者?」
ルーンはまっすぐギルドマスターを見返す。
「王子が冒険者になってはいけないって、どこかに書いてありますか?」
ギルドマスターは口を開きかけ、しばらく黙り込んだ。
そして大きく息を吐き、頭をかきながらぼやく。
「……いや、書いてねぇな」
ルーンはにっこり笑い、すかさず言った。
「じゃあ、登録お願いします!」
ギルドマスターは書類を引き寄せ、重々しく頷いた。
「……しゃあねぇ。登録だ。ただし、Fランクからだぞ。規則は規則だ。」
ルーンは即答した。
「もちろん!」
ギルドマスターはカウンター下から小さな木のバッジを取り出し、ルーンの手に押しつけるように渡した。
「これが冒険者の証だ」
ルーンはバッジを掲げて満面の笑み。
「よし、これで俺も冒険者だ!」
ディルフェは深いため息をついた。